38:幹部が二人
呼び出しに応じて大倉庫にやってきた。
扉からして、立派な倉庫だ。
きれいに色が塗られていてサビもない。
ボクたち下級ピエロがいつも使うのはとんだオンボロ倉庫だからね。
ここは、幹部だけが使うところ。
内緒話をするために……。
そういえば、ボクたちは基本的に会議をしたいときには倉庫を好んでいる。それはなぜだろう。
閉ざされていて日頃使う道具に囲まれている、いっそたてこもるための牢のような。
みんなもともと外から連れられてきたピエロだから、会議で本心を晒すときに、ココロが壊れたりしないように?
それならば、なんて脆いんだろう。
(リュウ、ぼーっとしてる場合じゃなくね?)
(あまりにも緊張しちゃうからリフレッシュしてた)
(ドンマイ! 行こうぜ!)
(もーオーメンってば他人事みたいに~)
(テヘッ)
おふざけをして和ませようとしている。
ボクが緊張して失敗でもしたら、脱出計画が終わってしまうかもしれない……。オーメンは他人事だと思っていないし、友達として変顔してまで応援してくれている。
このサーカスにおいて味方がいるのは、とてもココロ強いこと。
──扉を開けた。
「やあリュウちゃーん♪」
いたのは想定通り、ネコカブリ。
けれどそれだけじゃない?
あ、こっちに向かってなぜだかダッシュしてきたネコカブリは避けておきました。
それくらいのステップもできなかった落ちこぼれピエロのボクだけど、今は「やばそう」だから本能的に動けたっていうか。
まさか、抱きしめられたくて寄ってきたわけじゃないよね? 攻撃だよね? あれ違う?
「へぶっ」という声と床に落ちる音、そしてネコカブリは切なく沈黙した。
そっちを向いてたら、背中側にゾクッとする視線。
やっぱり、この倉庫にもう一人いる!
「想定外だわ」
艶のある女の人の声だ。
どうしよう。ピエロならこんなとき、どう反応する? あやしまれないようにしなくっちゃ。
くるっと振り向いて、両手両足を広げるポーズ。パンパカパーンという効果音が鳴ってるかのようにポップにキュート。ちょっと動作がおぼつかないのもご愛嬌。それが下級ピエロに求められるキャラクター。
「……」
「……」
女の人は笑ってくれなかった。
というよりも、顔には大きめの装飾仮面をつけている。
まるでイタリアのベネチアの仮面舞踏会。貴族のレディのようなゴシックドレス。
薔薇の花びらを二枚重ねたみたいな真紅の唇。
腰には鞭をつけている……ピエロをしつけるための。
手には扇を持っている……ピエロをしつけるための。
あれらで叩かれたら痛いんだろうな。そのときにもボクはピエロらしさを演じきれるだろうか。
冷や汗をかきながら、けれど、愚か者のあどけない芸をし続けた。
「……想定外だと思ったんだけれど。想定内だったのかしらねぇ……」
大人の女性の声が艶々としてボクにつきささる。
彼女は何を図ろうとしているんだろう。
どうしてここにいるんだろうか。
(オーメン! 彼女のこと、知ってるなら教えてっ)
(おうよ。あいつはコードネーム:ユメミガチ)
なんて助かるんだ。オーメンぺディアって呼びたくなる。
サーカスに詳しいオーメンがいてくれて助かった。
ボクは、"初めて会った相手にはどうにかして笑ってもらおうとする"ピエロの特徴を繰り返す。
(ユメミガチは長らく滞在している幹部だぜ。性格はどちらかといえば慎重で、ふさわしい場所にしか現れないし首を突っ込まない。だから生きながらえている。
おもに”他者を使う””芸を仕込む””調教したピエロのショー”……を好む。自分は動かないまま頭数の多いエクストラショーをするのが特徴だ)
(それは、生きながらえそうだね。そんな人がわざわざ出てきたくらいサーカスの人材が不足しているのか、もしくは)
(リュウに用事があるのか、だなァ。想定していた、っつーんだからリュウに注目はしてるだろうよ)
(その原因はサカイだと思う?)
(ああ。サカイを利用したいから、リュウに着目したのかもな。聞き出せそうかい?)
(やってみるよ。そのためにボクは来たんだから)
しょぼーーん、とした演技をする。
だらりと下げた腕、いじいじとつま先をこすり合わせる。唇を尖らせて、雰囲気を変える。
「幹部様に喜んでいただけなくて残念ですぅ……」
「そうなのね。お前、私に喜んで欲しかったのね?」
「ピエロですしっ。ピエロの芸で喜んでもらえることが、ピエロの喜びなのでっ」
「自分のためなのね」
「よく分かりません?」
ことりと首を落とすように、首をかしげる仕草。
ユメミガチは舌打ちをした。……舌打ち? この人、慎重なんじゃなかったっけ。
ボクからは視点が逸らされているような。
彼女の仮面の奥の瞳はどうなのかって集中してみると、ボクの後ろを見ているようだ。
つまりボクの背中側が原因ってこと。
ボクは身を固くする。
もしも、に備える。
「リュウちゃーん♪」
「ごふっ」
ネコカブリが背中にはりついてきた!
ぐちょり、と嫌~な感触がして、鳥肌がたつ。
ぐちゃぐちゃな”肉感”が布越しに伝わってくる、なんともいえないけど不快感がすごいんだ。
ネコカブリはあの小さな布人形の体積に、人間じみたものが押しこまれている異形のもの。
そうイメージはしていたけれど、まさかこんなにダイレクトに思い知ることになろうとは。
せめて、背中でよかった。
ボクのこわばった顔がまだネコカブリ本人には見られていないし、ユメミガチからすれば背中への衝撃でおかしな顔になっているように見えたらしい。
もしもネコカブリに顔を見られていたら「ボクが抱きつくのが嫌なのかよ?」ってキレられたかもしれないし、ユメミガチが異変を察したら「お前あやしいから調教のし直しよ」とかいう流れになったかもしれない。
(キャライメージの察しが優秀だな、リュウ)
オーメンそれどころじゃないって!
ボクに向かって鞭が飛ぶ。目前の床への威嚇だ。
尻餅をついた。
そしてネコカブリは、ボクの背中に踏まれないように空中で体をひねって床に着地。足元から、ぐちょ、と音がしたので、思わぬ衝撃のせいで布の中の肉体がダメージを負ったのだろうか。
「あっ!? どうしてくれるんだよユメミガチ、ボクがまだ<調整中>だって知ってただろうがこのヤロウ〜!」
「お前の悪い癖が出たからお仕置きしてやったのよバカネコ。そんなことのために時間を使ってやるつもりなんてないわ、必要な仕事をこなしなさったら! もう!」
……え。
ちょっとしたバトルが始まってしまっているんだけど……。
(オーメン。ユメミガチは慎重で生きのびてきた人だって言ってなかったっけ?)
(そのはずなんだがなあ。よほどネコカブリと相性が悪いのかねえ)
(それなのに組まされているのか……)
(わざとだよ。幹部になるくらい頭は回るのに、本音を話さない、そんなやつがサーカスにとっては最もこわいからさ)
(反逆の火種のあぶりだしかあ……)
(その点はリュウも十分こわいんだぜ。ピエロと本音の使い分け、頭がよく回る。俺様にさえすべてを語ってるわけじゃないだろう?)
(すべてを語ることが相手への誠意になるわけじゃないもん。君と仲良く目的を達成したい。だから言葉を選んで親切にもしてるんだ)
(ほーーーー)
オーメンは感心したようだった。
(みんなお前みたいな理由ならいいのにな)
(まわりにいてくれるキミたちが、仲良くなりたい人だから思えることなんだけどね)
とんでもないことになっているユメミガチとネコカブリの戦闘にボクは緊張する。
うん、これはもはや戦闘だよね。
飛びかう鞭。縫い針。扇。ピアノ線。こっわ。
<本心が見れないなんて御免だな>
(……? 何かすごく小さな声で聞こえたような。オーメン何か言った?)
(いんや。……。遠くの放送の雑音じゃねーのかな。ほらここバトってて音が拾えないし)
あ、ネコカブリがすっ転んだ。
すかさずユメミガチが踏みつけて、高笑いをする。
チラリと見えたユメミガチの足先は、獣のものだった。彼女は異様に背が高い。だから、ピエロとして人を超越してしまった存在かもしれないと思った。
好奇心が疼くけど、詳しく知ろうとする暇はない。
この人たちがどう動こうとするのかが、情報として仕入れて、できるだけサカイのことを聞いて、動き続けなければいけないのだから。
ネコカブリが撃沈したので、ボクは尋ねる。
「幹部様。どうしてボクをお呼びになったのですか?」
ユメミガチは扇を携えて、口元で揺らしてから毒々しく笑った。
「しばらくすればとあるピエロが入り用になるの」
あくまでとある”ピエロ”と呼ぶのは、昇進など歓迎していないから、という意思表示か。
彼女が誰のことを言っているのかといえば、サカイだろう。
ボクの反応を見定めている。
悲しむもんか。怒るもんか。
ただのピエロに見せてやる。
「──フン。つまらない反応。やはりお前は想定外のもののようね。もともとサカイと組ませていたのだから、特別なところがあるんじゃないかって想定していたんだけれど、そんなことなかった。ただの落ちこぼれピエロ。私が来て損をしたわ!
よくお聞き。一度しか言わない。
とあるピエロというのはサカイのこと。
お前への用事というのはね、サカイは他のピエロと組ませることになったから、ショーペアを解散してもらうということなのよ。サカイとはもう絶対に会わせたりしないわ」




