37:オーメンの不安
裏廊下を気配を探りながらゆく。
「リュウ。今聞いて欲しいんだ」
「どうしたの? オーメン」
「パレードについてさ。俺様、今年のパレードの支度がされているところを覗いたことがあるぜ。たまたまだけどな。一応聞いておかないか?」
──もちろん、と頷く。
「遅いぞリュウ」
「あれ、アカネ!?」
「ナギサが落ち着いた。だから、事を早く終わらせられるよう少し助力する」
「ありが、うわああああ」
ちょっと余裕がないかも、ゼエハア、アカネの小走りは、速度超早いからっ……!
彼女はまどろっこしくなったのか、ボクの手を引っぱってくれる。ということで、お話しして油断してしまうとボクはもれなく足を絡ませて転ぶだろう。容易に想像できる。
効率主義なアカネがその時にどんな顔をするのか……んー、考えただけで恐ろしいねっ。
ああでも、効率主義じゃないところもあるよね。
ナギサのことを大事にしていたり、ココロ自動販売機に立ち寄ったり。
「よそ事を考えている時の顔をしてるぞ」
アカネ、振り向きもせずにどうしてわかったの!? と思ったら、通路に無造作に置かれた小道具の銀製の水さしにボクの顔が映ったそうだ。上級ショーマンに選ばれる人の動体視力、すんごい。
パレードには、アカネも参加させられる可能性が高いんだ……。ハッとする。
この出来事、もっと知っておかなくては。
表通路に入った。裏方には求めているサカイの気配がなかったからだ。
ここでオーメンが(頭の中で語ってもいいか?)と頼んできた──。
パレードの件が不明である限り、「知らない不安」となり、ネガティブな未来を想像してしまうだろう。
病室にいた大人びたボクに、病院の先生が人のココロについて語ってくれたことがあった。
ズキン、と頭が痛くなる。
けれどこの記憶は思い出せてよかった。
あとでアカネとも共有しよう。
(それじゃあ俺様が語るとするぜ! ドドン!)
効果音まで言っちゃって、不安を振り払うようなハイテンションで、オーメンが語る。
頭の中に確実な情報が流れ始める。
(パレードの支度についてだ。
俺様が見てきたものを語ろう。今年度ぶんは人員が少ないせいか、すでに”フロート車”の整備にかかりきりの技術者がたくさんいたぜ。サーカスの裏方が妙にすっきりしているのはそのせいだ。これからパレードが始まるまではより、人が少なくなって裏方は動きやすくなるだろうな。ただし当日はだめだ。例年通りなら、サーカスの内部に整備士が溢れかえるはずだから、その時は動かないように注意だぜー)
アカネが急に腕をひっぱってくる。あわててジャンプした。
おかげで、転がっていた障害物をヒョイっと飛びこえることができた。ふう、と冷や汗。
(パレードでは衣装をこだわらなくちゃいけねー。
裁縫をこなしているのはコードネーム:トラウマって幹部だ。こいつが用意する服はピエロの性能をもっとも発揮するように作られる。性能を余すところなく使い切りたい、ってこだわりなんだよな~。ところで、今年度はやたらと可愛らしい衣装が多かったんだ。これまでのような”強い”ショーマンが少ないんで、下の方まで幅広く使うつもりなのかもしれない──)
まるで魔法科学の技術者みたいな性格だな……コードネーム:トラウマか。
”無駄がないように使い切り”……ずっと損切りされ続けていた落ちこぼれピエロとして、ボクのココロがしくしく痛む。
この痛みを我慢してはいけない。
ココロが豊かであることこそ、ボクの今の唯一の武器だから。
涙がほろりと一つ、こぼれ落ちていく。
おっと……ムムリノベルがボクの涙をキャッチ。あーん、ぱっくんちょ。……涙を食べたぁ!?
びっくりしたことでココロの痛みが抑えられたのも……自由なココロの在り方、だよね? ぷっ、と小さく噴き出して笑ってしまった。
何を能天気な、とアカネはため息を一つ。ちょっぴり優しい雰囲気で。
(パレードで芸をするときは、ショー・ペアだ。
幹部ではないピエロはいつだってペアで動かされているよな。パレードはとくに、らしいぜ。王の御前で粗相してはいけねーみたいな理由かもな? もしも片方が危うい行動をしたって、もう片方が修正してやれるだろう、みたいな? 知らんけど? 俺様は舞台裏は知ってるがパレードに出没したことはないからな? ……とにかく、ペアになるんなら団員数減の今、リュウがこれから呼ばれてもおかしくねーのでは、ってことさ……)
「!!」
ボクが足を絡ませてしまった。
アカネが舌打ちして、ボクを俵抱きにする。肩にかつぐってこと。
速度を一気に上げて、階段を駆け上がっていき、うわああああああ! 早あああああああ!? ついてきてるムムリノベルすごおおおお!? 足に火を灯してターボダッシュってなにその感じ……!
臨場感のあるジェットコースターだった。
シートベルトはアカネの腕です。階段ゆえ揺られますのでご注意くださ──酔った……。
「リュウ、途中で走り方がおかしくなった。どうせ念話でオーメンがふざけたんだろう」
「俺様へのイメージそんな感じ!? ヒドくない!?」
「日頃の行いだ」
「ちがうモン! チャームポイントのテンションだモン……!」
揺られてフラフラしていた頭がまともに戻ってきて、ボクは頼りない笑みを浮かべた。
アカネは苦笑する。
<団員:アカネ。ショーのミーティングのために三階舞台裏に来られたし。繰り返す──>
「フン……今に来るかと思ってた。予想よりは遅かったな。ナンバーを呼ぶのも省略するとは、よほど人員が減っているらしい。もう被る名前のピエロもいないのだろう。ここまで走ってくることができてよかった、上々だ」
アカネはボクを降ろした。
ボクたちがいるのは表舞台、細い階段を駆け上がった先の、”梁の上”だ。
客席の真上くらいに位置している。
ここからロープを垂らして観客席にいき、空中ブランコ班が舞台後にお土産品を販促したりするために使われている。
「私も空中ブランコをさせられていた頃に、よく利用していたんだ。ここからはいくつかの舞台、客席が見えるだろう。サカイが通った部分があるのか、その白の仮面でもムムリノベルの仮面でもオーメンでも使って、確認してみるといい。痕跡だけでも探せたらなにかの為にはなるだろう。なにが無駄で、なにが無駄じゃないのか。そういう感覚について私は鋭いんだ──」
アカネはそこからすごく小声になり、小さく付け加えた。
「私は、日本の私はな、無駄なものを全て全て全て排除していった結果──人としてのバランスを崩して病院にいた。そう記憶している。サーカスでは個性が魔法として現れる。この無駄排除の感覚をつきつめて周り全て全て全てに神経をとがらせた結果、私は上級ショーマンになった。またしてもココロを失いながら。ここに、このサーカスにいてはいけないんだと私も思う」
個性を出す。一見素晴らしいことに思える。
個性を絞り出す。それはなにを招くのか──
ボクはただただ、青白くなって温度を失っているアカネの手のひらを、包んで温めることしかできなかった。
アカネは一度だけ震えた。
そしてキュッと唇をかみしめていつも通りに、しようとしたんだろうけど、涙を一つだけポロリと落とした。
まるでボクみたいだ。
アカネらしくないほど。
記憶の中にある本が開かれる。
人は、ココロの奥底では、誰しもが似ているのかもしれない、ということ──
<パチパチ! パチパチ!>
「「……!?」」
拍手するような音、放送みたいにサーカス全体に響き渡る音。
誤放送されたんだろうか? アカネ、オーメン、ムムリノベル、ボク、と顔を合わせたけれどこのくらいしか可能性は浮かび上がってこなかった。
「……放送も人員不足か。調整できないくらいに。さっきの放送も妙に簡潔で、まどろっこしいミュージカル風にしがちな放送役員にしてはおかしかったからな。さて、そろそろだ。私はあと10分で行く」
「お疲れ様。じゃあアカネがいるうちに舞台を見渡してみるね──」
「今だけしか使えないぶん、私の仮面の青色を貸そう」
アカネの「水中の泡のように違和感を目視できる」力を持ってしても、サカイの痕跡は見当たらなかった。
「いない」
「そうか。上下左右を行き来するさまざまな道を、もっとも知っているのは団長だ。だから隠れられたのかもしれないし、隠れるしかないくらい重要なことなのか……検証はリュウに託した」
アカネは懐中時計を見て、時間を計りながら、立ち上がる。
「私が行くことで、そちらに注意を引きつけることができる。リュウはこれから慎重に……いや、自由にやってくれ。私がこれまで嗅ぎつけてきた予想を上回り、よりよく暴れられているようだから」
「いや、ボクはかなり大人しいよ?」
「フッ」
アカネ、けっこう本気で笑ってくれた。
「オーメンから聞いたパレードのことを手短にまとめてアカネにも共有っ。パレード当日は裏方が騒がしくなるから動かない方がいい、中~上級ピエロまでも参加になるかも、サカイが参加させられる芸にはボクも巻き込まれるかも、という懸念! 以上!」
「予想通りだ。他は?」
「他に何かある? オーメン」
「おい、声が大きくなっているぞリュウ。もうここは表なんだ。気をつけろ」
「うわっ、ごめんー!」
「……親しい間柄だと、リュウはそそっかしさを見せる。
サーカスにいる以上、どんな相手であっても信用はするな。最後までしてくれるな。成し遂げてからこそ気を抜くんだ。それまでは……私のことも、志が同じというだけの同僚と思え」
洗脳を仕掛けてくるようなのが相手なんだから。
これくらい気をつけないといけないってことだよね。
自分のココロを守り、ココロを売らないように、抱きしめて。
相手のココロがどれくらい残っているのか、ココロがどんな状態なのか、外からは見えないからお互いに”信用はしないように”。けれど”信頼をして”。
”心の底から現れた行動”は間違いないものだと、それだけは抱きしめてゆける。
「手、あったかいね」
「……前に比べると、な」
(オーメン、他に何かある?)
(俺様さあ、信用と信頼に差があるなんて思ってもみなかったんだぜ……。リュウたちと同じ未来を望んでるなら、それはもう親友だと思ってたんだよなー。もしかして友達”道”ってムズイの? アカネとリュウは友達じゃなくて? リュウとサカイもビジネスフレンズ?? ナギサは何? 俺様はゆたかなつながりってもんが欲しいんだよぅ、信用は違うのか、んあぁぁ~~!)
(……めんどくさい彼女みたい……)
本で読んだだけだけどね。
「アカネ。オーメンが人生相談してくるよ……」
「そうか。さらばだ」
アカネはサッパリと取捨選択し、去っていった……。
うーん、クール。
彼女は自分の「見極めすぎる」ところを困難と感じているみたいだし、その通りだろう。
けれどその傾向が、彼女を助けたことだってたくさんあるんだろうな。
見極めすぎるところが、ただのダメなところならあんなに悩まない。
現実に対して有益でもあったからこそ、日常的に使ってしまい、自分の個性として感謝すらしたこともあったんじゃないだろうか。
アカネが気にしていたような”性格の問題”ではなく、つきあい方を探っていけばいい”大事な個性”だ。
そしてそれを、他人に利用されないこと。
<なるほどね>
……何この放送? ぶつ、ぶつ、と途切れながら聞こえてきた一人言。
<おっと、ごめん>
妙にボクの思考とかけあうように言葉がハマって、気持ち悪いな。
…………。
放送に<ガガッ>と機械音が入り、調子がかわった。
いつもの放送だ。
<団員:リュウちゃん。駆け足で補習室までくるようにっ>
ボクも呼び出されてしまった。
おそらく名前が被らないのでナンバーを呼ばれなかったんだろうけど。
……!
この放送、もしかしてネコカブリじゃないか?
ボクのことをねちっこく「リュウちゃん」なんて呼ぶのはこいつぐらい。
サカイについて、奴の呼び出しに応じたら、何かを聞き出せるだろうか……。
ボクはアカネみたいに鋭くはない。
むしろ鈍感だから、現実を知って検証を重ねていきたい。
「怖いな。でも、ボクは」
服の中には、たくさんの魔法カード、芸の道具、オーメン、ムムリノベル。
──着古しのボロアンティークだけど、この白黒ピエロ服でよかったかもしれない。スマートではないけれど引き出し(ポケット)がたくさん縫いつけられている。それをしてくれたのはナギサだ。彼女にもまた、会いたいな。
「頑張れるよ」
ボクたちも立ち上がった。




