36:役立たずピエロ
ボクたちは倉庫に戻った。
ここに来るまでの間に誰かに勘づかれることもなかった!
声をかけられたりはしたけれど、相手がボクだとわかると、絡みに発展することはなく見逃してもらえた。
いじわるな先輩ピエロにだって見逃されたんだ。
ボクがエクストラショーで成功して、再演のために温存されていると周知されたことが大きいだろう。
それくらい評価"してもらえる"と、嬉しくなってしまう自分がいる……。ハッ、危ない、危ない。ルールに染められているピエロの部分だ。ボクはおちつくように努めた。
けして喜ばしいことじゃないはずだ。
(頭かたーい。リュウが努力して結果をつかんだ、って喜ぶ分にはいいじゃーん! 大人びて暗い顔すんなよ~)
オーメンが話しかけてくる。
ボクのココロが押さえつけられていたってこと、オーメンにはわかっちゃうらしい。
アカネがしているように、喜びのスキップを真似して、倉庫に戻って来た。
途中、すれ違ったピエロたちには気味が悪そうに遠巻きにされたけれど、つっかかってこられなくてよかったのかも。
倉庫の扉は錆びていて、重い。
「──ただいま。あっナギサ、また来てくれてたんだね。そして後輩のみんなも、カラスのマネをして裏方を走ってみるのは楽しかったかな? お疲れ様。…………あれ、サカイは?」
ボクは思い至らなかったんだ。
「……サカイくんは……」
評価されているってことは、もともと上級ショーマンのサカイにはもっと評価が上乗せされているってこと──。
このサーカスでも最上級に迫るくらいの成績だってこと。
「……連れて行かれちゃったの……」
ヒュッと喉が鳴った。
これまでだって、順調なことが続いてくれたわけじゃなかった。
ああ、油断してたな。
また、これから考え始めなくっちゃ……落ち込んで沈みそうになる首を持ち上げて、喉に息を通す。ここまできたんだから、立ち止まるな、立ち止まるな。オーメンとアカネが横にいてくれる。
「ナギサ、詳しく聞かせてくれる?」
ボクがしゃがみこんで、ナギサの隣に座る。
ナギサは目を丸くしてボクを見つめた。
「……リュウくん、なんだかたくましくなった? あのね、こんなこと聞いちゃったら泣いちゃうかと思っていたの。寂しがっちゃうと思って……。だから私、話をするのをためらったんだよ……。心配だったの」
そ、そんなふうに見られていたとは。
にぱ、とナギサが微笑む。いつもよりは弱々しいけれど、こちらを元気付けようとする彼女らしい優しい表情だ。
「でも大丈夫に見える。すごいよリュウくん。
じゃあ、詳しく言うね。──サカイくんのことを団長さんが呼びに来たんだよ。直々にこんな奥深いところまで、団長さんは呼びに来たの! 連れに来たの! サカイくんを評価して、君なら使えるだろうからって招待をしたんだよ……!」
ナギサの表情がぐにゃりとおかしくなる。ボクへの配慮と、サーカスへの興奮が不自然に混ざっているからだ。
「何事に招待されたの?」
エクストラショーを上回るものってこと……?
あのショーがこのサーカスでは最上級で、お金持ちのお客様が来てくれるし、幹部さえ手を貸すほどなのに。そんなものがあるの? ボクは知らない。
「”パレード”」
ナギサが口にした瞬間、ボクたちのココロが踊った。
胸に手を当てて、慎重に自分の感覚を確かめる。
ああこれは、まるでルールのように、単語にボクたちが興奮するように仕込まれている。
ナギサの表情の変化によって、それがよくわかった。
うってかわって、夢見るように。うっとりと噛みしめるように。
……理想の夢に、自分のココロを捧げてしまうかのように、ココロここにあらず、といった雰囲気。
「パレードって……なに? そんな行事聞いたことないんだけどな……」
「「僕たちもだよ」」
「「あたしたちも知らない」」
「「「「教えてッッ!!」」」」
幼い子たちは影響を受けすぎている!
ナギサにつかみかかるようにして情報を欲している。
「”待て”。私も知っている。説明しよう」
アカネが大きな声を張り上げて、矛先を引き受けてくれた。
「”パレード”── サーカスには”パレード”が周期的にあるらしいんだ。周期は把握していないが、開催される時は決まっていて、建国記念日らしい。テントから出て大きな橋の上を歩いていく。隊列を組み、ショーマンが歩きながら芸を披露する。幹部やとっておきの上級ショーマンが惜しげもなく披露される。亡骸サーカス団は、クロロテア王国あってこその組織だからな。感謝を捧げるためのエクストラショーなのだと聞いたことがある」
「「「「感謝を捧げるため?」」」」
子どもたちはコクリと首を横に傾げた。
ああ、これはピンとこなかったようだ。
いつもは「サーカスは憧れ、そこに労働を捧げることは喜び、心酔します」っていう原理で動いているもんね。
少し、気にかかることがある。
どうして、ピエロたちの目的というものを「サーカスへの憧れ」とサーカス主体に設定したんだろうか。
クロロテア王国のためのサーカスとするならば、テントに閉じ込めるのではなくいっそ国を見せて、この国のため国民の娯楽のために働いてみせようって洗脳した方が「最適」だろうに。
…………。
「リュウ。考え込んでいるときには、表情がまるで大人のようだ。お前は深く集中すると、ピエロらしくなくなるクセがある。気をつけた方がいい。”落ちこぼれピエロ”」
「……!!」
アカネがわざわざこの物言いをしたのは……。
ボクが不審な様子を見せたのは、落ちこぼれゆえだと印象付けるためだ。
いつのまにかこっちをまっすぐに見て瞬きをしていなかったナギサの視線に気づいて、ゾクっとする。
……危なかったかも。気をつけよう。
「「落ちこぼれピエロ~」」
「えーーんっ」
泣き真似は得意。
そのあとは泣くフリと、慌てる気弱なピエロ・いじめようとするピエロという芸の定番「三角関係」に持っていってごまかした。
「クスクス。リュウくんのピエロの芸ってやっぱり可愛いよねっ。
私からもパレードのこともっと教えてあげるね。えっと、さっきみんなに飛びかかられてびっくりしちゃったから、紙芝居みたいにしてみようかな」
ナギサが出したのは安い魔法カード。
一枚の白い板に、イメージしたものが何度でも描かれるという道具だ。
ここにはそれなりに簡素で特徴をとらえた……控えめに言ってヘタクソな絵が現れる。
おそらくお値段相当なんだろうな。うん。
けしてナギサの記憶力や発想力が貧困なわけでは……ごほん。
「まずはこのフロート車を並べるの。フロート車っていうのは飾りがたくさん乗った車のことだよ。走ることではなく、綺麗で面白い見た目でお客様を楽しませることが目的なの。フロート車一台につき、一人の幹部が乗りこむんだって」
「うわああ」
白い板には黒の線で描かれた雑なフロート車のイラスト。
けれどシンプルな見た目になっているぶん、わりとわかりやすいな。
日本においては遊園地などでみられるフロート・パレードそっくりだ。
「次に周りにピエロが並ぶの。この子たちはパレード用の特別な衣装がもらえるみたいだよ。それぞれの特徴を生かして、コンセプトのあるキャラクターになるの。樹人、悪魔、天使とか……まるであのモンスター絵本の住人みたいにね」
「かわ……いい?」
白い板に現れたイメージは壊滅的すぎる。ごちゃっとした棒人間。
けれどこのサーカスにおいては絵を描く機会がないので、上手くなりようはないからね。
ボクがイメージしたって大して変わらないだろうな。
「向かう先にはお城があるの。大きな橋の端っこはサーカス、大きな橋の端っこはお城。クロロテア王国のお城とは繋がれているんだよ。お城はとんがり屋根で大きくって、王様がすんでいるんだって。幹部はKING様って呼んでいるみたい」
「「!」」
白い板には、橋のイラストと、お城のイラスト。
そして風船を持った子ども……みたいなイラスト。王冠は被っているけど、これが王様?
サーカスが感謝を捧げなくちゃいけない存在? ああ、棒人間すぎて分かりにくいなあ……。
アカネが、サッとナギサから白い板を盗る。
アカネのイメージに上書きされたのか、そこに現れたのは、可愛らしくて豪華な衣装を着込んだピエロたちだった。ほとんど写真のように正確に描かれている! これはすごい。
子どもたちがこの絵に夢中になっている間に、アカネはナギサに小声で話しかけていた。
「……どこで城やKINGというものを知ったんだ!?」
「……ええと……ネコカブリちゃんが、教えてくれて……」
「ナギサ、幹部のネコカブリと仲がいいの!?」
「ああ、違うんだよリュウ、違うんだ。奴に目をつけられて、言い寄られてるんだよ。ちゃん付けで呼ぶように強要されたり。ほらナギサって可愛いだろう」
「ナギサは可愛いよね」
「て、照れるよ~~本気で言わないで~~」
「「可愛い」」
「き、気をつけるね」
ナギサにとっては、可愛いって評価されるのは”だから気をつけなさい”になるらしい。
ん? ということはボクは彼女に可愛いって言われても仕方ないのか……。危なっかしいってことね……。
「それで、パレードの重要候補者として、サカイが連れて行かれたってことか」
「そうなの。サカイくんは抵抗をしてたけど……」
「抵抗を?」
「だって喜ばなかったんだもん。目立てるっていうのに。ピエロにあるまじき、だから……」
ナギサは片方の眉がしょんぼりと下がり、片方の眉が怒ったように吊り上がっている。
アカネが彼女を抱きしめた。
見ていられなくなったんだろう……。
ボクは立ち上がる。
「二人でエクストラショーに出たいって言ってくる。何か変わるかもしれないから」
「今のお前は、口が回る。頭もいい。だったら託してみるのもいいだろう……と、私は思うよ。ピエロらしさは忘れないように。行ってこい」
「うん」
白の仮面をつけて、ボクはピエロらしく笑ってみせた。
アカネはもう、サーカスに一泡吹かせながら脱出してやろう、という目的を曲げないだろう。
倉庫にいる間は、ナギサたちをできるだけ説得しておいてくれるはずだ。
(行こうぜ、リュウ。サカイの存在は、お前のココロにとってなくちゃならないもんだろう?)
(……ありがとうオーメン)
オーメンって暖かなココロが凝縮されているような仮面だな。
ボクたちは再び倉庫を出た。




