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35:光の子供

 


「100%♡」


 なにがって?


 ココロ自動販売機の出力(吸いとり力?)が100%、そして対象物はボクたちが持ってきた”廃棄の仮面”だ。


 これを壊してもらうことが目的。




 ココロ自動販売機はぷすん、とささやかな音を立てた。


 おっと。なかなか動かないな。おそらくバグのことを警戒した安全装置が作用したんだろう。

 さっき内部観察したときにそれも覗き済み、だ。


 ボクはにこやかに安全装置を外す。


 うん、これでオッケーィ。


 ゴウンゴウンゴウン! と動き始めたココロ自動販売機。

 中でははげしい”搾り取り”が行われていることだろう。できないんだけどね。


 ボクはムムリノベルの仮面の色を、少しだけ薄くして、動く様子をしばらく眺める。

 仮面について思いを馳せた。


 ──失敗作とされた幼いピエロが、形をいじられた結果、この仮面だけが残った。


 ──どれだけ怖かっただろう。それとも悲しかっただろう。連れてこられて勝手に失敗作の烙印を押されて、もとの形もわからないような魔法道具に改造されてしまって。


 ──どんな子だっただろう。いや、もとの姿を想像されることはイヤがりそうだ。せっかく解放されたのに……って文句言われちゃうかな。


「リュウ。あそこを見て」

「!!」


 ココロ自動販売機の上にある風船が、4つほど、乾いた音を立てて割れてしまった。


 それは当然異常事態で、100%を吸い取るつもりで風船を割ったのに、廃棄の仮面からは”なにも”吸い取れなかったことによる影響だった。


 風船からこぼれた光は、なんだか戸惑っているかのように空中でたゆたった。


「!!」

「あれは……」


 幼い子供のような姿を、光が形作る。


 男子か女子かもわからない、それくらい幼い姿だ。

 ふわふわと長い髪が浮かんでいるけれど、そんな髪型のピエロは男女どちらもこのサーカスにはいるし。

 あどけない微笑みも、幼さ特有のもの。かっこよさとも、可愛さとも違う、まだそこまでの差が生まれていないもの。無邪気さっていうのかなあ。

 手を振っているようだ。


「リュウ。その、泣いているが……?」

「え。あの子が泣いているように見えているの?」

「いや。お前がだ」

「え? あ、ああ……本当だ」


 アカネはため息をついて、ボクにハンカチを貸してくれた。ありがとう。


挿絵(By みてみん)


「あ、ちょ、光の子が……ココロ自動販売機のこと蹴ってない?」

「そう見えるな。ただの光なもんだからダメージはまるでなさそうだが、鬱憤が溜まっていたんだろうな」

「今度はカーテンを引きちぎるような動作……」

「ガキだ。どうみたって赤ちゃん」

「アカネって赤ちゃんって呼ぶタイプなんだ」

「そんな話はしていない。そこだっ、いけっ、もっとやってしまえっ」

「破壊を応援してるね」

「気が晴れるような気がしないか?」

「もちろんちょっと気持ちいいよ?」

「普段であればルールに縛られていて重要設備の破壊などはできないからな。あの者に自分をトレースして”愉しんで”しまっているのが私だ。リュウはそれだけじゃないだろう。引き続き、祈ってやれ」

「うん」


 ボクは手を組み(クリスチャンでもないけどさ)祈りを捧げる。

 お疲れ様。

 失敗作を倒すときに痛くしてごめんね。

 そしてどうかココロが解放されてくれますように──。


 目を伏せていた。さっきまでの”失敗作”を思い出しながら願ったから。

 あの時の悲しみにピントを合わせられるようにって。


 だって、顔を上げてしまうと、光の子がけっこう元気そうに動き回っているから祈りが”薄くゆるく”なってしまうんじゃないかって思ったから。


 けれどもうしっかり祈れたから。


 ボクは真上を向いてピエロらしく”ニコッ”と笑う。


 なぜだろう。あの子にはこうする方がいいって感じちゃって……。


<あー、あの子きっと”元々”サーカスに憧れていたタイプなんだろうぜ。亡骸サーカス団に受け入れられなかったのはさ、サーカスってものをキラキラした目で眺めていることが自然だったからだよ。それゆえに染まることが難しかった。幼く経験の積まれていない純粋なココロには手を出せなかった。しかし熱量は、魔法道具のエネルギーにちょうど良かったと。

 だからリュウとアカネがサーカスの技を目一杯使って”討って”くれたのは、あの子にはいい遊びだったんだろうさ>


 オーメンがここまで考察したことに驚く。


<オーメン。キミが感じ取ったことがボクの頭に流れてきたから、ボクはピエロらしく笑えたのかもしれない……。キミって繊細な感性を持ってるよね>

<えええそんなの言われたことねえよおおお>

<照れてる。わかっちゃうよ>

<ぴえん!>


 光が昇っていく。

 手を振って。



 そして天井からの明かりにまぎれてしまい視認できなくなった。


 ふと、下向きに光が少し戻ってきて、幼い子どもの姿がにょっきりはえてくる。

 ちょ、光が足りてなくて、鼻から胸元くらいまでしか形になってないんだけど!?

 見ようによってはグロテスクだよ!?


 口元はほのかに微笑んでいた。

 そして消えていった。


 うん……。

 よかった、みたい、かな……?



「なんだかすごいものを見たな」

「そうだね。綺麗だったし、あの子が最後に浮かべた表情が悲しみじゃなくてよかった。よかったよね?」

「私だったら、よかったときには笑っていると思う」

「ボクもそうだ。最善は尽くせたとみるべきかな」



 ボクとアカネはハイタッチした。

 まだ、アカネの方が背が高いや。


 さて。

 ココロ自動販売機に向き合う。


 仮面を取り出すはずのところからは、粉々になった砂状の仮面が出てきていた。

 ”廃棄の仮面”を新しい仮面に作り直すことは不可能だったみたいだ。


 ボクは、ムムリノベルの視界でみた機械の構造から考察を進める。


「──100%を捧げることが成功した場合は、超豪華な仮面が出てきて、それをつけた瞬間に、自分がまったく自分じゃなくなるようだ。超有能な空っぽの存在になるのかな。そのあとは幹部たちがやってきて……という手順が見えている」


「ということは……。ここを早く離れた方がいいな」


「さよなら!!」


 ボクたちは足音を消すカードを使い、無音で立ち去る。


 砂になってしまったものは、ボクたちのたった一度の足踏みで周り一面に拡散されて、そこそこ汚れた床の一部になった。


 アカネは念入りに足踏みをしていた。

 さっきあの光の子が周りにかましていたキックのように。

 アカネ曰く「縛り留められていた道具なんだ。私ならこれくらいしてやりたいね」と。

 弔い方は、人それぞれってところだね。


 風船が減って、ライオン頭のネジが外れかけて、少しみすぼらしくなったココロ自動販売機。


 食べられないものを食べたせいかぐったりと食あたりしているような印象を受ける。


「チュウチュウ」

「そうだね。ボクたちが知られるような痕跡は残していない」

<ムムリノベルと以心伝心!?>

<うん、ボクにネズミ耳が生えている間はね! 結局使いすぎたー!>



 やることはやってきた。


 それぞれ、いい成果といえるだろう。


 それじゃ、倉庫に戻ろう。これから計画をもっと進めたい。



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