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34:ココロ自動販売機

 


 [ココロ自動販売機]──そびえている箱型の魔法道具。


 黄金のふちどり、ライオンの頭を模したスチームパンク風の飾り、冠のライト、青・橙・ピンクの風船。

 ほかにも様々な装飾がじゃらりと並ぶ。


 サーカスに入団した時、いずれこれを使うんだよって期待を煽られたことを覚えてる──。

 だから使う許可が降りるくらいに、ショーを頑張るんだよって。そうしたら自分の意思でもっともっと強い魔法が使えるようになるからねって。

 幼いボクは顔を輝かせていた。


「おや、あのピエロ、慌てているようだ。ココロ自動販売機の使い方はややこしいからな。初めてなら戸惑ってもしかたがない」


 これからどうやって仮面が強化されるかなんて予想もつかないな。


 カラカラカラカラ……カラカラカラカラ……


 ライオンが水を求めて喉を鳴らすような乾いた音。

 おそらく、大型の魔法道具が起動するための音。

 ”異世界渡りの鏡”の時と似ている。


「──あっ」


 あっ?


 ピエロは、上の方に吊るされている紙を見上げて、音読をした。

 緊張しているんだろうな、思ったことがポロポロと口から出て行っちゃうなんて。


「ココロ自動販売機の使い方──。

 1:自販機で仮面をもらおう。

 2:ココロを売って仮面を強化。

 3:売った数だけ魔法が使えるよ! ……そうなんだあ!」


 嬉しそうにはずむ声。そこには一片の曇りもなく、サーカスに忠誠を捧げている。


 自動販売機の下の方に、切れ込みがあった。


 導かれるようにそこに仮面を入れてしまうピエロ。


 仮面はココロの分身体みたいなものだ。

 あんなふうに機械に託してしまうなんて、ゾッとする。


 けれどそれは今のボクだから思うことで……。あの子は【もしもオーメンに合わなかった時のリュウ】かもしれない……。


 自動販売機の真ん中の装飾「鉄格子のような柵」が開いて、紫の光がこぼれる。

 ピエロはその光に見入っていた。

 ただの光のようだけど……。


「……あいつにだけは、光の中に人形劇が見えているのさ。幻想の人形劇だ。自分そっくりの人形がステージで活躍するという、サーカスドリームを刷り込んでいるところなのさ」


 アカネが自らの経験を教えてくれた。

 淡々とした声に、自分の過去を反映した苦さがにじむ。


「自動販売機の上の方、メモリがあるだろう。0、30、60、80、100──そこを見ておけ」


「……!!」


 針が進む。


 やがて60のところへ。


 そして、音楽が鳴り始めた。

 ステージで鳴る定番のメロディを、優しくアレンジしたような音色。

 ココロがふわふわとしてくる。ボクたちを包むように、幸せな心地にしてくれる。



 バシッ。


 ……アカネのビンタありがとうございました。おかげで目が覚めました。すみません手間かけさせちゃって。


「すまない。けれど魅せられないでいてくれ。リュウは耐性がない、警戒しろ」

「うん。あやうく機械のところまでフラフラ行っちゃうところだった……」

「あそこは崖っぷちへの一本道、寿命を削られに行くようなものだ。やめてくれ」


 ボクがビンタされた音なんて聞こえちゃいないらしい、あの自販機の前のピエロは光に魅入られている。


 紫色の仮面を受け取ったようだ。

 装飾がずいぶんと豪華になっていた。

 きっと新しい魔法が使えるようになっている。──ココロを売ったから。


 アカネが自らの仮面をボクに見せながら教えてくれた。


「この仮面は[海の蝶~マーレディ・ロール~]……私がココロを60%まで売ったことと引き換えに、手にしたものだ。おそらくあいつの仮面も似たようなものだろう。ピエロそれぞれの強力な魔法が使える。

 リュウ、これは忠告だ。強力な魔法を使うピエロならば……とうかつに声をかけて、仲間に引き入れようとしないように。私やサカイのほうが例外だ。十中八九、戦いのかまえを取られるぞ」


「うん」


 紫の仮面をもらい踊る彼のおかげで……(おかげって言葉は使いたくないところだけど)ココロ自動販売機の動きを見ることができた。


 彼はルンルンと去っていく。無表情で。

 そこしかないように一直線に、出口に向かって。

 おそらく活躍する自分が楽しみなんだろうけれど、ボクには、死に向かっていく一本の綱渡りのように見えてならなかった……。


 彼が大きな失敗をしてしまう前に、このサーカスでボクたちが動けたなら、何かが変わるだろうか。

 すべてを救うヒーローになれるだなんて想像もしていないよ、それでも、何か、どこか、変わってくれないだろうか。

 そう願わないとココロが軋みをあげてしまう。


(優しいやつってことだぜ)


 オーメンが憐れむようにボクに声をかけた。


「相変わらずふざけた演出。私はあれが嫌い」


 アカネは立ち上がり、こきっ、と首を鳴らした。


 そしてアカネは、ココロ自動販売機の上の方をびしりと指差した。



 ──ライオンの頭が笑ってる!



 それはどうしてなんだろう。

 嬉しいの? 面白いの? 皮肉っているの? 感情なんてこもっていない道具的な動きなの?


 吸収された”ココロ”がこの機械の中に入っている。機械にとって”ココロ”って何だろう。

 ううん、”この機械を作った人にとって””ココロ”ってなんなんだろう──……。


挿絵(By みてみん)


 風船が一つ、弾けて、キラキラした粉のようなものが天井に向かって登っていく。


 ボクは水色の仮面をつけているから、この粉のそばの空気の震えが見えている。

 人間が言葉を発するときのような空気の動き方。

 あれはきっと、ピエロが捧げたココロの何パーセントかの行方だ。


 天井──。

 上に──。

 何があるっていうの──。



「さっきのピエロはこういう顔をしていただろう?」

「!!」


 アカネがボクの方をまっすぐに向いている。


 ゾッとしてしまう。


 感情ががらんと抜け落ちていて。

 それなのに口を開けば、無言で空気が震えているんだ。ケラケラ、ケラケラと……。


「私の今の状態は、この場所の出来事への”共振”だ。私自身のものじゃない。けれど、リュウは知っててくれ。自分がいつかこうなってしまわないように」

「わかった。わかったから……」


 アカネがボクの頭を撫でている。

 慰めてあげたいのに、抱きしめてしまうには目の前の彼女への生理的恐怖心が生まれ、情けないながらボクの方が震えていて、ボクにはアカネに可愛いを提供することしかできない……。


(可愛くて良かったなリュウ)

(この場においてはぐうの音も出ないよ)


「ちなみにナギサはこんな私を見ても動揺しなかった」

「ナギサはやっぱりすごいな」


 ショーマンとしての評価には差のある二人が、たしかに親友なんだなって、改めて実感した。


「ピエロは欲を叶えたいあまり、本当に大切なものを失ってしまうんだ」


 アカネは返事は求めていないようだ。

 過去の懺悔。

 ボクたちは立ち尽くして足の震えがおさまるのを待った。



(俺様、あの機械は悪趣味だと思っているぜ)

(オーメン)

(あのさー、よその世界には自動販売機ってのがあるらしいじゃないか。それを聞いて、いいなあ、と思っていたんだ。一度見てみたいなあって。コインを入れたら夢のように美味しいジュースが出てくるんだろ? けれどこのサーカスの奴の手にかかれば、ココロを吸い上げて仮面を強化してやるシステム。ロマンがないんだよなー!)

(……ロマン)

(俺様のジュースはっ!?)

(……まあジュースはないよね)

(仮面の強化って本来、本人の成長みたいなもんじゃん。それを加速させるシステム化ってさあ。ロマンがないしジュースもないし。しかも代金は本人のココロ持ち!)

(ブラック企業だよね)


 オーメンの怒りの沸点、変なの……。


 よその世界へのロマンを汚されると、怒るのかな。

 覚えておこう。頭の片隅にメモをした。



 ボクたちは自動販売機の前にやってきた。


 鉄格子のような柵は再び閉ざされている。


 まるで、またこれを開いて欲しかったらココロを捧げろ、って示すみたい。

 ライオンはあざ笑いボクたちを見下ろしている。



「さっきのピエロは、周りをうかがう余裕もなく立ち去った。そんな風だから上級ショーマンには成れないだろうな。才能が感じられない」


 アカネの発言はボクにもグサグサ刺さっています〜。


「仮面の強化なんてしなければよかったのに。まだ早い、早すぎるんだよ、最近は……。ショーですぐに死んでしまうだろう」


 アカネだって何も思わずピエロを観察していたわけじゃない。


「急ぎたいね。改めてそう思った」

「……有意義な寄り道にはできたようだな」

「最悪な状況から、できるだけは利益を絞りとってやりたいっ」


 ぞうきん絞りをするパントマイムをしてみせた。

 掃除当番をずっとしていたから、これはめちゃくちゃ上手い。


 アカネは小さく苦笑してくれた。ああ、ホッとした!

 このわずかな笑みを彼女が取り戻したように、さっきのピエロもきっとまた──。



「リュウ。一連を見た感想を言って」


 アカネは、ボクが自動販売機に魅了されていないことを確認したいようだ。

 そうしなくては危ないのだろう。


「アレは、実にサーカスにとって都合がいい魔法道具だよね。ピエロの急成長はサーカスの利益になる、ココロを失って従順ならば幹部が操りやすくなる。強くなって結果が出たらショーが楽しくなりピエロも依存する。上手くないピエロは殉職するけど、これまた観客受けがいいエンターテイメントだ。

以下くりかえし──」


「合格。広い目を持っているものだな。私は頭に血が上るタイプだから、リュウほどこの光景を冷静に物事を見れていなかった。連れてきてよかった」


「誘ってくれてありがとう。ねえ、ここで”廃棄の仮面”を”100%捧げ”てみたなら、興味深いことになると思わない?」


 アカネが肩をバシッと叩いてきた。あいたっ。


「リュウ。是非やってしまおう」

「背中を押してくれてありがとう。よーしやりましょうか!」

「チュウ!(わくわく)」

「俺様しーらないっと」


 一時的にムムリノベルの仮面をつけた。

 ネズミっぽくなってしまう前に短期決戦ですよ。ちょっとの間なら仮面で分析するのは問題ない。


 ちょちょい……と魔法道具の裏側を操作して、”廃棄の仮面”を放り込む。


 廃棄の仮面なんて入れられたことがないだろうな。


 どうなっちゃうんだろうな。


 ボク、ちょっとわかるんだ。


 ごめん、かなり真実がわかる。


 ムムリノベルも、ボクもアカネも、わるーい顔してたんじゃないでしょうか。

 ポチッとな。


「100%♡」



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