33:ルームメイト
ボクたちは”廃棄の仮面”を供養するために、とある場所に行こうとしていた。
けれど道中、アカネが倒れてしまった。
ぐったりとして体に力が入らないようで、肌は青白く、まるで体から生きる気力がごっそり抜けてしまっているかのような機能低下を引き起こしている。
さっき失敗作と戦ったときに、サーカスの魔法を使いすぎたせいだ!
サーカスに来たときに強制的に与えられた魔法だから、サーカスの魔法と呼ぶことにする──。
ボクだって魔法を使えるかもしれないとワクワクした過去が、バカみたいに思えた。
そんなふうに何も知らない子供のようなココロでいるには、ボクは世界の真実を知りすぎてしまった。
「リュウ~、そんなに頑張ったって、運べるはずないって〜」
「そんなこともなさそうだよ」
「え!?」
ボクはアカネを抱えあげる。オーメンが驚いている。
ああ、アカネ、生きているけど死人のように冷たいな……。
「”フロマーチ”」
「何する気なんだ、リュウ?」
「アカネの健康状態を見ようと思って。……まだココロパレットは朽ちていない、それは良かった。けれどボクにココロを預けてしまうくらい弱っている、死にかけだと考えられるのか……」
(……単純に信頼されたんじゃねーのぅ?)
「なんか頭の片隅に聞こえたんだけど、オーメン?」
「なんでもないでーす」
オーメンは横を向いて、それから、周りの様子を探ってくれる。
ボクも白い仮面を使いすぎるわけにもいかないから、オーメンのサポートは助かるよ。
「アカネの部屋に行こう。そこなら休憩できるはずだから」
「抱えたまま動けるのぉ~? リュウきゅ~ん?……なんてからかってごめん。いや心配でさ、リュウって抱えられてることの方が多かったし、って、いけてるじゃんー! なんで!?」
「ボク、"ちょっと背が伸びたみたいだ"」
膝下だった半ズボンが、ちょうど膝にかかる位置になっている。
それに髪が少し伸びた? 前髪が目にかかって少し邪魔。
考えてみる。
ここには子供が攫われてきて、どうやら「幼い姿で幼いココロを輝かせる」ことが重要らしい。
ただ攫ってきただけじゃないんだ。
鏡に映った日本のボクは、もっと大人びていたんだから。
だからココロが大人びたならば、容姿も大人びていくのかもしれない。
人の成長もココロも歪ませる、サーカスの歪な魔法。
弱いままだから操っていられるんだ。
ボクたちをコードネームで呼ぶことだって、本名に連なる記憶を思い出させないため。
幹部に気づかれやすくなったってことだ。
【ピエロのリュウは記憶を取り戻している】だなんて、見た目からバレてしまう時が来るだろう。
それまでにボクは、みんなと脱出しなければならない。
オーメンだけでも、と思っていたものが。
オーメンとボクで、となり。
友達のピエロも、にかわり。
ボクはココロの底で"欲望"が産声を上げるのを聞いた気がした。
「部屋に、到着するよ」
アカネの部屋は、つまりナギサの部屋でもあるわけで。
二人はルームシェアをしているんだから。
辿り着くと、ナギサがいて、ボクたちに代わって診てくれた。
魔法道具を使い、アカネを丁寧に治していく。
アカネが無茶をするのはよくあることだそうだ。
彼女の治し方は、よく水不足になってしまうので、根気強く水を飲ませてあげることらしい。アカネは水魔法を使うのにあまり水分を好まないのだとか。ストローを嫌がって首を振るアカネをゆっくりなだめて、ナギサは処置をして、眠りにつかせてあげた。
このときのナギサはとても落ち着いていた。
いつもは現れるサーカスの洗脳も見られなかった。
「アカネちゃんはね、私の分も頑張ってくれちゃうの。私はどんくさくてイマイチなピエロだから、目を付けられやすいって彼女が言うとおりでね。だからいじわるされないように側にいてくれて、私がいるから頑張れるんだって言ってくれて、ステージでは活躍するのがアカネちゃん……」
優しいの、とナギサが断言してこっちを見つめてきたから、頷いた。
少し前まではアカネの優しさってよくわからなかったけど、今は深く納得してる。
懐に入れる人は少ないけど、一度懐に入れると決めたら全力を尽くす人だ。
「嬉しいなあ。リュウくんと意見がおそろいで」
ナギサは本当にピュアに微笑むから、すごーく癒される。
ああ、久しぶりの微笑みが効く〜。
白桃みたいな頬がほんわりと丸くなる笑い方は安心を振り撒き、ナギサの人間性が表れている。
天使のような女の子、古びたアンティークな衣装はきっとシンデレラ、これからナギサが幸せになっていく証明みたいなものだよねって、ボクは信じていたのですが。
今となっては、ナギサにとっての幸せ=サーカスでの活躍をしてほしくないわけですが……。
悟られないようにボクはカラ元気で笑う。
ピエロらしく。ピエロらしくだ。
に、にっこり。
「リュウくんたちはどこで過ごしていたの?」
「ずっと倉庫だよ。ボクのピエロの技をアカネに見てもらっていただけ」
「ふぅん。向上心があってすてきだねー!」
「ピエロとして当然のことだよ」
「でも倉庫って、サカイくんがいただけだったような? 『アカネめリュウを攫いやがってー!』って叫んで劇の練習してたのかな? 私、荷物を取りに行ったんだー」
「すれ違ったのかなあ! ボクたち途中からカラスごっこをしてたんだよね!」
「アカネちゃんとそんなにも遊べるなんてリュウくんいいなあ。どこを通っていたの?」
「いろいろな道? ボクが絡まれそうだったところをアカネが助けてくれたりね」
「さすがアカネちゃん! ヒーロー!」
アカネのことを多めに語るとナギサははしゃいで、疑問を忘れてくれる。
うう、アカネが起きたら怒られそうだけども。
ボクのココロは揺れる。
アカネはまだ「ナギサを誘うな」と言ったきりだ。
けれど、ナギサのことも誘ってもいいのではないか。そんな誘惑が鎌首をもたげる。
「う……ん……」
「アカネちゃんの意識が戻ったみたい。おーいおーい」
「アーカーネ。ベロベロばあっ」
「……リュウ。その顔、やめろ……」
「すみませんでした」
「せっかくの可愛い顔が台無しだ」
「すみませんやめてください」
「あははは! リュウくんって頬の筋肉?柔らかいよねー」
「ナギサこそ。よく手入れされてる感じがするよ」
「「ピエロとして」」
(お前たち頬つつき合って、女子会?)……ってオーメンうるさいよ!
「心配をかけたな。リュウ、”行こう”」
「オッケー、さっきの続きでボクに芸を仕込んでくれる? 次のショーでびっくりさせたいから誰にも内緒で、すっごいやつを教えて欲しいな!」
「…………そういうこと、だったもんな。わかった。ナギサ、出かけてくる」
「うんっ。バイバーイ♪」
ナギサがにこやかに手を振ってくれた。
そして、部屋から出るとアカネに壁に押し付けられた。
けしていい雰囲気とかそんなんじゃない。むしろ殺気。
ええと、喉元にカードが突きつけられている。
「リュウ……ナギサに手出しはしていないな……?」
「定期的にその確認がいる人なんだね!? オフコース! 彼女に言い寄ったりしていないデス!!」
今のデスは「Death」の発音に等しい。
「信用するとしよう」
「アカネと信頼関係を築いておいてよかったあああ」
「すまないが、どうにも癖でな。ナギサに言い寄ろうとする不届きものは本当に多いんだ。特に悪質なのがサーカスピエロの欲望が強いやつで、ナギサが回復魔法の使い手だからって便利に使おうとしたり、可愛いナギサとステージに立って観客からの人気を増やそうとしたり、最悪なやつだと、ナギサを傷つけることで人目を集められるなんて持ちかけた奴もいた」
「許せないね」
「私がボコっておいた。……ああ、愚痴を言えて良かったよ」
アカネは改めて自分の体を確認している。
「回復魔法はできるだけ人前で使わずに魔法道具でことを終わらせるよう、言ってある。今回もナギサはそうしてくれたか?」
「うん。それからボクが医務室からくすねてきた薬も使わせてもらったよ」
「よくやってくれた」
アカネはニヤリとした。
……あ、感情が少し回復してる。
とくにナギサに会えたのが大きかったのだろう。
「それでは。──次、向かうのは[ココロ自動販売機]がある部屋だ」
[ココロ自動販売機]……というのは無人で扱える魔法道具。
ココロを「何パーセントか」売って、その対価として「仮面の強化」を行えるんだ。
ボクはまだ利用したことがない。
アカネは使ったことがあるそうだ。
もともとは水色に染まっていただけだったシンプルな仮面を、ゴージャスにランクアップさせた。
そのためにココロを捧げたときには、体温が2度くらい下がったような気がしたそうだ。そして、何に対しても感動しづらく、笑いにくくなった。その代わりに、魔法を発動したときには感情のブレーキが壊れているかのように興奮状態になるって。
こわいよね。
この感情の格差がきつくてショーの後は脱力状態になる上級ショーマンが多いらしい。
アカネがさっき気を失ってしまったのもそのせいだし。
そうなると、サカイはかなりタフな精神の持ち主だったんだな……。
これを口にするとアカネの機嫌が悪くなりそうだから、呑み込んでおく。
説明を受けながらやってきた、展示室。
まるで聖堂みたいに天井が高くて、上から差し込む光が一点に集中している。
照らし出されているのが[ココロ自動販売機]なのだろう。
大きな箱型の魔法機械。ごてごてと様々な飾りがついている。ポップなもの。流麗なもの。豪奢なもの。恐ろしいもの。
この飾りのいずれかが自分の仮面の装飾として現れるそうだ。サンプルってところかな?
がらん、と広い部屋なのにあるのはこの機械一つだけ。
「特別」に見える。
「特別」を求めてここにやってきたピエロのココロを焚きつけて期待させる、ルームコーディネートの演出なんだろう。
「ここに入るにはそれなりに実力あるショーマンでなくてはならない」
「そっか……アカネは大丈夫なんだよね。じゃあ、アカネの仮面の色を貸してくれないかな」
「? かまわない」
「ありがとう」
”フロマーチ””ランドール”……少しだけ水色を借りると、ボクの仮面の見た目が変わる。
ピエロにとって仮面は強さのパラメーター。
実力のあるピエロならば強い魔法が使えるはず、強い魔法が使えるならば実力のあるピエロ。
そういう保証だ。
まさかコピーが使える”例外 ”がいるなんて想定していないだろう。
「よし。入室できたよ!」
おそらく入室の魔力感知が誤魔化されたんだ。
「リュウ。はしゃがないように」
「今、ボクのココロが激流って感じなんだ。アカネってけっこう情熱家だよね。フロマーチできちゃうくらいにアカネがココロを開いてくれて嬉しいなあ」
「くっ、……! 口を閉じていろ。誰かくる」
ラリアットされつつ、ボクはアカネに運ばれた。
柱の陰に隠れて、この部屋の隅っこに隠れる。
やってきたのはあまり見かけたことがないピエロだ。
駆け出しから少し過ぎたくらいであろう、足元がフラフラとしている。
「ふつう、一度ココロを売るくらいでは壊れない。ヤツが機械を使う動きを見ておこうか」
「……うん」
ボクたちは目を丸くして、部屋の中央を凝視した。
懐のオーメンは震えていて、足元でムムリノベルが「チュウ(フーン)」と鳴いていた。




