32:魔獣カード・レグルス
とっておきの魔法カードを、アカネは発動した。
「レグルス」
まるで呼ぶような唱え方。
すると獣の咆哮、カードからは白いライオンが現れ──後ろ半身は魚の尾!
なんという幻想生物なんだろう。
青みを帯びた白の、毛並みと鱗がキラキラとすごくきれい。
アカネはレグルスに跨った。
攻撃方法は……
「突撃──!!」
シンプル!
二人が一丸となって、撃ち抜くように”失敗作”にぶつかっていった。
失敗作の動きが止まる。
ボクは目を凝らす。
尻尾の裏についていた廃棄の仮面は、ひび割れに沿って壊れているようだ。よし!
”よし”……よかった、ではなくて。
……最高ではないけれど、最善な選択だったと信じてる。
……囚われていたあの魔法道具の魂が、きちんと生命の流れの中に戻れますように。
仮面がパキパキと割れていく音が聞こえる。
なんていうか、ボクには理解できた気がしたんだ。(帰りたい)って──。
「……あっ」
アカネが失敗作に近づいて、その尻尾の裏を探り始めた。
仮面のかけらを引き剥がして、万が一失敗作が再起したりしないように処置しているんだ。
さすが、この手の悪趣味なものと戦わされることもある上級ショーマンは、手慣れている。
そして、ボクに向かってただ首をかしげてみせた。
(処置完了してる?)という彼女の問いなんだろう。
だから(もう縛られていないはず)って、ボクは腕を大きく伸ばして丸を作る。
「ほかにこっちを狙っているものはいなさそうだ」
オーメンが言った。
アカネが降りてくる。
屋根に降り立つと、疲れたようにレグルスに寄りかかった。
レグルスという生き物は、ちょっと迷惑そうにアカネを見ている。まだ、あまり仲は良くないみたい。レグルスの言いたいことも聞いてあげられたらボクが手助けできるかもしれないんだけど……。
「アカネ、本当にお疲れ様」
「ああ……。……お前は冗談みたいなやつだな」
「?? ボクが?」
「気づいていないのか」
アカネはちょっと含んだ物言いをする。
口調はリラックスしていて、いつもより柔らかい雰囲気だけど、その顔は「無表情」だ。
反対に、ボクの表情はどうやら「痛ましそうに哀れむ顔」となっていたらしい。
魔法を使ったのに表情がさらに感情豊かになっているのが”あべこべ”だそうだ。
「私は仮面の力を使いすぎたんだ。怒っているように見えるだろうが、しばらくしたら直るから気にしないでくれ」
「わかった……。ボクにできることは?」
「ふふっ」
「???」
「口元だけで笑っているのは不気味か? すまない。……リュウ。ちょっとピエロの芸をしてみてくれないか」
「ここで?」
「ああ。上体の動き中心に、頼む」
なんておかしな注文だろうか。
それでもボクは頑張った。
だって窮地のショーを成功させたショーマンへの、喝采の代わりなんだから!
脚は動かさないようにして、さっきまでアカネが行なっていた戦いの再現をしてみせる。
(攻撃が飛んでくるかのように)拳を自分の方に向けて、パンチされたフリで上体を勢いよく傾ける。顔芸はコミカルに。けして観てくれているアカネに嫌な思いをさせないように。
拳二つで顔が挟まれたら、アワアワと両方を見渡してから後ろにグインと背中を曲げる。
……そのまま尻餅をついちゃった。あちゃー。ボクはやっぱり落ちこぼれピエロの素質があるんだよね。
「ふふふふっ!」
アカネには大ウケだったからいいんだけど。
何がそこまで彼女を面白がらせているんだろう?
ん? 小さい声で「ああ可愛いっ」って聞こえたような……。
「おいリュウ~。お前いつまで仮面の効果を続けているんだ? そろそろ耳をしまった方がいいぜえ?」
「オーメン。……耳?」
「そっちの人間の耳じゃねえよぅー。頭の上、上~」
「頭の上」
ボクは触れてみた。
ふかっ、とした手触りの毛並み、丸い形の大きめの……ネズミ耳ぃーーー!?
か、鏡、鏡!
いや転移の鏡じゃあダメ、それだと今のボクの姿が映らないから!
相変わらず無表情で死んだ表情のボクが見つめ返してくるんだけど、さっきアカネが無表情で笑っていた影響なのか、鏡の向こうのヤツも妙に笑っているような感じがする。くっそぅ。
「自分でも見てみたいか? そうだな。水鏡を作ってくれ、レグルス」
「いいの……? その子、不満そうにしてない?」
「そうだろうか。魔獣カードだから役目はこなしてくれる。それ以上はわからないんだ。私は大事にしているつもりだが、レグルスはこの調子だからな……」
とはいえ、レグルスはおとなしく水の鏡を作ってくれた。
アカネは仮面を使いすぎたのでしばらく自分の魔法を使わない。その気持ちをレグルスはきちんとわかっているみたいだった。
「ムムリノリュウだーーー!?」
「ふふふふ。……ふう。満足した」
「ど、どうしたしまして……。なるほど、仮面を使いすぎるとボクの場合は、混ざってしまうって”こういうこと”か。この空間をでたらすぐにムムリノベルの仮面は解除することにしよう」
「チュウ」
ムムリノベルが肩に乗ってくる。
この芸に和んだ空気がレグルスにも影響したのか、レグルスの雰囲気もちょっと淡くなったのだった。
アカネは、今のうちにと、レグルスの紹介をしてくれた。
「この子は魔獣カード・レグルス。魔獣カードというのは実在のモンスターをもとに作られているらしい。知能が高く気持ちもあるようだ。
この見た目は”マーライオン種族”のもの。泳ぐように空間を移動するので、水中でも空中でもとても素早い。水魔法を使い、背中にはセイレーンを乗せるという伝承から、女子でなければ乗ることができない」
撫でるアカネを、レグルスは不満そうにみているので「私は女子らしくないからな」とアカネはため息をついているけど、別の意見があるんじゃないかなあ。
アカネはしっかり女の子だと思う。
気遣い屋さんなところとか、長く伸ばした髪が似合うところも、ふと近くにいるときにドキッとさせられるところも。
ボクはムムリノベルの紹介をした。
そしてアカネがムムリノベルを抱っこしたときに、レグルスに劇的な変化があった。
<──この者に対して不満があるとすれば、それは、物事を成したあとに”歌を捧げる”ことをしていないからだ。セイレーンの乙女を背中に乗せたあと、歌をいただくのがマーライオン種族の誇りなのだ>
喋れるじゃん!
いや……。
レグルスの咆哮は水の泡が弾けるような不思議な音で、これが理解できたのはムムリノベルの仮面のおかげ。
これではアカネとは意思疎通できなかっただろうな。
「うちのレグルスがすまない」
<ペット扱いするでないわ!>
なるほど、誇り高い。
けれどそれでもアカネに力を貸すんだから、相性はいいんだろうと思う。
「アカネ、違うんだよ。ボクはほえられたんじゃなく、レグルスと会話をしていたんだ。ムムリノベルの仮面は動物と意思疎通ができるみたい。──キミに歌を歌ってほしいみたいだよ」
「私が、か?」
「そう。キミがセイレーンの乙女だからだ」
「はッ!?」
ガキン、と硬直するアカネに事情を説明する。
表情が制限されていなかったら、照れて赤くなっていたんじゃないかな。
アカネは重々しく頷くと、歌い始めた。
宇宙空間の中に透けていくような清らかな歌声だった──。
人前で歌うのは苦手だから聞かないでくれと言われたので、頭のムムリノ耳を押さえていたんだけれど、聴力がいいので聞こえちゃったな。聞こえたってことは内緒にしておこう。アカネとレグルスがこれから仲良くなれますように。
レグルスのカードは何度でも使えるらしくて、アカネは懐にしまっていた。
ボクは、”廃棄の仮面”を受け取った。
ボロボロで痛々しかった。
「これを供養してあげたいね」
「供養になるのかはわからないが……。仮面のことをもっと理解したいなら、行くべき場所がある」
そう言ったアカネを、オーメンは静かに見据えていた。
彼女の案内で、ボクはまた、サーカス団の知られざる場所へと行くことになったんだ。
宇宙空間を一時的に立ち去った。
天衣の鏡はきちんとスリープモードになり、ボクらの帰りを待っている。




