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30:冷たい鏡の移動装置

 

 魔法の鏡は、つめたい銀色をしていた。


 覗き込めば、ボクが映る。

 けれど「そのもの」だけが抽出されていて、ただの鏡ではないということがわかった。


 黒髪、青白い肌、いつもの顔つきよりもちょっと大人びた少年と青年の間の顔だ。

 生気のない暗闇のような瞳──。


 ピエロの帽子や服は着ていなくて、ボクの魂そのもののよう。


 ぼうっと眺めてくる”顔”に、背筋がゾクッとする。



「起動させようぜ」


 オーメンが肩をつついてきた。

 オーメンは鏡を覗き込んでいても、特に、なにも言わない。


「わっ!? また揺れたぞ……急げ~!」


 アカネは外で戦っている。

 ボクもここまできたらやるべきだ。


 鏡にあんな映り方をした理由はなんとなく想像がつく──。


 記憶にぼんやりとあるボクはひねくれ屋だった。

 サカイが言っていた”龍”の様子とも一致する。あんな暗い表情でけっこうな毒舌を吐いたのだろうに、サカイはそれでもボクと友達だったんだから驚くよね。サカイも魂としては性格が変わったりなどするんだろうか……。そこまでは、思い出すのがしんどそうだ。


「オーメン。キミが鏡に映ってないけど大丈夫?」

「ん? それはムムリノベルも一緒だろうぜ」

「あ……本当だ」

「その鏡は世界を繋いでるもんだろ。だったら向こう側の世界にないものは映らないとか、そーいうことなんじゃねーの。だからこそ俺様はサーカスの外に行ってみたいんだぜ~」

「……そうだね」


 うん。


 ボクはマスターキーを手にした。


 ……どこに鍵を差し込めばいいのか、わからないんですけど?


 鏡は壁にへばりつくようにして存在していて、差し込み口のようなものは見当たらない。


「ムムリノベルに”ランドール”してみな。リュウ」

「そうだった」

「許可ももらってただろうに」

「だって鏡のボクがあまりに衝撃的だったからさ」


 頭が良いというムムリノベルは、やれやれ、というようにボクらを見ていた。


「ただ魔法を分けてもらうだけじゃなくて、技能も似るはずだぜ。コピーの力を持つジョーカー」


 オーメンはおかしな響きでボクを呼んだ。


「そのムムリノベルの頭脳ごと、いただいちゃえよ♪ アッでも、ほどほどにな。じゃないとお前、思考全部を染められたらネズミになっちまうから」


「そんな大事なこと今言わないでくれる!?」


「こんな大変なときだからこそ全部言っとかなきゃって思ったんじゃん!? もしも時間に余裕があったらデリケートにちょっとずつ伝えてたからね、俺様は優しいし、この話題怖いから!」


「怖いやつなの!?」


 アカネが戦っていなかったら、逃げ腰になっていたかもしれない。

 この場所だけで何度覚悟を決めたかわからないな。


「チュウ~」


「ごめんね。お待たせ」


 ムムリノベルの前足のところに手のひらを差し込むと、ふんわりもふもふとした柔らかさがある。


「力を貸りるよ」

「チュウ」


 ボウ! とムムリノベルの尻尾が赤く染まり、気合いが入ったような凛々しい顔つきになっている。


「”ランドール”」


 ムムリノベルの頭上に、”ココロパレット”が現れた。

 赤色が輝いている。

 感情が単純な動物相手だったら、それなりの親密度でもランドールは成功しやすいんだっけ。


 ムムリノベルを肩に避難させてから、ココロパレットの赤色を指先で拾い、白い仮面へと赤を分けてもらった。


 ボクの仮面が端から染まっていくような感覚──。

 視界が光を帯びていき、同調する。


「【ムムリノベル】の色に染まった! ふむふむ、情熱の赤と知的の紫がベースの仮面になったな〜。それにしてもただ染まっただけじゃない、全体がムムリノベルのデザインになっていて凝ってるなあ〜。リュウ、ネズミになってないかい?」


「人間を保っているよ。心配しなくても大丈夫。ええと、炎の魔法を使うよりも、ムムリノベルの頭脳を借りるとすれば……」


「──深く見てみたいって、願いながら、対象を眺めてみな」


 オーメンのナビに従って、まずは願いを凝縮させる。

 瞳をつむって、ゆっくりと開き、すると目に見えていた”表面の世界”が、ゆらぐ。


 ”なぜこのような世界になっているのか” 詳細な裏側を理解するように、考察が冴え渡っていく。


 この鏡がつくられた魔法科学がみるみる解き明かされていって、天才になったような心地だ。


 ムムリノベルってとんでもない存在だった!


 もっと、もっと見せて。

 気持ちいいくらいだ。

 なんでも解ける天才のよう。


「すごい……! すごい……!」


 鏡の裏側に張り巡らされた魔法科学の難解構造。

 電子のようなエネルギーは魔力なのだろう。

 鏡の鼓動みたいに、点滅をしている。

 スリープモードってところだろうか。


 動物が魔法科学を理解することもあれば、魔法科学が極まっていけば動物並みの複雑さを持つこともある──。


 ククロテアの真理にたどり着いた。


 そして、その動物並みの複雑さと、魔法科学の技術をかけ合わせたものが”失敗作”でもある。


「いける……やるよ!」


 早く解放してあげなくちゃ。

 そんな気持ちが込み上げてくる。

 失敗作の作られ方は、外道の極み、ククロテアにおいても醜悪、そのことがわかってしまったから……。


 どこに鍵穴があるのかは、鏡本体を調べても分かるはずもなかった。

 鏡がかけられている板の壁の、ひび割れのようなスキマ。

 そこが鍵穴になっていたんだ。


 カチャリ、【マスターキー】を差し入れて回す。


 ゴゴゴゴ……と今度は車両の内側から音が響き、からくりのように内装が組み替えられていく。


「! 鏡が屋根の上に行くよ。そこで本領を発揮できるものなんだ」


「まるで海賊船ショーの舵みたいだな。どこに行くのか決めるモチーフってことかね〜」


 ボクが仕組みを理解して、オーメンがサーカスにおけるどの部分に当たるのかを解説すれば、何もかも解けそうなくらいのピタリとハマる興奮があった。

 二人がかりでこの方法を覚えておいたなら、世界を渡る方法を、もう"忘れる"ことはないだろう。


「チュウ!」


 三人がかり、だったね。


「ありがとう。わっ」


 ムムリノベルがボクの靴下をくわえて引っ張り、屋根の上に行く階段へとうながした。


 ボクたちは屋根の上に急ぐ。


 本来の姿になった鏡は、この宇宙空間における白銀の月みたいに輝いていた。


 カラコロと、澄んだ音が響き始めた。

 これは歯車が連なって動き始めた証だ。


 ──……速度が速い!

 このまま放っておいたら鏡の力が進みすぎるのでは!?


 ボクたちが今、やりたいのは、鏡をキープしておくこと。

 声をかけた全員が通り抜けられるタイミングまで。

 スリープモードに戻したいんだ。


 ムムリノベルの力を借りている今なら、できる。


 本調子で動き始めるまでにエンジンを温める必要がある。そのために歯車が急速に回り始めたんだ。

 温まったら行き先を設定する。

(日本以外にもさまざまな行き先があるようだ)


 汽車がUターンしてこられるように、帰り道を設定してから、移動を始めることになる、と。ふむふむ。構造を理解してゆく。


「リュウ」

「オーメン……」

「こらこらこら、バーカ! さっさとスリープモードやらんかーい! 俺様知ってるぞ。リュウはなー、どーしよっかなー、悩んじゃうなー、オーメンだけ行かせてあげるべき?とか考えてる。

 約束したジャン!!」


 ……! ……ありがとう、オーメン。


 ほんとそうだ。

 キミだけ先に行かせるべきなのかと躊躇った。

 他のピエロたちとともに行きたいのはボクのわがままだ……そのことが罪悪感となりボクの手を止めた。


 けれどもう迷わないよ。

 失礼なことしたね。

 友達の、キミに対して。



「ッ……」


 さらに”見よう”とすると膨大な情報が流れ込んできて、頭がジンジンと痛くなる。


「まただ、何か見える……」


 これを見たい。見たい。見たい。見たーーい!


「トラウマ……

 フレ…… ナイロ……

 バーバ…………」


 構造。作られ方。使い方。作成者。全て教えて。


「見えた! 予定通りの状態に変えていくよ」


 キープ。──マスターキーを、それはもう絶妙な角度で止めてから引き抜くと、鏡はカラン……コロン……とほんの僅かずつ音を発しながら、そこに存在し続けた。


 スリープモード、かつ、ほんのわずかずつエンジンを温めておいてくれる仕様だ。

 次にここにくることができれば、すぐに移動が叶う。

 その時はきっとベストなメンバーで、ベストなタイミングで。


「「「はーー」」」


 ボクとオーメン、そしてムムリノベルの呼吸も重なって、なんだか誰ともなしに口元が緩んだ。


 けれど喜ぶ暇もなく。



 こちらに迫り来る”失敗作”。


「リューーウ! この音がきっかけになってあいつが活発になってしまった。ゲートの音は止められるか?……無理なようだな。であればあとは私に任せろ」


 判断までが早い!

 さすが、アカネ。


 ボクは彼女に対して、腕ででっかくバツを作ることくらいしかできなかった。


 失敗作がこっちに向かってくるときに、イルカが泳ぐ時のように尻尾を揺らしている。

 擦れる音が、ひどく悲しい声に聞こえる。

 スウィートテディ……フルムベアーが発していたような悲しい響きだった。



「リュウ、鏡を守れ。私はこいつを止める」


 アカネは、ボクにも任せてくれている。


 ボクたちの間にはたしかに信頼が生まれ始めていた。



挿絵(By みてみん)



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