29:汽車の外側と内側
宇宙空間のようなところで放たれたビーム。
それはまっすぐに”汽車”を貫き、後ろ半分が消し飛んでしまった。
後方は、もともとそこになかったかのように喪失していた。
くらんでいた目が回復すると、背筋が寒くなった。
「アカネがいない……!? もしかしてボクのことを助けてビームに巻き込まれた!?」
「ステイ! 断面に身を乗り出したりしたら危ないぞ」
「ここは彼女が一番思い入れていたところなのに……。ここで彼女が傷つくなんていけないよ……。サーカス団は理不尽だからって慣れたくないんだ……。しょうがないなんて諦めたくなくて、動き始めたのに……。ううっ」
ズキン、と頭が痛くなる。
何か思い出しそうなのかもしれない。
「今は持ち直せ、リュウ」
オーメンの目が怪しく光っていて。
ボクはすっと焦りが引いていった。
「見てみろよリュウ。アカネはピンピンしてるようだぜ」
「え……!」
天に昇るようにアカネははるか上にいた。
なおも、背中がどんどん遠ざかる。汽車の屋根を蹴って飛び上がったらしい。
「素晴らしい跳躍力。1000点☆」
「……っそうだね、オーメン」
グス、とボクは鼻をすすった。
上級ショーマン:クラウン、やっぱりすごい。
ん? アカネが向かっている先に、なんだか違和感……。
そこだけ空間が揺らめいているような……。
”白の仮面で見る”ことに集中すると、隠れているものの輪郭がじわじわと見えてくる。
なんだあれ!?
上体は人間のようで、下はイルカのような尻尾を持っている。大きな白黒の服が全体包んでいて、巨大なシルクハットが頭そのものみたいだ。
そして気配がおかしい。
なんていうか、意思が見えないんだ。生きている人間というよりも、医務室の隣で見た死体に近いものだった。
「ア、アカネー! 気をつけてー! 今、そいつが動いていてまたビームの支度をしてるのかも……!」
彼女はちらりとも振り向かなかったけど、ボクの声は届いたみたい。
アカネが体をひるがえし、横をビームがすり抜けていった。
汽車の方には来ず、別の方向に消えていった。
アカネのポニーテールの髪が、まるで海のようなブルーに毛先から染まっていった。
ビームの出所だったおかしな空間を思い切りけとばすと、ボクがぼんやりと見ていた「モノ」がついにあらわになった。
耳を研ぎ澄ませば、アカネが息を呑む声が聞こえてくる。
続いて、鋭くボクに声をかける。
「私がこれの相手をする! だからリュウたちは前部分の観察にさっさと行け!」
「あれと戦うつもりなの!?」
返事をしている暇はない、というように、アカネは魔法を使い始める。
彼女の周りに海のような水が渦巻く。
……この敵対者がサーカス側ならば、ボクたちが逃げ出したとたん、忍び込んでいたことが連絡されてしまうのかも。そのために配置されているならば、戦うことを優先しなければいけない……?
アカネの感情とともにボクの仮面にも青色が差し、彼女の思考をコピーしたように理解した。
ボクはボクのやるべきことを優先するべきで、彼女が本心からそれを望んでいる。
今から屁理屈を言う。
これはしょうがないことじゃない。
リスクだ。できるだけの対策をした上での。
アカネが武力防御担当、ボクが探索思考担当になる。
震え、どうか止まって。
汽車の【中】へ行こう。
「”失敗作”だぜ、あれは」
「それはなに? オーメン」
割れた鏡のところから汽車の中に入りつつ、ボクたちは短く相談する。
息が切れそう!
思考のリソースは探すことに全振りだから、心の中での念話をすることはできない。
「ぜえ、はあ、はあ」
カーテンもかけられていない窓の向こう、敵対者──”失敗作”と戦う様子が見えている。
「ストレートに言や、ピエロにしそこなった子供なのさ。”耐えられなかった”と言ってもいい」
「サーカスに連れてこられたときには剥き出しの魂って状態だったのが、衣装を着せられてピエロになるから……ってことなんだね」
「そこまで理解してんのかよぅ!」
アカネの焦りやオーメンの悲しさにあてられて、ボクの感性は鋭くなっている。
頭痛がしようとも、考えることに今は全振りしているので。
「話して。ボクは受け止められるよ」
「”失敗作”は魔法道具のようなものとなる。魂という貴重品は勿体無いから、最高級のオモチャにリサイクルしてあげるのさ!
人間の魂はさまざまな力を秘めているから、どのような魔法道具にもそれなりに適応させられて便利だ。失敗作になってしまうとき、ココロは壊れている、つまり意志で抵抗しないから部外者が意のままにプログラムをしてしまえるのさ」
あくまで己の資源としてボクたちのことを見る視点が、いかにも幹部って感じがする。
……キマグレ団長のことがどんどん嫌いになってくる。
「もうー最悪〜」
「すまねえ」
「オーメンが謝ってもしょうがないでしょ! あとで一緒にお菓子のやけ食いしちゃおう! なんて贅沢!」
げほっごほっ、気管に入った。
埃っぽいこの汽車の空気、ボクはすごく苦手だ。
それにここの空気は悲しい感じがする。気持ちが重くなり、足取りまで鈍くなる。足首に人の思念がまとわりついているような心地だ。もっとここに留まっていて、寂しい、寂しい、そのような引き止めの空気。
ボクは泣きたくなる。
次の車両へ。
「あっ!?」
体が異常に反応している。心拍数がドンっと増して、全身から血の気が引いて冷や汗が体を包む勢いだ。
足が思わずとまった。
「急に止まるなーっ」
オーメンがすっ飛んでいってしまい、つり革にホールインワン。
ぐわんぐわんと揺れている光景を見て、手放してしまいそうだった意識が、ボクの元へと戻ってきた。
「あ、あははは」
「ここで笑う!? 大丈夫!? 俺様、心配になるんだが!?」
ありがとうオーメン。
ココロに正直に笑ったりはしゃぐことは、正気を保つために、たしかに有効みたいだね──。
この車両は、ボクらの世代にもっとも合致する”電車”なんだ。
生地がしっかりした横向きの長椅子、天井からつりさがる青のつり革、白のリング。広告の1つにはなんとボクが入院していた病院が描かれていた。日本での生活圏のすぐそばにあった場所なんだ。
青年のリュウは、この電車に乗ったことはなかった。
電車図鑑で知っていただけ。
けれど「しっくり」とした実感があるのは、このサーカスに連れて来られる一度きり、この車両に魂が乗車していたから。
あのとき、ほんの一瞬にも、100年にも感じられていたと思う。
魂がこちらにきてからは、鳥かごのようなものに入れられて、衣裳部屋へと運ばれたんだっけ──。
「──リュウ、リュウ、正気に戻って。お前本当にマジでやばいよ今」
「え?」
「とぼけたお顔、ウェルカム、おかえりリュウ〜! 焦ったぜ。魂どっかに言ってたぞ。ここで菓子パ始めちゃってるしさ」
オーメンのツッコミで気づいた。
ボクは平常心を保とうとして、ポケットから出したビスケットバーをぽりぽりとかじり始めていた……。
窓には、真っ青な顔色の無表情で、お菓子をかじってる子供がいた。これは心配になるくらい、めちゃめちゃ病んでるわ。
「チュウ」
「……ん?」
「チュウチュウ」
「チュウチュウチュウ」
大量のネズミ! ボクらのすぐ脇をすり抜けるようにして、通っていく。
ぞわぞわする!! 短毛がスリスリと足に当たって、去って、足に当たって、たまに小さな爪がふくらはぎや足首をわずかに傷つけていく。
どおん! と大きな揺らぎ。
またしても後方の車両にビームが当たったようだ。
「う、うわああああああ」
一度に色々と起こりすぎていて、平常心でいるのが難しいくらいだ。
ボクは尻餅をついてしまう。
すると胸の上に、何かが乗っかってきた。
「チュウ」
「…………」
ネズミの親分……?
かなり大きなネズミが乗っかっていて、しかもくつろいでいる。
妙に知性を感じさせる瞳で、ボクの顔をジーと見定めるように眺めていた。
「そいつはムムリノベルだぜ、でかした!」
「でかしたの? ええっと、ムムリノベル? 懐かれるのが、いいってこと……?」
「ああ。簡潔に言うぜ。ムムリノベルは魔法を扱うことができる生き物なんだ。分類はネズミだから同類と群れをつくり、その長になる。とても知能が高くて人間よりも頭がいい個体も珍しくない! すごい!」
「それはすごいね」
なぜだかムムリノベルの長はふっとアンニュイなため息を吐いた。
「ムムリノベルはネズミらしいものを優先してくれるんだ。あのときネズミの匂いを擦り付けられたリュウ、他のネズミが走り抜ける中転んじまったリュウ、憐れなり……。
ネズミ以下のかわいそうな存在として、リュウに同情してくれてるみたいだぜ!」
不名誉!
「頼め! すがりつけ! ムムリノベル先輩、助けてください~ってな」
「ムムリノベル先輩助けてください」
「躊躇ねえな!?」
使えるものなら使わせてもらわなきゃいけないから!
ありったけの哀れさを込めて、涙目ピエロの上目遣いのチワワ顔だ。
お願い。君が助けてくれたら心強いんだ。
外で戦ってくれているアカネのためにも、内側のことはボクが最良でまとめてみせる。
恥も捨てて結果を求めよう。
「チューウ」
やれやれ、って感じ?
ムムリノベルは尻尾を震わせると、ボクが持っていたビスケットバーをかじった。
しゃりしゃりとかじる音。
けふっ、と息を吐くと、ムムリノベルの口からは火が出た。
火の魔法なんて珍しいのに、すごいね!
ビスケットの粉をボクの服から払いのけてくれるあたり、人間・服・汚したくない生き物・自分が汚した・片付けてあげよう、って思考したの? ネズミとは思えないな。
「オトモゲットだぜ!」
「むしろボクがオトモ扱いだよ。けれど相談には乗ってもらえるみたいだ。群れのために力を尽くしてくれるらしいね。よろしく、ムムリノベル。ねえオーメン、どうやって協力してもらうつもりなの?」
「この車両の奥に鏡、あるじゃん?」
さっき車両が傾いたときに、二重壁が暴かれて、鏡が現れていた。
おそらく魔法アイテム。
「で、マスターキーを使うときにさ、ムムリノベルの”視界”を借りられたら安全安心に魔法が使えるんじゃねーかって思ったの。俺様天才じゃね。いえい」
「わかったよ。ムムリノベルのココロパレットを借りて、ランドールするんだね。ムムリノベル、白の仮面を使わせてくれる?」
「チュウ」
「ありがとう。じゃあやってみよう」
ボクはムムリノベルを抱えて立ち上がる。鏡の方へ。
「…………あれ? 待って、俺様を下ろして?」
オーメンはまだつり革のリングに挟まったままだったもんね。
ボクはくるぅりと振り返る。
「さっきボクのこと憐れんだの、ちょっと楽しそうな口調だったよね?」
「からかいすぎましたごめんなさぁい! 俺様ここから降りたいの助けてぇ!」
オーメンを外してあげよう。
オーメン相手に優位に立つ会話をしたので、ムムリノベルはおっちょこちょいピエロを少しだけ見直してくれたようだ。
尊敬や尊重があるって大事だよね。哀れな最下位から、ちょっとずつ尊敬してもらえるように頑張ろうっと。
オーメンはボクの側にプカプカ浮かんで、ボクが抱えたムムリノベルの隣にすべり込んだ。
魔法の鏡は、つめたい銀色をしていた。




