28:宇宙空間のように果てなく
アカネが開いたマンホール。
その先の0・5回分の階段を降りて、扉を見つけた。
扉の向こうが宇宙空間のようになってるなんて聞いてないよ!
「下にも床はないぞ。翼のあるピエロや空中移動手段を持っている奴でないと危ないんだ。その点、リュウは?」
「そういうアイテムはないなー!」
「じゃあ私に捕まれ」
「じゃあ、って…………うわあ!?」
アカネがボクの膝の裏に手を添えたかと思うと、ヒョイ、と持ち上げられた。
お姫様抱っこ……
お姫様抱っこって……!
ボクが女の子にこんな風に扱われる日が来るとは……。なんだかココロの繊細な部分が砕けた気分……。は、恥ずかしい~。
「お、重くない?」
「しっかり食え」
「お医者さんみたいなこと言うんだから……」
「それくらい軽いから体重は問題ないということだ。私は力を増すこともできるし」
アカネの水魔法の活用法の一つが、筋力強化だという。
体の血液の流れを速くしたり、固まらせたり、自在に刺激を与えることによって、可能になるらしい。
クラウンの位をもらう人はやっぱりすごいね。
──浮遊。
アカネに捕まったまま宇宙空間のようなところを奥に行けば、一面が夜空のような場所にたどり着いた。
「宇宙みたい……」
「宇宙? ナニソレ?」
「ボクらの日本がある地球は丸い岩の塊で、中心に向かって重力が働き、水や緑や生き物が表面に留められている。その地球や、他の似たような星々が”在る”ところが宇宙。どうやって宇宙が生まれたのかは仮説はいろいろあったけれど真実はまだわからない」
「神様とかいないのか?」
「神様? オーメンは信仰深いのかな」
「おい、リュウはそんなに思い出しても頭痛は酷くならないのか……?」
「条件があるんだよアカネ。ただの知識ならばそんなに頭痛は酷くならない、自分に関することだと頭痛は酷くなる。おそらく洗脳された部分との齟齬が起きるかどうかなんだ」
アカネが少しだけボクを見直したような気配があった。
彼女はシビアなところがある。だから、ボクがいい加減で結果を残せないピエロならば尊重されないし、それなりにものを考えて成果を出そうとするならば尊重してくれるのかも。
アカネは「ここでリュウたちが成果を出せたら行動の指示を聞く」とまで言ってくれた。だから、彼女を少しでも安心させてあげられたらいいなと思う。
「ここがアカネの言っていた”始まりの場所”なんだね」
「ああ」
「……予兆、少しあるかも」
「では、さらに奥に行こう」
アカネは足を大きく動かして、つい、つい、と方向を変えていく。
この空間の”底”に何があるのかは知らない、とアカネは言う。
落ちきる前に”浮遊物”に降り立ったので、謎の深追いはできなかったのだ、と。
(…………俺様が警戒をしといてやるよ)
(オーメン?)
(だから、リュウはアカネと感覚をすり合わせるのに集中しときな~)
(わかったよ)
オーメンも初見のところらしい。目があちこち動いている。
彼が想定していた地下とはまた違う……ってことなんだろうな。
幹部たちは、サーカス内のレイアウトを定期的に変えているのかもしれないね。
しばらくすると、浮遊する灰色の物体が見えた。
「あれは、壊れた冷蔵庫……?」
「地球のもののようだろう。どこかで見たことがある外国語が書かれているし」
「そうかも。英語とかではないけど、地球のどこかの国の家電なんだろうなって思う……。ほら、コンセントの先端の形も独特だ」
「相変わらず視点が独特なやつだな。たしかに」
「粗大ゴミ置き場、みたいだね」
「”廃棄場”──か」
他にも、車のハンドルとか。
割れたソーラーパネルが数枚とか。
観覧車の枠組みとか。
なぜこれなのか、よくわからないものが漂っている。
プカプカ浮かんでいるだけだけど、もし角にぶつかったりしたら痛そうだなあ。
(めずらしいから誰かの宝物置き場って線もあるぜ。おっと、特に意味のない独り言だから気にしないでくれよ~)
オーメンがそう言って、また黙った。
オーメンも嘘が下手だよね。
彼にもルールはあるのだろう。
そのルールに反しない範囲で、ボクらに警告をしてくれている。そのココロのありようをボクは信用するつもりだよ。
「リュウ。あの”汽車”だ」
「大きい!」
箱型の車両がずらりと20両ほども連なっている。
茶色の車体に、黒の屋根、錆びついていて古めかしいデザイン。
日本の記憶の中にある、電車や新幹線とすり合わせてみる。
ボクがいた病室からはよく電車が見えていたっけ。
目の前にあるものは、汽車と電車の中間のようで、連結部分で色が変わっているところがあるから、ここに持ってきたものを、つなぎ合わせたりしたのかもしれない。
ここで。誰かが。何かのために。
──子どもたちをさらってくる時のために?
(オーメン……これは、当たりなの?)
(当たらずしも遠からずってところだろうか。まず、俺様が思っていたものとは違う。けれど、アカネの状態を見るかぎり、あいつにとっての正解のようだぜ)
抱えられたまま見上げると、アカネは目頭にグッと力を入れて泣かないようにしていた。
彼女は不機嫌そうで怖いようにみられがちだ。けれどこれまで何度涙を我慢してきたのだろう。
支えている腕はボクをわずかに締め付けている。
(なあリュウ。ここって幹部の動きがほとんどないようだぜ。魔法を使った痕跡がないんだよな)
(そうなんだ。それっていいこと?)
(お前たちがやってきた数年前はこの列車が使われていたが、今は、別のものを使っているのかもしれない。だとしたらチャンスだ!)
(えーと?)
(この空間でゆったりと、他の世界に脱出するための”研究”ができるかもしれないじゃないか。マスターキーを使えば、なんだって動く!)
ボクは首から下げた鍵の重さを自覚する。
唾を飲み下した。
目を細めて、汽車(ヘンテコな構造だけど仮名称でこう呼ぼう。アカネもそうしている)の向こう側を眺める。
見づらいけれど、線路がある。
──それらはブッツリと断ち切られ、傷んだ金属の造形がぐるりとあらぬ方向に歪曲していた。
(リュウ。俺様を外に出しな)
(そういえばオーメンはどうやって服の内側から外の様子を見てるの?)
(今更ぁ!? 結構透けてみえるもんだぜ、服の布地って。とくにリュウの白黒服はペラペラだからなー。おいやめろよ。軽蔑をするなよ?)
(そんな、あえてやってみてくれみたいなフリはいらないです)
戯れている暇は、今はないんで。
アカネは汽車に降り立った。
抱えていたボクをそっと降ろしてくれる。このあたり、サカイよりも気が利いているかもね。
……二回も抱えられちゃったのか……ボクの立ち位置って……とほほ……。
「アカネ。この汽車は今は使われていない可能性があるって、オーメンが。君にも聞こえてた? けれどボクらが来た時には使われていたかもしれないし。キミの記憶も大事にしたい。今から調べてみようと思うんだけど、どう?」
「ああ……。……前回来た時とちっとも配置が変わっていない。その間に新しいピエロが来たのにだ。使われていなかったんだろうな。ここではないどこかに別の装置があるのだろう。……すまない」
「謝らないで。アカネは正しかったよ」
彼女のココロは涙で溺れそうなくらい繊細なところがある。
ボクはもう一度、念入りに伝えた。
「アカネは一生懸命考察をしていて、ボクたちの目的を理解して、提案をしてくれたんだ。責めるつもりもないし探求をやめるつもりもない。キミもまだ帰還のために考察を進めることができるはずだ」
「………………」
「ほら、探索しよう。うわ!」
ここでボクがよろけてしまうので示しがつかないというか……。
アカネはサッと支えてくれました。
ナギサもよくこうなるので慣れてるそうです……。
「リュウ、人垂らしだって言われたことあるだろ」
「賛成! 俺様賛成! 超そう思う! 大賛成の100乗!」
「変なものいいをしないでよね」
アカネとオーメンがやけに意見一致してしまった。
なんだかボクがネタにされてしまったけど、せっかく空気が和んでいるから少々生贄になりましょうかね……。
アカネはここで、オーメンとの会話に慣れてくれたらいいな。
オーメンもアカネと話すのは緊張していたから、対等に話しているのは嬉しいことだ。ボクらだけ内緒話しているようで気が引けていたし。
ボクらは汽車を探索し始める。
たまにゾクッとして、振り返ったりなど。何もないのにね。
不気味な雰囲気に、ボクはビビってるのかもしれない。
天井を歩いていると、遠くの方で、揺らぐものを察知した。
「……なんだあれ?」
月のようにまばゆく光る。
月にしてはひどく人工的な、蛍光灯じみた光が。
これまでまったく感知できなかったのに、急に、ボクらの目をくらませるほどに肥大化したんだ。
ちりちりと肌の表面が焦がされるように警戒を発する。
アカネはボクをひっぱってくれた。
隣を光が突き抜けてゆく。
「敵だぜ、リュウ、アカネ!」
「うそお!?」
汽車の半分がぶっ飛ばされている!
遠方からビームを出してくる敵って、そんなのアリーー!?




