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27:アカネからナギサへ

 

「アカネ、どこまで行くの?」

「──ついて来い」


 それ以上は教えてもらえないらしい。



 今、ボクらはアカネが言うところの「心当たりがある地下」に向かっている。

 手を繋がれてしばらく走っていた。そして、人通りがほぼない廊下にやってきたので、ようやく歩き始める。

 ボクは息が上がっていた。アカネはさっさと歩いていく、すばらしいタフネスと運動神経だな。


「こっち……地下に続いてるの?」

「疑うのか?」

「アカネは嘘が苦手みたいだね。地下に行くことには変わりなさそうだ。けれど、寄り道をしそうな経路なんじゃない? 事情があるなら、話してほしいよ。ボクもさっき紙芝居に付き合ってもらったんだ。キミのこと頭ごなしに否定したりなんかしない」


 鋭いタイプは苦手だ、とアカネが呟く。

 それも、おそらく嘘だ。

 察しがよいナギサを隣に置いていることが多いのだから。

 嘘を見抜かれることへの恐怖が大きいのかもしれない。


 ボクは敵じゃない。

 そのことをココロに込めるように微笑みかける。


 震えを誤魔化すためなのか、アカネは一度唇を噛み締めた。


「ナギサに会いに行く」

「理由を聞いてもいい?」

「地下は危険な場所だからだ。その前に顔を見ておきたい。ナギサなら、リュウも悪い気はしないだろう?」


 アカネはナギサのいる場所が分かるそうだ。

 彼女のまとう柔らかな雰囲気や、人を怖がらせない足取り、いつまでも聞いていたくなるような声。

 そのようなものを「空気中の水分の動きから」アカネは判別できるとか。


 ボクらは、ナギサのことを、舞台裏のカーテンの隙間から少しだけ見た。

 彼女は優しくそこにいた。


(俺様わかんない。アカネはどうして声をかけずに、踵を返すんだ? 俺様にココロが無いからなのかなあ)


(君が脱出したいのはココロがあるからだよ。落ち込まないで。"人を思いやるココロの部分"が育っていないだけなんだろう。

 アカネはナギサを巻き込みたくないと言ってた。だから声をかけない。

 アカネはこれから行く場所が危険だと思っている。最後かもしれないからナギサを見ておきたかったんだ)


「……ナギサは……」

「うん。聞くよ。キミのココロ。ボクが覚えておく」

「ナギサは昔に大怪我をしていて体が弱いんだ。だからショーに呼ばれないように私が守ってた……」

「うん」

「ナギサがいなくても、一人でショーペアの仕事をこなすからって……。幹部が面白がるように、嘘をついたりして……」

「うん」

「ナギサは、さみしいって言った」

「うん」

「でも巻き込みたくない」

「うん」

「私のわがままだ。ナギサは優しいから、受け入れて休んでてくれていた。ショーから帰った時に私にはナギサが必要だったからだ。ナギサは私が壊れそうなことをわかっていた。だから微笑んで見送って、微笑んで待っていてくれた。これは、戒めだ。そこまでさせたのだから……。……。……どう、表現したらいいのかわからなくなった」


「気合いを入れて地下に挑むつもりだ。ってアカネは言いたいんじゃないかな」


「……前向きな言葉だな。私には不似合いだ。だから、なかなか言葉にできなかったのか」


 アカネは言葉を探していた。

 そして頭痛が酷くなったらしく、足取りがおぼつかなくなり、しかし一言を絞り出した。


「リュウ。私の言葉を見つけてくれて──ありがとう」


「どういたしまして」

「一度だけだ」

「わかってる」


 あ!!


 ボクは、カーテンの方にアカネを引っ張った。話をしたあとだったからかな。アカネは、とくに抵抗するわけでもなくボクについてきてくれた。そして──コツコツコツ、と誰かの足音がやってくる。


 アカネはボクに覆いかぶさるようにした。

 彼女のマントは闇に溶け込み、白黒ピエロの目立つ服の色も隠すことができるからだろう。


挿絵(By みてみん)


 アカネはけして落ちこぼれピエロのことは好きじゃないはず。

 それでも隠してくれたあたり、確かにやる気が感じられる。


「耳がいいのか?」

「ボクの白の仮面は音にも敏感になれるらしいんだ」


 ボクは白の仮面を指差す。

 アカネがつけている青の仮面がすぐ近くに迫っていたので、うっすらと青色を写した。


「じゃあ、そのまま耳をすませていろ」


 アカネはごくごく小さな声で話す。

 足音は急いだように通っていき、ちょうど今は、サーカスの舞台道具の移動時間であるらしい。


「地下は危険だ」


 コクリと頷く。


「なぜなら、おそらく別世界との行き来に関係がある重要な場所だから、罠が潜んでいる。──運ばれてきたときのことを私は少し覚えている。そのときに使われていた大型アイテムが、私が知る限り、元の世界に帰れる最有力の場所」


 アカネ、かなり元の世界のことを調べていたんだな……!


「あー、俺様としてはだな~」


 ひょっこりと顔を出したオーメンをむんずと掴んで、ボクの服の中にしまい直した。

 オーメンはボク以上にアカネに警戒されているので。


「私、オーメンを信用したわけじゃない」


 睨まれて、ぶんぶんとボクらは頷いた。


「お前たちが、地下に行ってどのように考察をするのか、どのように動こうとするのか、私とは違う知見を持つのか、マスターキーで状況を変えることができるのか。私が知りたいからだ。有益であったならば、その後のリュウからの提案には乗ってあげる」


 これがアカネの落とし所なんだろう。

 ボクからの提案に乗る、とは、かなり攻めているな。

 ボクらが、どれだけ危ない橋を渡るタイプなのかわかったうえでそんなふうに言うのだから。


 アカネはふと、青ざめてゆく。


「深く落ちていくような夜……外……ココロが列車に乗せられるように遠ざかって…………体……冷たく……あああ……」


 思い出が苦しいのだろう。


 ナギサだったらここでアカネを抱きしめてあげられたんだろうな。


 ボクにできる方法は、できるだけココロを寄り添わせることだけだ。


 彼女がここで苦しんだ姿を見せたことを後で恥じなくていいように、同じ気持ちになろうと。


 ──この時は気づいていなかったけど、後でオーメンが教えてくれたところによると、この時ボクの仮面はアカネとそっくりの青色になっていたらしい。涙を溶かしたような青だったと。


 コツ、お互いの仮面の鼻先が当たる。


 アカネがうなだれたからだ。

 ぼーっとしていて、表情が抜け落ちたかのよう。それから少し待つと、ようやく生気が戻ってくる。


「すまない」

「大丈夫。アカネもショー続きで疲れていたのに、紙芝居を見にきてくれてありがとうね」

「……ああ」


 アカネはまた少しぼうっとボクを見た。

 ナギサにそうしていたように、ボクの髪をやんわりと撫で始める。よほど彼女は可愛い癒しを必要としているらしい。ジェネリックかな。


「……はあ。お前は、失くしたココロが少ないんだろうな。演技ではなくココロを込めて『ありがとう』なんて自然に言えるやつは滅多にいない」

「さっきアカネからも聞かせてもらったよ」

「……言えてよかった」


 アカネは少し離れると、普通の少女みたいにうっすらと口元を笑わせた。



 カーテンから、ボクたち二人が顔を出す。

 廊下を早歩きでゆく。


 通路の行き止まりで道具の山をのけると、マンホールのようなものがあった。アカネはこれをよく見つけたものだなあ。


 アカネが独力でマンホールの蓋を開けてくれた。重い音がする。


 階段が現れた。

 約0・5階ぶん、下向きに降りていく──。



【 扉 】


 アカネがわずかに躊躇した。

 ここが危険だって知っているのは、危険な目にあったことがあるからだもんね。


「ボクとオーメンも一緒に行くよ。オーメンはいざとなったら助けてくれるそうなので」


「ここで持ち出してくるの!? リュウの策士!!」


「なんとなく分かるんだ。この先はとてつもなく危険なようだ……。オーメンも窮地に陥るのかもしれないって。オーメンだけでも脱出再トライできるようにしてあげたいって以前言ったけれど、キミもここに入れば、目をつけられてしまうだろう」


「リュウの予感は怖いぜ」


「仮面で中の空気を写してるからね」


「その、空気ってなに?」


「あまたのココロの叫びの残りかす?」


「そんなの写して平気って変態じゃない!?」


「ボクだって叫びたい気持ちはずっとあるからね。彼ら彼女らとも同じものをもともとココロに持っていた。それだけだよ」


「ダークサイド!」


「そんなことないって」


 アカネをイラつかせてしまったらしい。


「さっさと行け」


「「あーーーーっ!」」


 アカネが蹴ったー!

 そして彼女も飛び降りてくる。

 扉の下、床、ないの!?


 また落下なんてーーー!


 けれど、アカネがボクらのやりとりを聞いて少しだけ笑ったのが聞こえたから、まあそこはよかったかな、とは思うんだ。


 風圧でオールバック!!!!



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