26:四者面談
倉庫にはボク・アカネ・サカイが残っている。
ナギサが出て行ったあとの扉を、そうっと閉められたので隙間すらもなくなった。
ボクは舞台始まりのような礼をする。
そして【仮面】を指差した。
「この仮面の名前はオーメン」
あれ、アカネとサカイ、かわいそうなものを見る目をしているような──……ハッ。
「子どもが道具を可愛がってつける愛称の話はしていませーん!」
「まじめか?」
「まじめだ」
「ピエロのふざけ方ではないだろうな……しかし……」
「見てよこの顔。真顔だよ。ピエロらしからぬ真顔で真剣なんですボクは。ただただ話を聞いてほしいだけだ」
アカネはうさんくさそうな者を見る目にグレードアップさせてきたけど、サカイにはどうやら伝わったようだ。
「ふーん。オーメン……変な名前……。その仮面、どうやら本物みたいじゃないか。レプリカでもなくさ」
「仮面のレプリカ? サカイ、何の話をしてるんだ」
「リュウが舞台終わりに休憩室でもらったプレゼントの一つをパクった話。けれど、それが本物の仮面なら話は変わってくるよ。
リュウが俺に嘘をつくなんて思いもしなかった。いや、嘘がつけるようになっちまったのなら、むしろ、リュウらしいのかも? で、リュウ、仮面の色がおかしくなってるぞ」
ボクは、緊張して青くなってるオーメン(なんだかんだ隠れっぱなしの生活してたしね)と自分の仮面、どちらもを、手に持つ。
「そう。ボクの仮面は白」
「は?」
アカネは白い仮面を指差したままサカイを振り返ったけれど、サカイも首を横に振っている。
「厄介なことにまた巻き込まれてる……。どうしてお前はいつもそうなんだ」
なんかごめん。
「それは、リュウのものではない魔法アイテム?」
「魔法アイテムじゃないみたい」
「では、白い仮面のほうが実は偽物で、豪華な仮面のほうがリュウの隠された実力だったというのはどうか?」
「おお、アカネのその推理面白いね」
「ちゃかしたら許さない。私は拳をぎりぎりで抑えているんだ」
「ご、ごめん。真剣に答えてくれたのに返事が軽かったのはボクが悪かった。ちょっと言葉に迷っててさ……」
ボクは大人びて苦笑した。
「最初から言おう。落ちこぼれピエロってところを評価されてオーメンに声をかけられたのがきっかけでさ」
「いや話が長くなりすぎるダローーぅ!! 俺様にツッコミ任せるなよなー。
こいつらが知りたいのはリュウと俺様の関係なんだと思うぜ。俺様はリュウを害するものなのか。俺様はナギサを害するものなのか。もしくは便利な道具なのか、ってところじゃない? 害はあるけど少なくとも敵じゃないぜー」
「「仮面が喋った……!?」」
二人の反応はさすがった。
ジェスターのサカイと、次期ジェスターとも言われているアカネだ。
つまり、サカイがオーメンを燃やそうとして。
アカネは叩き落とそうとした。
判断が早い。
「「害」」
「ほーらコワイ! 過激、我が強いっ! わーんリュウー! 俺様がリュウに声をかけたのがわかるだろ?」
「ちょっとわかったかも」
オーメンはひらりとかわした。
そして、ボクの手のひらの上でふわふわと浮かんでいる。
「どんなマジックなんだ……!」
「憎々しげに言わないであげてアカネ。オーメンの物言いって癇に障るときがあるよね。後で注意をしときます。マジックじゃないんだ」
「……こういうの見かけたことがあるぜ。………まあ自己紹介を聞こうか」
仮面の目の部分の空間に、意思のある光がかがやいて、瞳そのもののようだ。
空中で、仮面がくるりと一回転した。
自由自在だ。
仮面の裏側は目も眩むような黄金色。
「俺様はオーメン! 言っとくけれど、リュウのパペット芸ではないからな。意思のある一つの人格なんだぜ」
たっぷり5秒は沈黙されていたと思う。
「オーメン。説明が雑だよ」
「ジェスターとクラウンの目がこえーんだもん。言葉選ばないと俺様消し炭にされそう」
「「……」」
(二人とも否定はしないな。より慎重に行かないと)
「仮面に人格が宿るなんてそんなの、聞いたこともないが」
アカネはまじまじとオーメンを見ていく。
「……それは、ココロを売って仮面の力を上げることを最大までやった結果なんだろうさ。俺は聞いたことがあるぜ。肉体と魂が二つに引き裂かれるような想像を絶するものだ。そんなもの、悲劇だと俺は思うよ」
サカイは本当に小さな声で言った。
奴とココロが近いボクだけに聞こえるテレパシーのように。
忠告のようだった。
それからあえて声を大きくする。
サカイは切り替えが器用だ。
「でさー! リュウ! ソレにそそのかされたのか!? これまでとは違うお前になっているような最近の言動はそーいうこと? 正直、気分悪いよ。友達の主張だから聞いていたのに……俺は別のやつに操られていたってことかな」
「違う!」
「先に教えて欲しかった。そう俺は怒ってる。でも……そんなことしたら俺はお前の声に耳を貸さなかったし、ショーの共演もしなかったに違いないんだ。しかたないと理解はしてる。悪いこと、良いこと、どっちもあったから……この話はこれで終わりにする。俺はお前の友達だ」
「……サカイ」
「でも、エクストラショーで一緒に勝ったことを大事にしてたけど、ソレは無しだ。オーメンとかいうのがくっついていないと勝てないなら、リュウを信用したぶん俺は負けることになるじゃないか。だから、これから、リュウがリュウとしても活躍するんじゃなきゃ、俺はお前を認められないだろう」
「頑張るよ。誠実に。ごめんなさい。サカイ、チャンスをくれてありがとう」
「だって、友達だから」
ふい、とサカイが顔を逸らした。
アカネ、気味の悪いモノを見る目をしてやらないで……。
あいつはボクしか友達いなかったからさ。
「俺様だってこれからリュウの友達になるしっ」
「今はその主張をするところじゃないんだよオーメン」
「は? なにこいつ!?」
「あほらしいくらいココロが残っている仮面ということだけは保証するよ」
「あほって言った!? リュウが俺様のことをあほって!?」
「今この時ばかりは事実」
「ひどいっ」
「リュウ、こんなやつと友達になるつもりか?」
ボクは「どうどう、落ち着け」という仕草をサカイとオーメンに向けてみせた。
「危険なエクストラショーに出たいって言ったのはボクのわがまま。それに付き合ってくれたのはオーメン」
「リュウ〜♡」
「医務室を抜け出しちゃったこととか、サーカスの廊下で隠れたりなどしていたのは、そそのかしたオーメンの影響」
「リュウ〜!?」
「良いことと悪いことがあるんだ。オーメンといた時について。彼曰く害だという部分も、たしかにあった。けれど【目標】は同じだ。この歪んだサーカスの中でかなりまともに話をできる存在でもある」
オーメンは喜んだり落ち込んだり、百面相している。
アカネはどうやら可愛いものが好きなようで、ボクらの会話を気にしつつも、オーメンの様子に目が釘付けだった。
彼女にとっては可愛くて癒されるものがサーカスで正気を保つために必要なのかもしれない。
「まともに話ができるのは幹部クラスになるとふつうにいるぜ。嘘をついたり騙したり、根性が腐っているだけでさ」
「オーメンはボクのために自らも危険に晒されたりもしたんだよ」
「肉を切らせて骨を断つ、って知ってるよな」
「……」
「俺は信じてないぞ、リュウ。まだ、目標とやらも聞いてないんだし」
サカイは赤い仮面に手をかけているし、魔法攻撃の備えまでしている。
いざ倉庫が火事になったらさすがのアカネも水魔法で助けてくれるだろうか。
いや、彼女だけ逃げるかもしれない。
ボクらの間にはまだ信用が全然足りてないんだな。
そして、医務室にいたボクと違って、この二人はまだ追い詰められてはいないんだ……。ボクは落ちこぼれで何も持っていなかったからオーメンの策に飛び込めた。
その差は大きいのだろう。
「【逃げたかったカラス】はボクが作った物語なんだよ。ボクの処女作なんだ」
「?」
「俺様の目的は、死者の国ククロテアから脱出すること!! リュウと一緒にさ」
二人はあほを見る表情でボクらをみている。
それから暗い泥のような目でもある。
(──脱出? ばかばかしい)
(──どれほどそれを望んだと思っているんだ)
(──私は努力したけど無理だと突き付けられるようなことばかりだった)
(──俺は脱出したいというココロを持ってはステージに上がれなかった)
(──軽々しく脱出するなどとはしゃぎやがって)
(──夢見てお遊戯をしてるなら止めてやらなくては)
「これをみて」
ボクは首元の紐をつかみ冷たい金属をたぐりよせる。
サカイはあえて非常に優しい表情で諭すように笑いかけてきたが、失笑に見えた。"これ"を知らないらしい。
アカネは目を丸くしていた。
「まさか【マスターキー】か?」
「あの胡散臭い噂の? んなわけねーじゃん」
「触れてみて。キミたちも魔法を使う人ならば、このキーの重さがわかるはずだ」
「リュウーー!? また暴走ーー!?」
「と言いつつ、ボクのことを邪魔しない……ね。オーメンの人柄みたいなものを二人にも感じ取ってもらえたらいいな」
サカイは恐る恐るというふうに触れた。
「俺がこれを奪ったらどうするつもりだった?」
「ボクが許さないよ」
「そりゃ、こわい。困ったな。お前は龍だし、これはマスターキーなんだろうな」
頭いたーーーーい!?
こいつ反撃してきたよ、もーーー!
アカネはキーから手を離さなかった。
そして、もう反対の手でボクの肩をギュッと掴んだ。
いでででででで。
「…………。……クソっ。間違いない。ずっと私が求めていたものだ。すべての鍵を開けられるものだ。けれどおそらく、私が今これを奪ったとしても、リュウほどうまく使えないのだろうな──。これを手にするほどの運も実力も私にはなかったってことだから」
アカネは項垂れた。
そして、"地下に行ったこと"、そこであったことを簡潔に教えてくれた。
「私とともに地下に行くぞ。リュウ。そこの、オーメンもだ」
「おい、アカネ、勝手に決めるなよ。俺は!」
「サカイはショーにでも行くがいいさ。リュウが裏方で動けるようにお前が目をくらませておくんだ。どうせエクストラショーの控えとされつつも他の幹部から出演依頼を持ち込まれているだろう? 図星なようだな。売れっ子は大変そうだ。しかし、私たちが行くのと反対側のステージで、人目を集めておいてくれ」
「いやに具体的に言うじゃねーか」
「サカイはヘタレ。そこが嫌いだ。うじうじとリュウにまとわりついて効率的を下げるに決まってる」
「そこまで言う?」
サカイは赤くなった耳をかいた。
けして照れてるんじゃない。激情を押さえている証拠だ。
サカイも同行したいのかもしれない。ボクが心配かもしれない。ボクに怒ってもいるだろう。アカネのやたらと回る口を心配もしているだろう。彼女は平常心じゃない。
興奮したピエロは失敗しやすいんだ。
サカイが(リュウ、アカネのこと頼むぞ。お前しかいなさそうだ)という視線を投げかけてきた。
「リュウ。また、ここで」
「うん、”約束”!」
「……ん、またな」
サカイは行ってしまった。
場所は違えど、協力してくれているんだよね。
ココロがあたたかくなる。
アカネが手をひく。
「行くぞ」
行動が早ーーーーい!
引きずられて飛ぶようにボクは動き始めた。
ボクらは地図を持ち、オーメンとアカネとともに、語られた地下の部屋へ向かう。




