25:作られた物語
体育館裏を求められてしまったボクですが──。小さなピエロたちの「もっと見たい!」の声でショータイムを続けられています。
これが終わっちゃったらサカイとアカネから”オハナシ”がありそうだなー。
なんだろー。オーメンの仮面のこととかかなー。
煽りすぎちゃったか。
(調子にのった俺様はウインクをしたりなどしました)
(バカ〜)
(それ以前にもう注目の的なんよ)
(仕向けたけどこわーい)
(がんばれ。がんばって俺様を納得させておくれよ)
仮面をつけたまま、なんちゃってピエロのパントマイム。
ヒリヒリするような緊張感と高揚を観客席から浴びながら、ボクらは踊った。
さて、そろそろいいだろう。
ボクは服の袖に手を差し入れる。
白黒衣装のしかけポケットから、とても大きな紙をつまんで取り出していく。
袖口は細くて、そこから折りたたまれた紙を出してゆく時に自然に開いていくんだ。摩擦音もなくやるのはけっこう難しいんだよ。
じゃん! とキメポーズ。
「すごーいリュウ!」
「これまでよりうんと芸が上手だね。ショーの経験値のおかげ!?」
「それとも仮面のおかげ?」
おっと、鋭い子がいる。
それに欲しがるような表情をしている。欲望が表に現れやすい性格なのだろう。放っておくとこの子のためにならない煮詰まりかたをしそうだ。嫉妬を生んでしまう前に、誤魔化そう。
「練習してたからに決まってるじゃないか。あと運もよかったね。さて、こんな絶好調のボクがショーを終わらせちゃうのは勿体無いと思わない? まだ体力もあることだし【逃げたかったカラス】の遊びの続きなんてどう?」
「「遊ぶー!」」
「それでは”地図に書き込んでみよう”よ」
大きな紙を、床に広げた。
その周りに、ぐるりと輪になるように子どもたちが集まってくる。
「これってなぁに?」
顔を見たことがないくらいの新人の子が、隣の子にこっそりと尋ねていた。
彼らの会話にそっと耳をそばだてる。ボクらの動きに疑念を持っちゃった子はいないだろうか。その場合は誤魔化さないといけないから。
「これは裏方の地図なんだよ。それぞれの階の抜け道を、倉庫番をやっている私たちだけで共有してるの。これがあったら早く移動できるから、雑用のときに間に合うでしょ?」
「うれしい! 遅いってぶたれたばかりなの!」
「みんなそうやって成長するものよー」
うん、ボクもしょっちゅう殴られ蹴られた。
けれど、それが普通になんて思えなくなった。
どうかこの子たちの傷が一つでも減りますように。
気がつけば鉛筆を強く握っていた。
いけない……落ち着こう。
小道を一つ、ボクが書き足した。
するとさっきの二人はまたこそこそ話をした。
「ほら。こうして知っている道を足して行くんだ」
「そうなんだね! ここにない道をあたしも知ってるよ~」
よし、他の子どもも頷いたりしていて、やるべきことは伝わったみたいだね。
「”かああっ”」
ボクはカラスの鳴き真似をする。
さっきまでの紙芝居を真似して。
──うまく注目してもらえた。みんなの目が楽しそうに光る。
「さあ。ボクらが、【逃げたかったカラス】になったような気持ちで──」
カラスなら、と続ける。
「この通路を飛ぶのもいいよね。ここには荷物と荷物の隙間に、通り抜けるための道がある」
これまではわざわざ書かれていなかった道も書くように唆してみる。
人が通れなくてもカラスならば通れるような。
ボクらは通れなくてもオーメンなら通れるような。
もしくは、ピエロなら何も思い浮かばなくても日本の青年なら利用できるような小道を。
「真似するキャラクターの気持ちになりきって、ココロを動かしたり、動きを考えてみるんだ……。泣いちゃうくらい紙芝居に感情移入できたんだから、今のうちに、カラスのつもりの練習をしちゃおう」
「「いいねー!」」
「でしょ」
鉛筆の芯の先っぽを渡していく。
鉛筆はそれなりに高価だから、これを指先につまんでかく。
黒い指先があちこちを交差する。
”逃げたかったカラスは慎重にココロを抱えて 大胆なことを思いついた。
空を飛んでいけばいいんだ! しかしこれまでは囚われていたため 飛び方を知らない。
毎日 朝を見て 昼を見て 夜を見上げる。
あっちの空は明るいか。 こっちの空は涼しいか。 そっちの空は──”
ピエロが知るはずもない朝や昼という言葉。
これに反応したのはサカイとアカネだけだった。
”カラスは うんうんと頭をひねり、おぼろげな昔を思い出しながら、木の幹に空路を書き込む。
爪の先っぽでひっかくようにして刻む。
それは空の地図だったから、地上をあるくだけのものには解読ができなかった──。
これはまるでボクらが広げている地図のようだね。
”【逃げたかったカラス】”は、カラスが”翼”というものを偶然知って、己を思い出すという物語。
日本で読んだ物語をベースにしつつ、さまざまなメッセージを込めた自作の物語。
じつはボクの処女作だったりする……。
「カラスになったつもりを目指す。そういう”ルールで”」
人差し指を立てて、口元に持っていって、わかりやすいピエロの仕草「シー」。
アカネからは強烈な睨みが向けられた……。
わかったんだろう、ボクがルールを増やしたことを。冷や汗が出る。
「できてきたね」
いい感じ!
地図が埋まっていく。
最終的には、鉛筆の黒さのほうが目立つくらいに地図は書き込まれた。
ボクが知らなかった道もたくさんある。
逃亡時にとても役に立つはずだ。
放送が「リーンゴーン」と鳴る。これはお昼の区切りの音──。
みんながボクを見たので、幕が降りるときの礼をした。
蜘蛛の子を散らすように、新人ピエロたちはサッといなくなる。
この倉庫には、ボク・サカイ・アカネが残った。
──ナギサのことはアカネが先に逃しちゃった。
アカネは地図を拾い上げると、丸くまとめて(破られなくてよかった)ぐい、とボクに押し付ける。
そして女子にしては高い背を、グイッと逸らして威圧感たっぷりにボクを見下ろした。
「ここが体育館裏だ」
なるほどー。
効率がいいや。
そして意味もわかるよ。真剣に説明をしろってことだよね。
ボクは返事として、ピエロが舞台を始めるときの一礼をしてみせた。
子どもたちの軽い足音がパタパタと、裏道に響く。
体が細くて体重が軽いこともあるが、それよりもさっきの倉庫でのやりとりが楽しくって、心が軽くなっているのが動きにも表れているのだ。
ある子どもなんて、カラスをイメージして手をパタパタさせて走っていた。
「そんな仕草をしてどうしたんだ? まるで、生まれたてのヒヨコみたいだな」
裏道からひょいと表れたのはネコカブリだ。
裏道は埃っぽいため、猫のような着ぐるみの上にさらにケープのようなものを被っている。そのため子どもは、シルクハット持ちの幹部であると気づくことが出来なかった。
「かあ♪ かあ♪ エヘヘ、たのし~」
ブチギレそうになるネコカブリだが、ふと、この新人に探りを入れてやろうと思った。
(そうだよ。無理やり命令したら新人ピエロのココロが削れてまたユメミガチが叱りやがるから、おだてて聞いてやればいいじゃん。ボクってお行儀が良くてあったまいい~)
親近感を覚えられたことを利用してやろう。
可愛らしい声で尋ねる。
「そういえばお前、リュウちゃんって知ってる?」
ピエロは固まった。
思い出しているのだ。
新人には洗脳のダメージがある。
考えることができず、思い出す負荷も大きい。
楽しくもないことならば、よほど。
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………………。
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「知らないよ?」
「そっかー。じゃあ監禁部屋でおとなしくしてるのかあ……」
「そうなの? その子可哀想だね」
「おん?」
「だってショーに出ることが出来ないなんて!」
模範的なピエロの回答。
もしかして監禁部屋を否定するほど記憶の綻びがあるのか?と考えかけたネコカブリは、バカバカしくなり、はあーーとため息をつき肩の力を抜いた。
(大人しくしてるならいいけど。あそこにいると手出しが難しいんだよなぁ。ああーイライラした時は改造作業をしたいのになあ。いい素材なのになあ。リュウちゃんリュウちゃんリュウちゃん……待っててね……)
「じゃあね」
新人ピエロが走り抜けていく。
(だってリュウ先輩は男の子だから、リュウくんって呼ばなきゃいけないんだもんね)
というラッキーであったのだ。




