24:ココロを込めた音読を
倉庫には泣き声が響く。
四方を壁に囲まれているので、音がこもり「ぐわんぐわん」と重ねられたものを揺らしたほどだ。
ボクが倉庫掃除をしていなかった期間、また雑多に物が積み上げられていた。
それを、サカイ・アカネ・ナギサが押さえてまわってくれている。
「呼ばれたとたん、これかよ。困ったもんだ」
「ご、ごめん。みんなにはただ一緒に紙芝居を見てもらうつもりだったんだけど……」
ボクは紙芝居を手に、ピエロに群がられているので離れられない。
「紙芝居【逃げたかったカラス】おもしろかったよリュウくん!」
「そういう問題じゃないんだナギサ。内容が、ここの子らを泣かせすぎた」
「どうしてだろうねえ?」
「リュウがあんな感情込めた音読をするからだ」
アカネにじろりと睨まれた。
ボクはへらりと苦笑を返しすしかない。
「まるで舞台の演技のような力の入りようだったぜ。お前、いつのまにそんなふうに読むようになった?」
「なに? ……元から食えないピエロではなかったのか。最近変わったとでも言いたそうだな、サカイ」
「げ。アカネが乗ってくるのがお前だとは思わなかった。リュウに興味があるのかよ」
「私はただのナギサの付き添いだ。今は行動に興味を引かれただけのこと」
アカネとサカイは顔を合わせたら小競り合いをするなあ。
「リュウくんって、モテるんだね!?」
「違うと思うよ。むしろ叱られやすいのかも」
ボクはどこか遠い目をしながら返す。
ナギサの目ががらんどうだったんだ。それを見るのはつらかった。
普通、こういう勘違いをしたピエロは「羨ましい、妬ましい、嫉妬」を抱くものだけれど、それが欠落している。もしかしてナギサがただひとつ持ち続けられた正常な部分というのが、優しさ、なのかもしれない。
「ハンカチがいりそうだよね。リュウくんに渡せばいい?」
「ありがとう。子どもたちの涙を拭くのに使わせてもらうよ」
「子どもたち?」
「ピエロたちのこと」
ボクは、大粒の涙を拭いてあげる。
執着をしているのは紙芝居への感動なので、ボクのことだけに注目し、周りが見えていない状態だ。
ハンカチを持つナギサたちを認識できていない。
攫われて洗脳されたばかりのピエロなんだろうな。
落ち着かせてあげないと。
こんなにもココロが豊かということでもある──。
そのことはホッとしたし、同時に、ボクの肩は重くもなった。
ココロにオーメンの声が響く。
(”泣いてもらうのはクリアした”ようだなー。さて、”泣き止ませられるならボクの声が届く”を見せてもらうとしようか。
”サカイ・アカネは敵対しない”、それから、”サカイ・アカネは仲間になってくれるかも”もできればよろしく。俺様はここからリュウのやることを見ているぜ)
服の下にオーメンの冷たさがある。
ボクは計画的に紙芝居を読んだんだ。
サーカスの現状を知るため。
誰が敵で、誰が味方で、どれくらい動いてくれて、動いてくれなくて、ボクのことをどれくらい注視しているか知るために。
今やサーカスの中でボクをスルーするような人はいない。注目があるほど、こそこそと動けるのかという行動範囲にかかわってくる。
”泣き止ませられるならボクの声が届く”をやろう。
そして”サカイ・アカネは敵対”するのかどうか、をボクも確かめたい。
「はい、ちゅうもーく」
仮面をつけた。
いつもと違う仮面を。
装飾が凝っていて、非常に目立つ、価値のあるものを!
そのままピエロの礼をする。
「泣いている子、もったいないよ? ボクの様子を見るためには、涙は瞳に貯めておかないとね! 涙はキミたちの優しいココロ。ココロを開いてボクの姿を見てごらんよ」
「あーっ」
子どものひとりが指差す。
泣き声はしだいに止んでいき、誰もが目を丸くしてボクの様子を見ていた。サカイとアカネも。
ナギサだけは、にこにこと拍手をしてくれていて、悲しくも嬉しくもあった。
(あの仮面は、どうみてもリュウの身の丈にあってないだろう。豪華すぎて醜悪なくらいだ)
(レプリカのネコミミカボチャ仮面。それだけだよな……? けれど妙にリュウに馴染んでいるのは気のせいか?)
サカイとアカネは”オーメン”を無視できないよね。
それぞれが考え込んでいるような表情を見せている。
ボクはにっこりとして幕間の芸を始めた。
子どもたちの印象によく残るように。
「ピエロのリュウです。どうかよろしく。幕間ショーを担当させていただきます」
「「本番みたいだ!」」
「「教えて、教えて」」
「声に応えさせていただいて」
ふだんは見ることもできない高級なショーから学ぼう、という真剣な眼差しを感じる。
ギラギラとした嫉妬も。
ピカピカの尊敬も。
みんなの目尻にはすこし残った涙が光っている。
美しいなとボクでも感じる。
こういう感動をステージ上のピエロは欲してしまうことはわかってしまう。
亡骸サーカス団という名前であること、ボクの胸元にはマスターキーが凍えるような冷たさで揺れていること、それを歯を食いしばって覚えておこうとしなければ、長年抱えてきた飢えたピエロの「輝きたい!」欲求にのまれてしまいそうなくらいだ。
さて、芸はボクが完璧にできるものだけ。
だから普通のお手玉です。
「……すごい気がする……!」
「……あの仮面とともにきらめいて見えます、リュウ先輩!」
「ひゅーう! ……あれ? 今ミスしなかった?」
「ミスしそうでミスしないピエロの芸なんだよ、なんて高度な技なんだろう! こんな簡単な芸を失敗しそうにみせるなんて、並のピエロでは思いつかないよね。あっ、まただ」
「落ちこぼれを見ているようでイライラもハラハラもするし、けれど目が離せないのは事実だもん、すごいよ!」
みんな認知が歪んでるナー。
サカイがしっとり憐れむように、アカネがふざけたものに怒るように、ボクの方を半眼で見ている。おお、こわい。
(ああ、なるほどな〜)
(オーメン)
(これを見せられると、それもリュウの視界で見せられると、なんだか、生きていてほしくなっちゃうな)
(そっかー)
(狙ったな?)
(それはそう)
オーメンの仮面の裏側はいつも冷たかったけど、すこし温度が上がった気がする。
ボクの肌表面から熱気を吸い取ったんだろうか。
いや、ちゃかすのは野暮か。
きっと彼も感動している。
(パフォーマンスをしてショーマンと観客のココロが触れ合うと、その時だけは、まるで自分と世界が一体になったように感じられるんだな。見捨てて逃げるの、忍びねえ〜なあ〜)
(そ、そこまで言う?)
(リュウが搦め手使ってきた、仕返し)
(過剰な言葉をもらうとすまない気持ちになるもんだね)
(俺様、もー決めちゃおうか?)
(待って! やれると決まったことでないとボクは彼らを誘えない。アッ)
(ほんと、俺様とリュウはけっこう似てる……。自分勝手なんだ。相手の気持ちを押し付けられるのがこわいから、自分が最強になってからやっと迎えにいくんだよな。
そこまでの努力は惜しまないからある程度の立場にはなれるぜ。相手の気持ちを受け止めてから強くなっていけるなら、もーっとすごくなっちゃう可能性だってあるぞ)
オーメンは自分が偉いつもりらしい。自信家だ。臆病な自信家。
似ているかと言われたら、ボクはただの落ちこぼれ、臆病すぎるいじっぱりだ。
オーメンはただ、ボクを励ましてくれているんだよね。
(リュウはエクストラショーを成功させたピエロになった。ワガママ1回分くらいなら俺様聞いてあげちゃう)
(キミの夢の達成を不安定にさせちゃうこと、ごめんなさい。──ボク、夢見てしまったんだ。みんなで脱出ができたならこんなにも素晴らしいことはないなって)
(あさはか)
(ほんとそう)
(欲張りで人間らしい)
(ココロがあるって言われてるみたい)
(今の俺様、なんだか別世界にもう来てるような心地なんだぜ。まわりがココロある人間ばかりで、友達がそばにいる、背景がサーカス倉庫で薄暗いのを除けばここはすでにまるで日本さ。だから、リュウの誘いって魅力的だな〜って)
ボクは子どもたちと踊り始める。
つまりオーメンも踊っているんだ。
(ギャンブルだな)
(ずっとギャンブルなのは変わらないでしょう)
(賭けるのは俺様の命・全ベットになる)
(これまではチップ一枚だったのにね)
(悪いことしたなあ、って顔してるぜ、リュウ。それは悪いことにもう巻き込んだ確信がある顔だぜ)
(こんなに可愛い顔なのに)
(自虐ネタ!?)
「リュウ先輩、お手玉のボール落としたよ。はいこれどうぞ。あっ、仮面部分がウインクした! どうやるの?」
オーメンってば。サカイとアカネがざわめいてるよ。あとで詰められるなコレ。
どう答えようか。
「ココロをこめたんだよ」
「「ココロを!」」
「こういうことができるから。ココロは大切にしてね。大切に持っておくんだよ」
「「はーい?」」
「毎日、起きた時と寝る前に、笑うように心がけてみるといいかも」
「「はーい!」」
不器用に笑ってみせる子どもたち。
とりあえずはこれでいいだろう。
(お子様って可愛いもんだよな)
(……ボク、子どもって嫌いだったんだ)
(おおおおう!?)
(子どもは自己主張ばかり、実力も伴わなくて持ち物も少ないのに、それ以上のものを欲しいままに欲しがるでしょ。それなのにたまに与えられてしまうんだ。世の中のルールを勘違いしちゃって、また欲しい欲しいって泣くでしょう。それがどうにも苦手だったらしいんだよね。その気持ちだけが込み上げてきた。
でも、今はまぶしいくらいだ。いっしょうけんめいなココロには祈りを捧げたくなるものだね)
ボクはサカイを振り返る。
ボクたちは一生懸命にステージをこなし、もしかしたら、自分自身の嫌いだったところが、すこし許せたかもしれない。
魂が新しい体を与えられたこの世界で、これまでできなかったことができる、そのような夢の国だったらよかったのになあ。
「「──リュウ。体育館裏に顔貸せる?」」
「たいいくかんうら?」
アカネとサカイが額に青筋を立てていて、ナギサは首を傾げていた。
ああああああああ。




