番外編. 王子の無自覚と、もう一人の兄について
2023/10/2、Kラノベブックスfさまより『姉の代わりの急造婚約者ですが、辺境の領地で幸せになります! ~私が王子妃でいいんですか?~』に改題しまして発売されます。
応援してくださった皆さまのおかげです。
ありがとうございます!
お姉さまとウィルフレド殿下を匿っている間も、私たちはいつも通り過ごさなければならなかった。
その日も、コルテス領の視察をするということで、私とレオさまは馬車に揺られて移動していた。あとでついでにお姉さまたちに差し入れをする予定です。
こうして二人で出掛けることが多くて、いつか会話のネタもなくなるんじゃないかと心配になるけれど、今のところ、話が途切れることはほとんどない。
なぜかというと、たいていは私がレオさまを質問攻めにしているからだ。
時間は有意義に使いたいですからね。
いずれ夫になる予定のレオさまと親睦を深めることもできて、かつ勉強にもなる。一石二鳥です。
それにレオさまは、説明が上手い。私の頭にもすんなり入ってくるように、なんでも教えてくれます。なんて頼れる王子さまなんでしょう。
けれどたまに、よくわからない回答を返されることもある。
「レオさま、ところで」
「なんだ、プリシラ」
「レオさまと話をしていても、第二王子殿下のお話がまったく出てこないんですが」
「えっ」
レオさまはキョトンとしてこちらに視線を寄こす。
まさか自覚なしか。
「私、お会いしたこともありませんし、話にも出てこないので、フェルナンド殿下の人となりをまったく把握できてないです」
一応、義理の兄になる予定の方ですし、予備知識くらいはほしいところだ。
「そうか、そう言われると、会ったことがないのか」
うんうん、と頷いたあと、レオさまは口を開いた。
「フェル兄上は、なんというか、……うん」
そうして顎に手を当てて考え込んでしまう。
もしや、訊いてはいけない話でしたか。
「あのう、もしかして、仲違いしていらっしゃるとか」
「いや?」
レオさまは小さく首を横に振る。
「単純に、どう説明すればいいのか考えていただけだ」
「へえ……」
「フェル兄上は、……うん」
そして再びの熟考です。
どうしよう、そんなに難しい質問だとは思っていませんでした。
「ええと、言いにくいなら……」
「いや、そんなことはない」
焦ったように、顔の前で手を振る。
黙っていたら第二王子殿下の印象が悪くなるとでも思ったのかもしれない。それから、ぽつぽつと語り始める。
「いや実は」
「はい」
「仲が悪いわけではないんだが」
「はい」
「こう、身構えてしまうというか」
「はい」
「構いたがり……? というのかな」
「あ、なんとなくわかりました」
「えっ、今ので?」
レオさまは目を瞠った。
ふふふ、クロエさんほどではなくても、私も少しはレオさまのことがわかってきたんですよ。
きっとレオさまは、フェルナンド殿下に猫かわいがりされているのだ。けれどレオさまのほうは、大人扱いされたいのだ。
ベルナルディノ殿下はレオさまに対して、優しくも厳しいって感じだけれど、フェルナンド殿下はひたすら甘いんじゃないかなあ。そしてそういうのはレオさまとしては、ちょっと歯痒いんだろうと思う。
「とにかく、お優しそうな方だというのはわかります。聞けてよかったです。安心しました」
レオさまはそれを聞いて、安堵したように頬を緩めた。
「私も前もって話しておくべきだったな。わざわざ兄弟の話をするという発想がなかったから、言わなかっただけなんだが」
……なんですと?
今、聞き捨てならないことを仰いましたが?
「あのう」
「うん?」
「でも、ベルナルディノ殿下のお話は、事あるごとに出てきますけど」
「えっ」
まさか自覚なしか。
こっちのほうが怖い。
まあとにかく、兄弟仲は良さそうで、よかったよかった。
「フェルナンド殿下も、ベルナルディノ殿下みたいに強そうな方なんですか」
「強いは強いが、強そう、ではないな。どちらかというと、線が細いほうだ」
「じゃあ、シュッとしているんですね」
なるほど、三兄弟の中で斧が似合いそうなのは王太子殿下だけか、じゃあどんなお姿なんだろう、と心の中で姿を想像していると、レオさまがわずかに眉根を寄せたのが視界に入ったので、そちらに視線を向ける。
すると彼は、不貞腐れたような声を出した。
「……シュッとはしてない」
「あ、シュッがどんな感じかわかったんですね」
「いや……よくわからないが、きっとシュッとはしてない」
「え?」
意味がまったくわかりませんが。
私が首を傾げていると、レオさまはなにかをごまかすように、コホンと咳払いをした。
「と、とにかく、シュッとはしてないからな」
「はい」
そう言い張るなら、それでも構いませんけれど。なんだかおかしいです。
だからしばらく考えてみる。
もしかして、シュッとした人が素敵だって話したから、フェルナンド殿下が素敵だと他人に認識されるのが癪なのかな。実は張り合っているのかもしれない。自分のほうが上だとか下だとかそういう。
仲が悪いわけじゃないって話だけれど、けっこう闇は深いのかもなあ。
まあ表向き仲が良いなら、それでいいか。兄弟仲に口を挟むのもおかしな話だし。
私は馬車に揺られながら、少し口を尖らせているレオさまを眺めつつ、そんなことを考えていたのだった。




