3. 絶世の美女の隣に
そんなこんなで、私の誕生祝賀会である夜会が開催されることになった。
その夜会の最後に、私とアマーリア・コルテス嬢との婚約を発表する手筈になっている。
コルテス家の面々はすでに王城に到着し、特に何ごともなくすべてが着々と進んでいるそうだ。
会場に入場する前に待機していた控室で、私は父と母と言葉を交わす。
「どうやら無事に今日という日を迎えられたな」
「はい、父上」
すると父は楽しげに、ニヤリと髭の奥の口の端を上げた。
「嬉しいだろう、絶世の美女だという婚約者に会えるのは」
「いえ、特に」
思わずそんな冷めた受け答えをしてしまった。
実際、あんまり周りが美女だ美女だと騒ぐものだから、逆にこちらは日に日に冷静になってしまったのだ。
「まあ、そうなの? もう少し楽しみにしてはどう?」
少し身を乗り出すようにして、母が言う。
母は割と、あらゆることに楽しみを見出す質なので、私の言葉に不服を覚えたようだ。
「楽しみ……というか、過剰に期待するのも、相手の女性に申し訳ないでしょう」
「まあ、つまらないことを言うのねえ」
母としては面白くない反応だったのか、少し口を尖らせている。
すると父がくくっと笑ったのが聞こえた。
「仕方ない、レオカディオは母親が絶世の美女だから、そこを基準にしてしまうとガッカリしてしまう可能性が高いだろうし」
父の助け舟に、母はパッとそちらに振り向く。
そして頬を染めて、もじもじと指先を弄んでいた。
「ま、まあ……嫌ですわ、陛下ったら」
「本当のことではないか」
「もう……困りますわ、そんな嬉しがらせを息子の前で」
そんなことを言いながら、イチャイチャしている。
私は思う。
兄たちがやたら妃に甘い言葉を囁くのは、血筋なのではないだろうか、と。
そして残念ながら、私には父の血はあまり流れていないらしい。
父たちのように、平気な顔をして愛の言葉を口にする自分が想像できないし。
外見も母似だし。おかげでディノ兄上のようにかっこよくないし。
そんなことを考えて、私は小さくため息をついた。
◇
そしてそのときがやってきた。
「国王陛下、王妃殿下、並びに第三王子殿下のお成りです!」
そう広間内で声が上がり、私たちの目の前の扉がゆっくりと開く。
来賓たちが私たちの入場を、拍手喝采で出迎える。
その中を私たち三人は並んで、玉座のあるほうに向かってゆっくりと歩いていった。
そんなとき、その場の視線はすべてこちらに注がれるのが常だが、そのときは様子が違った。
横目でチラチラと違うところに向かう視線をいくらか感じる。
どうやらその視線の先に、皆が言うところの絶世の美女がいるのだろう。
ここまで来ると、お相手の外見に無関心であった私も、さすがに気になってきた。
美女と謳われる女性なら、幾人も出会ってきたと思う。
先ほど父が言ったように、母だって若かりしころは大輪の薔薇に例えられたりもしていたそうだし、兄たちの妃だってよく、陽の光の如くだの、凛と立つ百合の如くだのと、褒めそやされている。
しかしここまで異口同音にその美貌を称えられると……そこまで? と興味が湧くのも仕方ないのではないだろうか。
あとでいくらでも……というか、妃になるのだから一生涯、見つめることにはなるのだが、ここにきて興味を惹かれた。
その前を通り過ぎるときに、チラッとだけ見よう。
婚約発表が行われるまで彼女が私の婚約者だというのは秘密なわけだから、じっと見つめるのはまずい気もするし。
それに、まじまじと見つめるのは、これだけの衆人環視の中、恥ずかしすぎる。
そう、ちょっとだけ。少しだけ、視界の端に入れるだけ。
そんなことを思いながら、皆の視線が集まるほうに、首を動かさず目だけを向ける。
するとそこには確かに、紛うかたなき美女と。
輝く金髪の可愛らしい少女が、拍手をしながらこちらを見て立っていたのだった。




