2. 王子が抱える呪い
いくらなんでも大げさだ。
呆れたような目を向けられていたことに気付いたのであろう大臣は、会議が終わったあとに私のところに来ると、照れくさそうに頭の後ろを掻きながら言った。
「いやはや、私としたことが、つい」
彼は真面目一辺倒の人間だと思っていたから、まさか我を忘れることがあろうとは思わなかった。
いや、真面目に生きてきたからこそ、のめり込むこともあるのかもしれない。
「けれど美しいことには間違いありません。あれは傾国の美女とも言えるほどです」
彼は深く深く何度もうなずきながら、そう言った。
「そうか」
彼の基準ではあるのだろうが、そこまで言うのなら一般的にも美女であるのかもしれない。
「しかし考えてみれば、彼女ほどの美貌でしたら、王子殿下の妃となるのに相応しくはあるのでしょう」
そうは言われてみても、美しいに越したことはないが、そこまで求めているわけでもない。
これは穏便にコルテス領を王家の管理下に置くための政略結婚だ。
王子妃になるからには、美醜よりも聡明さのほうが重要でもある。それに私は第三王子でもあるし、コルテス領に主に住まうことになるのだろうから、国政からは少々遠のいていくと思われる。
だから相手に求めるものは、さしてない。
「しかしレオカディオ殿下も、もう妃を迎えられる歳になったのですなあ」
感慨深げに言うその言葉に、顔を上げる。
「お幸せな結婚となることを願っておりますよ」
大臣は最後に、温かな目をして微笑みながら、そう言った。
◇
断るという選択肢はなかっただろうが、コルテス子爵もこの政略結婚に乗り気だということで、話はどんどんと進んでいった。
しかしここで問題が起こった。
いや実際には何ごとも起きていないのだが、重臣たちが口々に言うことがあったのだ。
「まさかとは思いますが、三例目、なんてことに」
「しかしあれは、ベルナルディノ殿下とフェルナンド殿下が、令嬢たちに少々誤解を与えたからではないですかな」
「それについては調査したでしょう。お二人に問題はなかった」
「なのにお二人ともが災難に見舞われるとは」
「なにかの呪いとしか思えない」
「呪いだなどと、そんな非現実的な」
「けれど実際に、事は起きておりますぞ」
そう言って彼らは振り返って、私の顔をじっと見る。
当時、私は子どもだったから朧気ではあるが、そのときの騒ぎは記憶の片隅にうっすらとは残っている。
王子の婚約発表の場で、刃傷沙汰があったのだ。
しかも二回。
それぞれの王子、それぞれの婚約発表、それぞれの犯人。二つの事件に関連性はまるでない。
ないのだが、どちらの婚約発表も、無事には終わらなかった。
犯人である令嬢たちは、口々に言ったそうだ。
「私たちは愛し合っているのに! 引き裂いたほうが悪いのよ!」
正直に言って、訳がわからない。
令嬢のほうは愛していたかもしれないが、兄たちは面識がある、という程度。少なくとも愛し合ってはいなかった。
しかしそう思い込んだ令嬢たちは、事に及んだのだ。
ディノ兄上のほうの事件の犯人は、「この女さえいなければ!」と婚約者に切りかかり。
フェル兄上のほうの事件の犯人は、「よくも私を弄んだわね!」と王子に切りかかった。
……らしい。
しかしその事件のおかげ……ではないのだろうが、兄二人とも政略結婚であるにも関わらず、夫婦仲は非常に良い。
ディノ兄上の妃は、未だに婚約発表の場で兄上に守られたことを、自慢する。
フェル兄上の妃は、多少兄上を尻に敷いているようだが、それはそれで幸せそうだ。
私もかくありたい、と思う。
妃と仲良く過ごしていければいいのだが。
重臣たちのヒソヒソ話は、そんな風に考えている私を放っておいて進んでいく。
「しかし、レオカディオ殿下に限ってそんな」
「いや、王子お二人ともに問題はなかったのだから、いくらレオカディオ殿下に問題はなくとも、安全だとは言い切れない」
「それに、お相手が絶世の美女であるというのなら、恨みも買いやすいかもしれません」
「傾国とはよく言ったものですなあ」
「ならば、その令嬢に危険が及ぶことも」
「レオカディオ殿下の安全が最優先ですぞ」
「ちょっと褒めただけで誤解をしてしまった令嬢がいないとも限りませんし」
私のほうをチラチラと振り返りながら、重臣たちは話し合う。
私がいったい、何をしたというのだろう。女性の心を弄んだことなど、この人生でただの一度もないのに。……ない……はずなんだが。
大変、居心地が悪い。
「と、いうわけだから」
父はサクッと決定した。
「できる限り、婚約発表のその瞬間まで、内密に事を進めるように」
なので私は、その絶世の美女だという自身の妃になる予定の女性と、まったく面識がないまま婚約をすることになった。
まあとにかく私としては。
無事に婚約発表が終われば、それでいい。




