70. 王子妃になるんだから
それからレオさまはこれまでの説明を始めた。
やはり宿に向かってはみたものの、そこに王太子の姿はなかったのだ。
それでレオさまは単騎で慌ててこちらに帰ってきたということだった。
「まったく見かけなかったから、違う場所に行っているのかと思ったんだが」
「あの二人を探していたらしい。森に来たのはたまたまだな」
「しかし……ということは、付けられたか?」
レオさまは洞窟の入り口のほうに振り返る。
「入るときに一応辺りには注意したんだが、誰かがいる気配は感じられなかった」
「では身をひそめて、方向だけを確認したのかもしれない」
そんなことをぼそぼそとレオさまとウィルフレド殿下が話し合っていると。
「ウィルフレド、出てこい!」
洞窟の外から、王太子の声がした。
先ほどウィルフレド殿下とお姉さまの声は聞いたのだろう。この森に潜んでいることだけは確信できたと思われる。
レオさまが洞窟の中に入ってから時間が少し経っていることから見ても、おそらくウィルフレド殿下が言うように、レオさまの姿を見かけた王太子がその場で身をひそめ、向かう方角だけを確認したと推測できる。
「どこだ、レオカディオ! 俺の弟を匿っているだろう! そんなことをしてただで済むと思っているのか!」
つまり、この洞窟は目に入っていない。
すごい。私の秘密基地が優秀すぎて、怖いくらいだ。
「すまない……焦って、どこに行くのか衛兵たちに告げなかった」
レオさまがしょんぼりと肩を落としている。
ああー、さっき遅いだなんて言って責めるんじゃなかった。また落ち込ませてしまった。レオさま、すぐに落ち込むから。
「大丈夫ですよ、そのうち来ますって」
「そう……だと思うんだが」
「仮にそれまでにこの洞窟を見つけたとしても、私、上から刺しちゃいます」
その場合、短剣じゃなくて長剣を借りよう。そのほうがいける気がする。ツンツンつつけばいいだけの話だし、それなら私にもできると思う。
「いや……それより」
ウィルフレド殿下がぼそりと言う。
「まずいことになった」
「ああ……」
ますますレオさまは肩を落とす。
「これで、レオが私たちを匿っていることが確定した。マルシアルはそれを材料にセイラス王家を責め立てるだろう」
洞窟の中がしん、となって、外からの、「出てこーい!」という声だけが響いていた。
◇
皆が黙りこくってしまったので、洞窟の中の空気の重さが尋常じゃない。
沈黙に耐えられなくて、私はぼそぼそと口を開く。
「でも、不法入国したんですよ?」
王太子が犯したその罪は、けっこうな重罪ではないのか。
「まあ……そうなんだが」
「ついでに言うと、蒼玉泥棒」
「それも、そうなんだが」
「じゃあ大丈夫なんじゃないですか?」
私がそう言うとレオさまは、うーん、と考え込んだ。
「たぶん、セイラスとキルシーの二国間の協議になるな……。王太子を殺そうとしたウィルを匿った、というのが根底にあるから、そのために内密に国境を越えたと主張するだろう。蒼玉泥棒のほうをどう絡めるか……いや、それなら私がここから出て行ったほうが早いか……? いつまでも外では待てないだろうし……いや、応援が本当に来たら……。それに、父上はどう出る……?」
そうブツブツとつぶやきながら、首を捻ったり目を閉じたり腕を組んだりして思案している。
そして顔を上げたと思ったら、言った。
「よし、埋めよう」
えええええ。考えることを放棄しましたね。
私もそうしたいのは山々ですが、それはどうかと。
ああ、こんな面倒なことになったのは、私のせいだ。
「すみません。私が、しらを切り通せればよかったんですけど」
「え?」
その言葉に三人がこちらに振り向く。
私が領主の娘だって認めてしまったから、結局こんな風に繋がってしまったのではないだろうか。
もしあのとき、無関係です、と言い張ることができたなら。
いやでも、王太子は確信を持っていたように見えた。
「なんでわかったんだろう。領主の娘だってわかってたみたいなんですよ。それで、お前の姉はどこだって話になって」
「それは仕方ない」
横からふいに声がして、私は顔を上げそちらに振り向く。
「見ればわかるからな」
ウィルフレド殿下がそう言って、肩をすくめた。
「なんで」
見ればわかる? 私の姿絵なんか、どこにも出回ってない……と思うんですけど。
首を傾げる私に、ウィルフレド殿下は口の端を上げて続けた。
「プリシラ嬢は金髪が見事だし、可愛らしいからね。あと腕や腰の細さが貴族のものだ。だから普通の領民じゃなくて領主の娘かなにかなんだろうってすぐわかると思うよ」
私はその言葉に眉根を寄せる。
胡散臭いな。この人、思ってもいない美辞麗句を並べそうだし。
けれどお姉さまのほうを見てみると、ゆっくりとうなずいた。
確かにお姉さまはいつも、可愛いって言ってくれていたけれど、それは妹として、という意味だけじゃなかったのか。
次にレオさまのほうを見てみると、さっと目を逸らした。
そして頬を紅潮させて、ぼそりと言う。
「プリシラは、可愛い……から、目立つ、しな」
「言いにくそうですね」
私がそう言うと、レオさまはため息をつきつつ、こちらを向いた。
「なぜ素直に受け取らない」
「そんなこと、言われたことないので」
「えっ、そうか?」
レオさまは少し考え込んだあと、「ああ」と口の中で言った。
それからお姉さまのほうをちらりと見て、こちらを向く。
「アマーリア嬢に集中するかもしれないな」
お姉さまのせいか! 比較対象が凄すぎた結果ですか!
「あと、今までの話を聞いていると、プリシラの行いが原因のようだ」
うっ、痛いところを。
「だから、この件が無事に済んだら、逃げずに淑女教育をみっちりと受け直せ」
「はい……」
ごもっともです。
私は縮こまってうつむく。
「第三王子たる私の妃になるんだから」
そう言われて顔を上げると、レオさまは優しい瞳でこちらを見ていた。
「できるだろう?」
「はい」
私は胸に手を当て自分の決意を確認すると、深くうなずく。
レオさまがそう言ってくれるんですから、期待には応えないといけないですよね。
「はい、今度こそ、がんばります」
だから私、どこに出ても恥ずかしくない王子妃になってみせますね。




