47. 変わっていかないと
それから何日かして、レオさまと私は荷馬車の荷台を屋敷の裏手につけて、荷物を積み込んでいた。
「プリシラ、私がやるぞ」
大きな板を積み込もうとしていたときに、レオさまが言った。
「王子さまにこんなことさせられませんよ。重いし」
無視してさっさと積み込んだ私の言葉に、レオさまは唇を尖らせた。
「それくらい持てる」
「そうかなあ」
「鍛えているし」
ああ、そういえば、ベルナルディノ王太子殿下みたいになりたくて鍛えているんでしたっけね。
結局あのあと、会議室となった応接室にウィルフレド殿下を呼び出して、「二人ともを半月匿う」と決めたことを伝えた。
最初は戸惑っていたウィルフレド殿下も、「恩に着る」と言って頭を下げた。その拍子に涙がぽとりと落ちたのを私は見た。
ウィルフレド殿下だって、不安だっただろう。お姉さまを抱えての単騎での強行軍。受け入れられるかもわからずやってきて、最初は拒否もされた。お姉さまは傷ついていて、頼るどころか抱えて受け止めなければならない。
私だったら、耐えられるかどうかわからない事態だ。
レオさまはウィルフレド殿下を覗き込むようにして、密やかに言った。
「二人だけで、隠れてもらう。私たちはいつもと変わらずに過ごす。仮に追手が来たとしたら、できるだけはしらばっくれる」
「ああ」
「だがもし、これ以上は無理だと判断したら、切り捨てることもありえる。それは覚悟しておいてくれ」
「わかっている。本当に、ありがとう」
ウィルフレド殿下はそう言って再び、深く深く頭を下げた。
そんなわけで、私たちは二人を匿う準備をしている。
とにかくお姉さまが動けるようになることが先決だと三日待った。捻挫の腫れも引いてきて、痛みはまだあるみたいだけれど歩くことができるようになったので、今日、隠れ場所に移動する。
「梯子も持っていきましょう」
「梯子……が要るのか」
「私は要りませんけど、お姉さまは要ると思います」
「ああ……」
レオさまは少し不安そうな顔をしている。
下見をしてもらおうかとも思ったのだけれど、あまり出歩くのも良くないかと、直接行くことになった。
その日私は、会議室でレオさまとクロエさんとウィルフレド殿下とお姉さまを前に言った。
「隠れ場所は森の中にあるんですけど、私がよく隠れているところなんですよ」
するとレオさまは慌てたように身を乗り出した。
「ちょっと待て、よく隠れるってどういうことだ。いつ隠れるんだ」
「教師から逃げたいときとか」
「……そうか」
「はい」
「そういえば、森が遊び場だとか言っていたな……」
そう言って、目と目の間を指で揉んでいる。
ご納得いただけたようでなによりです。
「つまりそこは、子どもがかくれんぼをするような場所なのでは?」
クロエさんが不信感をあらわにしてそう訊いてくる。そんなところで大丈夫なのか、と言いたいようだ。
「少なくとも私は見つかったことはありません」
胸を張ってそう言う。見つからない場所、ということには割と自信があるんですよ。
けれどレオさまは首を傾げた。
「それは単純に、いずれ帰ってくると思って大して探していないだけじゃないか?」
「あ、いえ、けっこう本気で探してましたけれど、見つかりませんでした」
お姉さまが補足する。使用人たち総出で探したこともあったそうだ。それは知らなかった。我ながらすごい。
レオさまは少し考えたあと、膝を打った。
「まあいい。とりあえず二人にはそこに移動してもらおう。緊急を要している。とにかく追手が来る前にこの屋敷から遠ざかるのが先決なんだ。他にいい場所があれば移ればいいのだし」
「そうですね」
皆、レオさまの言葉に納得したらしい。
あれ以上の場所はないと思うけどなあ。
「ただ、快適ではないですよ」
「それは仕方ない。ウィルとアマーリア嬢には我慢してもらわなければ」
「それはもちろん」
「大丈夫です」
二人はそう言って、うなずいた。
◇
荷馬車の荷台に、当面の食糧やら水やら毛布やらを積み込み終わったあと、馬を繋げる。それからこっそりと屋敷から出てきたお姉さまとウィルフレド殿下が荷台に乗り込んだ。
その上に、なるべく自然に見えるように毛布と板を被せる。
「じゃ、行きましょうか」
レオさまも場所を見てみたいということで、御者台に乗り込んできた。
私はそれを見ると手綱を操り、荷馬車を出発させる。
手慣れた様子を見てなにか思ったのか、レオさまがぼそりと言った。
「……いつもこんなことをしているのか」
「まあ、割と」
「どういうときに」
「秘密基地を作りたいときとか」
そう答えると、レオさまは額に手を当て、大きく息を吐いた。
カッポカッポと馬が進み、荷馬車もそれに合わせて揺れている。
「変わっているとは思っていたが」
「そんなことはないと思いますけど」
「少なくとも、私の人生で出会った中にはプリシラのような令嬢はいない」
まあ、そうかもしれませんね。王子さまに会える令嬢方は、皆、楚々としているでしょうし。
「私も、そんな令嬢方のようにならないといけないんでしょうね」
王子妃になるわけだし。いつまでもこうして子どものように遊んではいられないんだろう。
するとレオさまは身体を起こして前方に目をやる。
「どうかな。私たちはこの場所で生きていくのだし」
そう言ってレオさまは目前に広がる光景を見て目を細めた。
ゴツゴツした岩肌が見えるような山ばかりで、農産物も多くなくて、川は多く流れているけれど海に接してもいないこの土地で、私たちは生きていくのだ。
「だからここで生まれ育ったプリシラはそのままで、ここにやってくる私が変わるというのが道理なんじゃないのかと思う」
そういうレオさまの考え方は、私にはとても楽で、甘えそうになってしまう。
けれどやっぱり、私も少しは自覚を持って変わっていかないと、とそんなことを考えた。




