36. 採掘場
子どもたちと別れてからまた馬車に乗り込み、ガタゴトと揺られながら採掘現場に向かう。
「レオさまが子どもたちに、『無礼だ!』って言いださないか、ちょっと心配して見てました」
あっという間に慣れたのか、おどおどしていた子どもたちは、レオさまの周りをぐるぐる回り始めたり、ちょっと触っては「きゃー!」と叫んで飛びのいたり、レオさまが振り返るのを見届けたあと逃げ出したりして、割と好き放題に無礼ではあったと思う。
おかげで、レオさまの綺麗な衣装は、ところどころ指の形に泥がついていた。
私の言葉に、レオさまは少し口を尖らせる。
「子どもというのは、だいたいあんな感じだろう。礼を求めてどうする」
「子どもに接したことがあるんですか?」
「甥や姪がいるし、孤児院や養護院に慰問にも行く」
「なるほど」
そう言われるとそうか。
いつも誰かに仕えられているわけではないのか。王家の人間として慰問なんかもちゃんとしているんだ。
その考えを読んだのか、レオさまは眉根を寄せた。
「プリシラは私をなんだと思っているんだ」
「王子さまだと」
「王子に対する偏見がひどい」
「すみません」
素直に頭を下げる。確かに偏見だった。
「特に甥と姪はよく遊んでいるからな、けっこう懐いているんだぞ」
あっ、自慢げな顔だ。
まあ、悪いことを言ったあとだから、水を差すのはやめておこう。
「慣れていらっしゃるなら、自分の子どもができてもいい父親になれそうですね」
そう言うと、レオさまはぴくりと肩を震わせた。
「あ、ああ……まあ……」
そうごにょごにょと言うと、窓枠に肘を掛けて頬杖をついて外を眺める。
うん? なにか変なことを言ったかな。割と普通のことを言った……いや、言ってない。言ってないよ。
レオさまの子どもを産むの、私だった。
よく見ると、レオさまの耳が真っ赤になっている。
いや私が言ったのは一般論であって、自分たちの子どもがどうこうという話では。
けれどその弁解をわざわざ口に出すのもおかしな気がして、私はなにも言えずに俯くしかできなかった。
頬が、熱い。
◇
採掘場に到着すると、大半の者がひざまずいた。この人たちは、王城から派遣された人たちだろう。
けれど何人かは、こちらに向かって大きく手を振った。
「お嬢!」
その態度に、幾人かはぎょっとしたような視線を向けている。
彼らは、王城からの支援を貰う前からここで採掘をしている人たちだ。私も何度か会ったことがある。
私たちの馬車をがっちり守っていた人たちが一瞬、一歩を踏み出そうとしたけれど、レオさまが隣で、構わない、という意思表示に手を立てて示したので、彼らは肩の力を抜いた。
手を振ってきたのは、採掘作業なんてことをしているだけあって屈強な身体つきの男性ばかりだから、子どもたちのように無警戒、だなんてことはできなかったのだろう。
歩み寄ると、その人たちは口々に言った。
「お嬢、婚約したんだってな、おめでとう」
「王子さまだって? すげえな」
「ありがとう」
私が礼を返すと、彼らは今度はレオさまに視線を向けた。そして指を指した。
「王子さま?」
「はい」
私がうなずくと、彼らはレオさまをまじまじと見つめる。
あっ、なんか、辺りの空気が張り詰めてきてる。
気のいい人たちなんだけれど、場を読むとかいうことはできないからなあ。
「あ、えーと、レオカディオ殿下は、こちらの採掘場を視察しにいらして」
「視察ぅ? 真面目にやってるぞ、俺らは。なあ?」
「そうそう、わっざわざ来なくてもなあ。あっ、視察と銘打って、観光かあ?」
ははは、という笑い声が湧く。
さすがに衛兵たちの間に、ピリピリとした緊張感が漂い始める。さすがにこれは、無礼だ不敬だって言いだす人が出てくるかも。
「いえ、本当に……」
「プリシラ。下がれ」
「あ、はい」
レオさまに有無を言わさぬ声で言われて、私は素直に一歩下がる。
逆らうとマズい、というのがわかりました。私は空気が読める子です。
レオさまは、口元に弧を描き、言った。
「第三王子のレオカディオだ。陛下の命により、今後は私がこの採掘場の責任を負うことになった」
口調は穏やかだけれど、言外になにかが含まれていた。
言うことをきかないと首にするぞ、って感じかも。
相変わらずキラッキラはしていたけれど、作り物の笑顔って感じがものすごくて、逆に怖い。
圧力を感じたのか、指差していた男の人も、その指をさまよわせるように動かしてから、引いた。
辺りはガヤガヤと騒がしかったのに、しん、と静まり返ってしまっている。
レオさま、すごい。笑顔だけで怯ませた。
後方に、帯剣している衛兵たちがいるというのもあるかもしれないけれど、それにしても、王子さまの威力ってすごいなあ。




