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聖女、デートをする


 フルホネット公爵領に来て、気づいたことがある。

 農村と都市部の貧富の差だ。

 都市部は綺麗に整地され、レンガ造りの道路沿いに店が並び、王都に負けないほどの賑わいを見せている。


 一方の農村はほとんど着の身着のままの村人たちが、痩せ細った体を引き摺ってティアナを出迎えた。


 国一番の大貴族の実態に、ティアナは複雑な気持ちを噛みしめていた。


「ある程度仕方がないとは思うし、認めてもいたけど、落差が酷い」


 都市部の感想である。

 主に農業の村と商業都市を比べるべきではない、貨幣の流通率が違うのだ。

 お金で何でも買える富裕層と物々交換でやりとりしている人の生活基準が同じであるわけがなかった。


「……申し訳ありません」


 カインはつい謝罪した。自分の目から見ても酷いの一言に尽きる。


 今日はここで一泊する予定だ。


 農村を強行軍で浄化して回り、ティアナも疲れているだろう。ロレンスが気を利かせてくれたのには理由がある。

 ここの名物は温泉なのだ。

 腰痛、肩こり、傷の痛みに効くという温泉が至る所に湧いている。騎士団の平均年齢は三十二歳。疲れが体に残るお年頃である。

 つまりはここで騎士団と聖女の英気を養い、気持ちも新たにまた遠征を続けようというロレンスなりの気づかいだった。


 大通りには温泉客目当ての土産物店が連なり、娯楽施設も充実している。家族連れを狙ってか子供の好きそうな菓子の屋台がそこここで甘い匂いをさせていた。


 ティアナとカインは身分を隠して屋台巡りをしているところだった。買い食いツアーだ。

 いつもの修道服では目立つためティアナはドレスを着ている。こんなこともあろうかと、アンヌが用意してくれていたのだ。湯治客に聖女だとばれたら休養どころの騒ぎではなくなる。


「観光地価格ってやつですかね? 割高な商品が目立ちますね」

「ええ」


 ティアナはあれほどのことを言っておきながら、カインへの態度を変えなかった。けろりとしている。

 普通は気まずくなるだろうに肝の太い娘だ。カインのほうがむしろ引き摺って、ティアナに何か言う時は細心の注意を払うようになった。


「ふふっ。ありがとうございますカイン様。これで一つ夢が叶いました」

「夢、ですか」

「はい。綺麗なドレスを着て、素敵な人とデート。すごく嬉しいです」

「それは……良かったです」


 思い出が欲しい、と出かける際に誘われた時はカインも焦った。実際はただのデートだったわけだが、思い出、と女にねだられてあらぬ方向に想像が行く程度にはカインも健全な男だった。そのつもりはなくとも期待したし、期待が裏切られて安心しつつがっかりもしている。


「ねえ、カイン様。ここって何の店でしょう?」


 ティアナは『秘宝館』と書かれた看板の前で立ち止まった。

 直接的な表現こそないものの怪しい雰囲気を醸し出すディスプレイはダンジョンのようだ。この場合ダンジョン(意味深)になるのだろう。


「い、いえ、いけません。ここは危険です」


 主にカインが。


「何があるんでしょう? 秘宝っていうくらいだから、きっとすっごいお宝ですよね」


 あなたにもある秘宝ですよ。

 カインはなんと言ってここからティアナを引き離すべきか悩んだ。聖女にいらぬ知識を教えこんだとなったら騎士団に袋叩きにされそうだ。彼らはティアナを娘のように思っている。娘に純真でいて欲しい男親の気持ちだ。


「せ、聖女……ではなく、ティアナ様がご覧になるようなものではありません」


 カインの麗しい顔面はもう冷や汗まみれだった。

 相手が子供だったら「まだ早い」で済むが、ティアナは十六歳。適齢期だ。

 ふと見れば受付のおばちゃんが「あらあらまあまあ」と言いたげににまにましている。


「……っ、行きますよ! 私は、こんなところに興味はありません!」

「てことは、入ったことあるんですね?」

「おやめください!」


 男には、まずいとわかっていても、やばいとわかっていても、潜らねばならぬ門があるのだ。

 無邪気な好奇心を発揮しまくるティアナを引き摺って、カインはその場を後にした。変に注目を浴びたせいでどっと疲れてしまった。


 その頃マティアスは、食材の仕入れに料理人たちと市場にいた。


「観光地なだけあって品ぞろえが豊富ですね」


 瘴気鑑定のために付いて来てくれた神官が感心したように言った。

 日持ちする野菜や小麦、肉と野菜を買いこんだ料理人もほくほく顔である。


「そうですね。ドライフルーツも種類が豊富でした」


 マティアスはパンに使うバターやミルクの他に、菓子に使えそうな果物とナッツ、チーズなども仕入れていた。


「……ここが瘴気に侵されていなくて良かったです」


 神官がしみじみ言うと、料理人も賛同した。マティアスも同感だ。


「そろそろバターが尽きそうでしたからね。塩とハーブも」

「道中はともかく農村で食材を買えないのは困りました」


 僻地とまではいかない農業が主産業の村は今のところ壊滅である。井戸や川、農水路などで魔晶石が発見され、地産地消どころではなかった。わずかに残ったまともな食材を売ってくれとも言えない。浄化したところで一度瘴気に侵されたものを食べられるかというのは心情的に無理があった。


「タイミングが良すぎだよな……」


 ぼそっと漏れたマティアスの呟きは、誰にも拾われなかった。

 人口の多い都市部は平和で、貧しい農民が細々と暮らす村が犠牲になっている。

 マティアスにはそれが気になった。


 のん気そうに見せているがティアナも当然気づいているだろう。休みなのを良いことにカインとデートを決め込んでいるのがその証拠だ。

 ロレンスとアンヌをカインの目から逸らし、教会の判断を仰ぐ時間稼ぎだ。


 発見された魔晶石は教皇に送り届けている。冒険者ギルドには魔物を討伐した記録が残っているはずだ。魔物から採れた素材や魔晶石の買い取りも行っている。

 聖女がいない場合は魔晶石を聖水に浸けて無力化し、数年かけて浄化する。放置されると瘴気を撒き散らすので冒険者ギルドから買い取っているのだ。

 また、騎士であれば提出する義務がある。

 教会から盗まれたか、それとも魔物が落とした魔晶石を売らなかったのか、調査すればわかるだろう。


 街並みを胡乱げに眺めていたマティアスの目に、買い食いを満喫しているティアナと付き合わされているカインが通り過ぎていった。




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