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(8)初お邪魔、前田クリーニング店4

「ただいまぁ」


「比奈子、前田クリーニング店、どうだった?」

「うん、クリーニング屋さん、暑かった。あー、背中かゆ~」

ミシンを踏んでいる志乃に訊かれ、比奈子は近くの椅子に座り、ものさしで背中をかき始めた。


「それで?」

「柏餅ごちそうになった」


「で?」

「天パーに追い返された」


「……。そう……、で、前田さんのところは一日どれくらいできそうな感じだったの?」

志乃が訊きたいのは、このことだけだ。

「ん? うちのプレスだけだと、一日頑張って200が限度かな?

 他のクリーニングもあるだろうし…。でもさ、ちょっとしか見なかったけど、

 丁寧な仕事してたと思うよ」

「そう、じゃ、ここで上がったサンプル分くらいは、問題ないようね」


ほそぼそとやっているように見えるこの『小鳩縫製』。

住まいの下に儲けられている仕事場は、サンプルを作っているだけで、志乃が代表取締役を努める『小鳩縫製株式会社』のオフィスは別のところにあり、自社工場も別に持っている。

他に、裁断、縫製の仕事を出している契約の下職工場が全国に30件ほどあり、既製服のサンプルから量産、ファッションショーや芸能関係の衣装までを扱い、仕事は途切れることなく、年商は「億」をいっている。


志乃は、現場仕事をしなくても良いのだが、オフィス、工場の様子を見に行くだけでは、体が鈍ると言い、自宅工場でパートの人と一緒にミシンを踏んでいる。

豊たちも間違えたように、傍から見たら、縫製を営んでいる小さな自営業の家にしかみえない。


そんな事実を「前田クリーニング店」が知るのは、まだまだ先のことだ。



「天パーったらさぁ、私のことダチョウのヒナとか言うんだよ!

 それに小鳩じゃなくて、コンドルかハゲタカだって! ムカつくでしょ? それにね―――――」


志乃は、比奈子がまだ恋愛というものに興味がないのかと思っていた。

仕事柄、業界のパーティがあれば、志乃は比奈子を連れて出向くことも多い。

父・恒和と三人でパーティなどに出席するときは、比奈子のところに変な男が来ないように、というか、恒和にとってファッション業界の人間は、全て変な男に見えてしまうため、常に目を光らせ、比奈子にピタリとくっ付いていて無理なので、志乃は比奈子と二人で出かけるときに、いろいろな男性と出会うチャンスを与えていたが、比奈子自身が何も興味を示さなかった。

普段でも、比奈子が男の人の話を自らすることは、ほとんど無い。

なのに、怒りながらとは言え、豊の話をずっとしつづけ、どことなく楽しそうな比奈子に、うれしくなった志乃だが、顔には出さず、相打ちだけし、ミシンを踏みながら、比奈子の話を聞いていた。



比奈子は、夕食の時も、連日同様負け競馬から帰ってきた恒和相手に、豊の話を一生懸命していた。


「くわぁぁああ、けしからん男だ! なんだその天パー野郎は!

 比奈子がダチョウのヒナなわけないだろ! うちの比奈子はかわいい小鳩のヒナだ! 

 お父さんが文句を言ってやるぅぅうう!」」

などと、恒和は、比奈子の変化には全く気づかず、会ったこともない豊を敵にし、怒りまくっていた。





* 気になる男の話をする女は、おしゃべりになる *






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