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(3)天パーvsハチマキ3

「あら、な~に? 外まで聞こえてるわよ? 声が」

比奈子の母親・志乃が外出先から戻って来た。

比奈子が「前田クリーニング店」の話をし、五郎太も加わり、「小鳩縫製」の代表である志乃に説明をした。


「そう。じゃぁ、とりあえず、来週上がってくるものを少しづつお願いするわ」

「ほ、本当ですか!?」

志乃は、やさしい話方だがキビキビテキパキし、押えるところは押さえ、五郎太が示したプレス一枚単価から、20円引きにさせ、仕事を出す約束をした。

20円と言えども、結構な値引き額だ。

そして、様子を見ながら、後々「前田クリーニング店」に、どのくらいの量のプレスを任せるか検討していくことになった。

比奈子にはまだ出来ない「商売の差し引き学」。

五郎太は喜んだが、豊の顔は二コリともしない仏頂面のままだ。

豊もまだ、商売の仕方を知らない。

クリーニングという中の仕事だけをしていればいいというものではない。


「天パー、もうちょっとは喜びなさいよね?

 お母さんがあんたのところに仕事出してあげても良いって言ってんだから!」

比奈子は、腰に手を当て偉そうに言った。

「はぁ? 俺は天パーっていう名前じゃねーぞ!」

「おいおい、豊、いいかげんにしろ!」

五郎太が言い、志乃も溜息まじりに比奈子に言った。

「比奈子、あなたも静かにしなさい。いつも言ってるでしょ、

 言葉使いをどうにかしなさいって。もう少し女らしくできないのかしら…。

 ごめんなさいね、前田さん」

志乃は、豊に謝った。




「……」

帰りの車の中、まだ腹の虫が納まっていない豊は、無口だ。

「よかったなぁ、とりあえず、プレスの仕事が入ってな」

五郎太は、嬉しそうに言った。

「ぜっんぜん、良くねーよ。なんなんだよ、あのハチマキ女。

 人のこと天パーとかバカにしやがって! 俺は天然パーマが好きなんだよ!!

 アイ ラブ ナチュラリーカーリー ヘアー! ライクじゃねーぞ、ラブだぞ、ラブ!」

助手席から見えるサイドミラーに自分をうつし、髪の毛を整えた。


「がっははは、あのお嬢さん、比奈子さんだっけ? おもしろい子だったなぁ」

五郎太は、豪快に笑った。

「本当にあれ親子か? 母親は話がわかるみたいなのにさ、あいつはなんなんだ! 偉そうに!」

「親子だろ? 顔似てたじゃないか」

「……顔じゃなくて…」



前田家は、店舗と住まいが隣接している木造二階建ての商店街の端にあるクリーニング店で、五郎太の父親の代から、ここでクリーニング店を経営している。

庭を含めると結構な坪数になるが、家自体は古く、リビングとは到底呼べない茶の間でちゃぶ台をおいて食事をする昭和の香りを残している。

庭、縁側続きのそんな茶の間で、今夜も前田家は、仕事で遅くなる長男・一男を除き、母・恵子、三男・浩司と四人で食卓を囲んでいた。


『小鳩縫製』の話になり、五郎太が、比奈子を話題に出した。

「でな、豊の髪の毛をプレスして直毛にしろって。まったく笑えるだろ?」

家族3人は大笑いだが、豊だけは、ふくれっ面だ。


「あの女の話はすんなよ、飯が不味くなる。あー、胸クソ悪ぃー」

大皿の大根の煮物を握り箸にして差した。

「こらっ、豊、行儀悪いでしょ! ちゃんと摘みなさい! …でも天パー?」

恵子が豊を見てクスクスと笑った。

自分で産んでおいて…


「それで、その比奈子さんって人、若いの?」

浩司が五郎太に訊いた。

「んー、いくつなんだろうなぁ、21,2あたりかなぁ」

「あらそう、じゃ、結婚はまだかしらねぇ? 一男か豊に、なーんて~」

母親の言葉に豊は、箸を置いた。

「おふくろ…、本当にそういう冗談止めてくれ。なんで俺が、あいつと。

 うわーー考えただけで吐き気がする! あんなやつ嫁にしたら、俺の人生がぶっ壊れる!」

「そうだな、あの子がここに嫁に来たら…、んがははは~」

五郎太は、一人笑い出した。

「やっだぁ、何? お父さん、一人で笑って。それより、豊もそろそろお嫁さん連れてきてよ」

恵子が豊の顔をチラッと見た。

「兄ちゃんも結婚してないのに、なんで俺が先に嫁さん連れてこなきゃなんねーんだよ。

 それに俺、まだ24だぜ?」

長男・一男、26歳は、大学を出て、広告代理店で仕事をしているが、結婚のけの字も出ない女っ気なし。



食事を済ませ、風呂から出てきた豊は、一人鏡の前で、天然パーマを整え、大声をだした。

「俺の天然パーマを馬鹿にするなぁぁああああ!」


鏡の自分に吠えてどうする…豊。



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