従野ひよりのお見舞い・後編
面会ももう終わりになるかな、という時間。
美空と二人の男が部屋に入ってきた。
……いやしかし、美空が来るとは。
来て当然っちゃ当然だけど、色々大変そうだから来ないと思っていたし。
「従野、大事ないか?」
「……神崎、学校サボってるって聞いたけど? そんな私がいない学校は嫌?」
「……ふ、いや、学校に行っていないのは別の理由だが、確かに従野がいない学校は退屈だろうな」
美空は、普段通りの様子に見える。これといって、私を心配しているとか周りの奴が心底うっとうしいって感じもなさそうな。
「で、なんで両手に花なん? 急にモテ期来た? ヤバ。妬ける」
「生憎そういう相手ではないよ。祖母の使い、みたいなものだ。二人とも有能な除霊屋らしい」
「『煙祓い師』の窓路煙花です」
煙の方は、そういう名前らしい。三つ揃えのスーツにきちっと分けた七三分けに、黒ぶちの眼鏡。ザ・社会人って感じすぎて逆にコミカルだわ。オモシロ。年齢はそれほど離れていない風に見えるけど、ま、大人なんだろうね。
「ちす。従野ひよりです」
「存じてあげております。この度は……神崎家に忠誠を誓う従野家のものとしての生き様を見せつけられ、感動しています。尊敬しております」
外見同様に相当きちっとした人らしい。参ったな、ちょっととっつきづらいかも。尊敬されているのがなおさら悪い気がする。
「や、そんな尊敬されるような奴じゃないんで。タメでいいっすよ」
「いえ、私は誰に対してもこうなので」
それはそれで面倒臭そう。神崎美陸が少しチラつくからやっぱ苦手なタイプだわ。
そんな窓路を嫌そうに見ているのが、随分ラフな格好をしたもう一人の男だ。赤と黒を基調とした炎みたいなジャケットの下は裸、レザーのジーンズは動きづらそうだけど、わかりやすい『炎使い』っぽい。彼は特に喋ることもなく、嫌悪感を隠そうともしていない。私もどうでもいいけど。
「……で、神崎は学校行かんの? 転校とか? あれなら私もするけど」
「いや、どうだろうな。祖母は学校にはもう通わせないつもりらしい。私自身、どうするかは悩んでいるが」
「あー、なる。お祖母さんらしい。んじゃ私もそんな感じかな」
「それもわからない。軟禁状態にもなるかもしれないな」
「……それでいいの?」
「あまりよくはないな。まあ、適当に自由にやるさ」
「ふーん、あ、そう。なんか手伝えることあったら言ってよ」
「ああ、その時に」
私と美空の会話に、二人の男は特に反応はしていない。炎の方は、なんか常にイライラしてるような顔だけど。
美空は事態を重く見ていないようだけど、美海ちゃんとかお祖母さんとかはやっぱ重く受け止めているから、どういう立ち回りをしようか。
「……では、元気そうな顔も見れたしそろそろ帰る」
「えー、それは寂しいわ。無駄話しよ? 病院もう暇で暇で」
「そうは言っても面会時間がな」
「神崎の家ならなんとでもなるじゃんよ」
「そんなことで権力を使えるか。……実家に戻るのは従野が退院してからのつもりだ。数日中だろう、私についてくるか、残るか、自由にするといい」
「はいはい。しゃーないなぁ」
美空はそれだけ言うと、私の体に跨るようにベッドに乗って、キスをした。
……少し、長いな。
祓い師二人は絶句しているけど、首が痛まないように気を付けてくれたしオッケー。
「じゃあまあ、またしたいこととかできたら教えてよ」
「ああ。できたら、な」
美空は言った。そしてそのまま場をあとにする。
窓路がきちっと頭を下げて、赤いのはぶっきらぼうに、退室していく。
美空は、どうするつもりなんだろう。長年付き合っててもわかんないもんはわっかんないね。
ただ、このままの状態で美空が幸せになれるとは到底思えなかった。
――――――――――――――――――――――――
美空にとって夜行先輩は、どれくらい特別なんだろうか。
ヤコセンが飛び出したせいで、夜行星と美空のお母さんが死んだ。不幸な事故の原因は夜行月。
その事実を知った時に美空がどう思うのか、何を考えるのか、そこまで想像はできない。
ただ美空にとって母親は大事な人だった。母親が死んでからずっと自分も死ねば会えると軽く考えていたくらいだからだ。
とんだヤンデレちゃんだ。もう私がどうのこうのしてなんとかなる問題じゃないかも。学校外のことだし、学校のみんなに協力してもらえる自信もないし。詰んだわ。
別に骨も折れてないし、長く見積もっても三日以内には退院して、そのまま神崎の実家に行って、軟禁なり、監禁なり。
どっちみち美空は退屈で死にそうだ。私は、どうなるだろ。
「オッス、オッス」
「……えっ、影山?」
星空と夜の灯りが映る窓に、器用に影山が立っていた。首の痛みをこらえつつ、なんとか体を動かして鍵を開けると、部屋の中に着地した。
面会時間どころか、夜勤の最低限くらいしか人もいない時間だろうに。
「いやー良かった起きてて。どう怪我? 大丈夫?」
「何しに来たの? 怪我は大丈夫だけど。アンタのが重傷じゃん」
「いや大丈夫大丈夫。俺これでも天才忍者だから。右肩とか動かないけど」
「あはは……。で、なんで不登校なん?」
「ほら、抜け忍みたいなもんだから」
「あー……仲間を裏切って逃げているみたいな?」
「うん」
「それってめっちゃヤバくない?」
「まあ……普通の面会時間には来れないし、学校にも出られないくらいには」
「はぁ……。現実離れしてんね」
「神崎家と従野家の関係だってそうでしょ。案外、世の中そんな感じになってるんじゃね?」
「調べたの?」
「流石に調べるっしょ。……まあ、そんなことはどうでもいいんだ」
「どうでもよくはないでしょ」
「どうでもいい。今日は……別れ話をしに来た」
「は? なん?」
私の実家の話まで飄々と喋る影山が、やっと口を噤んだ。本当にどうでもいいんだ、私の実家。
神崎家の従者としての従野家。命すら当主に捧げるべきとして、実際にうちのお母さんは、神崎のお母さんが死んで自殺したくらいだ。
……冷静に考えたら、ヤコセンってうちのオカンの仇でもあるのか。
……いやいや、ただの自殺でそんな風に考えるのはアタオカじゃん。私はそんな家のことは考えない。
「私のことが嫌いになったって? は~泣きそ……」
「いや、君にも危険が及ぶから。神崎のことも土愚のことも、俺の力不足だった。……俺から従野にできることがない」
「私のことを助けてよ」
「ケジメをつけることが、君を守ることに……」
「うるせ。ってか聞いてくれる? 別れたところでこのままじゃ数日中に死んだも同然なんだわ」
「……とりあえず聞くけど」
で、私は影山に軽く全部話した。美空が実家に戻ったらジ・エンドみたいな話と美空の父親がその実家にいるってこと。
美空のやつ、父親はそれほど親しくなかったけど、もし死んだらついでに会うか~、って気持ちくらいにはなりそうだし、死なれると困る。
「神崎家コエ~」
「だしょだしょ? とりあえず協力者とか募ってさ、なんとかしてやってよ」
「あー……分かった」
「助けてくれるなら別れても別れてなくても、どっちでもいいよ」
「適当言ってくれんなぁ。んじゃとりあえず、保留……別れた状態で保留で」
「なんでぇ。愛想尽きたん?」
「念には念をってやつ。安全なことに越したことはないからさ」
「んなの、次告ってきたら断るかもよ」
「待てって。じゃあ……神崎と従野を助けられたら、俺と付き合ってください。この告白の返事を保留するってことで」
「へ。かっこい。主人公みたいじゃん」
「怪我してなけりゃ、決まってたんだけどな」
影山がぴょいと飛ぶと、器用に窓枠に着地する。足元見てなかったぽいけど、すご。
「窓、閉めといた方がいいか?」
「あー、まあ」
「じゃあな。愛してるぜ~」
軽業師みたいな、っていうのは美空の飛び降りの時も思ったけど、本当に影山は凄いなぁ。
時間も時間だし私も寝よう、と思ったけれど、早く治らない方がいいかもしれない。
とにかく、手をこまねいているのは性に合わない。影山も、ヤコセンも、美陸も幽霊ちゃんも頑張ってんだ、美空のために。
私が美空のために何もしないなんてありえないっしょ。
そうは言ってもいつのまにか寝ていた。怪我人だし。




