表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/82

GENE2-9.貴方の望みは何ですか


「師匠、だから事前に教えてって。いつも驚かせないでください。慣れましたけど……あれ? 師匠? スー、師匠は?」

「おかしいです。気配がなくなりました」


 スーがひょこひょことウサギ耳を動かす。元兎人だからか、その探知能力はリサよりも上った。しかし、それでも師匠の存在を感じ取れないらしい。


 建物で覆われていた土の地面は湿気を含み、よどんだ空気が肺を満たす。そこは鬱蒼とした森に囲まれていた。屋敷の一角が消失して、完全に屋外に放り出された。垣根や庭や建物などの人工物全てが煙のようになくなったのだ。


 屋敷の中から外の景色は一切見えなかった。久しぶりの自然に囲まれた空間にリサ達だけが取り残される。いや、小さな人工物がぽつんと取り残されていたのだ。


「これは祠?」


 寂れた木の祠だった。リサの背丈ほどの高さしかなく、屋根は朽ち大きな穴が空いて、柱は傾き、今にも崩れそうだった。そして、悠久ともいえる時間を纏っている。


『この屋敷は簡単に消える、何しろお主が来ると聞いてわざわざつくったからの。屋敷なんてものはない。これが最後の種明かしじゃ』

「やっぱりいるじゃないですか。解除するまでわかりませんでした。そんなことまでできるんですか?」

『はは! こんなこと、まだまだ妾の能力の一端にすぎん』


 頭の中に師匠の声が直接響き、リサは声の方向を探ろうと見回した。隠れていればどこかに痕跡が残るはずだった。


『こっちじゃよ。祠の中を覗いてみろ』


 苔むした空気が鼻につく。腐敗した引き戸を引くと、ボロリと瓦解して地に落ちた。人の手に触れられて、精一杯役目を果たしたようだった。一辺が十センチほどの黒い立方体がぽつんと台座に飾られている。リサには見覚えがあった。


「師匠! これは!」

『お主は知っておるじゃろう? これはこの世界の核とも言える。大量の情報を含んだ結晶のようなものじゃよ』


 そう、この世界に来る前に見たことがある。元の世界にいた最後の日だ。大学から自宅に帰り、玄関で摘まんだ、あの真っ黒なキューブだった。どんな光でも飲み込んでしまいそうなほどどす黒い。


「説明して下さい! 一体何がどういうことなんですか!? 師匠はいつもそうです! ちゃんと説明して下さい!」

『ははは、すまんのう。じゃが、お主ならもうわかっているじゃろう』

「……今まで見てた師匠は全部イメージの投影ってことですか?」

『正解じゃ! やっぱりわかってるんじゃないか。そう簡単に他人に正解を求めるな。お主は自分で答えを導き出せる。自分の直感を信じてないだけ』

「そんなこと言わないで下さい。師匠の説明不足にも問題はあります」

 

 夜風が妙に冷たい。

 師匠は屋敷の中で幻のように現れて、消える。まるで幽霊みたいだった。

 そう、あの師匠が本当に存在しているか、リサは確信を持てずにいた。殴った感触は固く、生理反応が見られない。屋敷の生活はいつも絡繰人形を通して、間接的に世話をしてくれた。


 息をのむような美しさも、ずっと能力を使って、そう思わせていただけだったのか。


『これまで全て能力を通してお主と接してきた。本当は触りたいが、それもできない。能力で髪を切るなんて、言ってることとやってることが矛盾してしまったのう……』

「これが師匠の本体なんですか?」

『そうじゃ、本当はお主より小さかったのじゃ』

「そういう冗談はいいですからっ」

『……リサよ、生きているとはナンダ?』


 頭の中にある師匠の声は真剣であった。しかし、機械的な音声だった。しかし、リサは込められた意志をしっかりと感じた。


『息をしていることカ? 心臓が動いてイルことか? 少なくとも妾は今の状態を生きているトは思わない。思えない。ほとんどシんでおる。残酷なことにちゃんと死にキれていない。あるのは意識だけ、彷徨うこともできず、朽ちることもない』

「師匠教えて下さい。ここで何が起きたんですか?」


 何かのスイッチをオフにしたように、いきなり師匠の声が無機質になっていく。その声から感情が読み取ることは、もう無理だった。


『四百年前じゃ。全ては四百年前のゲームデの。当時のプレイヤーに裏切られた』

「裏切られたんですか?」

『深夜の襲撃じゃった。未だに裏切られた理由はわからん。その時のプレイヤーは無口な奴でのう。考えているコトが全くわからんかった。ともかく、奴の目的は世界を読み取ることがでキるエアを奪うことだった。妾とエアが住んでいる屋敷は跡形もなく破壊サれた』


「どうしてここに閉じ込められたんですか?」と目の前の黒い立方体を見る。


『閉じ込められたというのも少し違う。奇襲で妾は致命傷を負った。記憶はあやふやでのウ。死ぬ前にエアが妾の意志を、コのキューブに移植したのじゃろう。気付けばこコに縛られていた』

「エアさんはどうなったんですか?」

『その時連れ去られたのじャろう。もう生きているか正直わからん。その裏切ったプレイヤーへの憎しみなんてもうナくなってしまった。お主へお願いした『エアの救出』は、このキューブの中に辛うじて残っている妾の唯一の願い――なのかのう。もうそう言い切る自信もない』


 目の前のキューブはピクリとも動かない。


『意志だけの状態がそもそもオカシイのじゃ。肉体なき意志はただ腐っていく。肉体と精神の結びつきはとても大事なものだと、この四百年で思イ知っタ。感覚がなくなって、感情がなくなっていく。こんな屋敷を整備しても、何にも思わない。美術品を見ても何も感じない。モウ乾ききってシマった。妾は屋敷の人形と何も変わらない。いや、それ以下か。身体もない、ただの情報の塊じゃよ』


 それは違う。否定したかった。師匠はあんなにも人間らしかったじゃないか。


『残されても、引き継がれずに乾いていく。時間の経過と共に意志が薄れ、死ぬことはできなかった。未練が楔のように妾を留めてイルノカもシレない』

「そっそんな師匠は……」

『お主達とのコミュニケーションは、ほとんど過去の六百年分の記憶を参考にしている。思考しているのも六百年間の意識の残滓じゃよ。身体がないとはそういうことじゃ』 


 師匠はリサの言葉を待つことなく、メッセージを発信し続ける。


『これまで接してきたのも六百年目の妾であって、六百一年以降の妾ではない。もちろん千年目の妾でもない』


 そして、淡淡と否定し続ける。


『今までの妾は過去の情報が対応しているだけ。パターンによって音声が流れる、エアの本と大差ない。これまでも全て機械的な対応、パターンに対する多様な反応でしかない』


 でも、ただの信号だとは思えない。今まで見てきた師匠が、過去の投影という記号なんかじゃない。リサはそう思ってしまう。

 贈り物の装備も、切ってもらった髪も、リサにとっては師匠が生きていた証だった。死んでいるとは思えないのだ。


『しかし、久しぶりに生き……た心地がした。これが感情なのかのう、髪を切るなんてプログラムはなか……』

「そうです! そうですよ! 師匠は!」

『いや、生きていない。そして、死んでもいない。しかし、妾ハコレカライキレルノ』

「――何を言ってるんですか? 師匠何をする気ですか!?」


 それを最後に師匠の声がブチリと切れた。誰かが彼女の電力の供給を切断したようにである。

 全てが終わったように、唐突に空間が爆発した。

 熱された空気が膨張して、古びた祠が消し飛んだ。隣にいたスーも瓦礫と一緒に、森の茂みまで吹き飛んでいった。リサだけがその場に固定されたように、直立したままだった。爆発の影響もほとんど受けていない。


「スー!?」


 リサと真っ黒な立方体を中心に術式陣が現れた。数メートルの半径の円にびっしりと刻まれている真っ赤な血文字の神子術式(プログラム)を読み取った。


「エネルギーの転移? 電気系統?」

『エアが妾をふうじ込めた時のものをサイ利用。対象は――リサに。モウトメラれない』


 術式の起動を示す白い光が明滅する。師匠の声が次第に小さくなっていく。

 感情を乗せた声だった。一瞬だけ戻ったのだ。師匠はまだ死んでいない。意志が朽ちたわけではない。神子術式(プログラム)の抜け道を探すが、内容に介入する隙はない。自分が消えた後の事後処理までしっかりしていた。そんなの師匠らしくない。


「楽しかった。明日、手紙を渡すから。やっと果たせる――」


 最後は人の声にリサは聞えたのだ。

 黒い立方体から鈍い駆動音が響き、キューブから大量の世界の断片(コード)が噴き出した。大量の白い光の粒子、ランの情報が、リサの身体へ移っていく。


「いらない!! やめて!! 師匠!! お願いだからやめてよ!!」


 リサの頭の中に声が響く。それは、あの時に刻まれた言葉。彼女のメッセージが脳天を突き抜ける。


『ランちゃんを助けてあげて!』


 エアの言葉だった。ずっと昔に読んだメッセージが勝手に再生された。そんなことわかっていた。やりたい放題やって、勝手に消えるなんて許さないと、リサは無我夢中で手を伸ばす。


 これまでの地獄のような修行を受けてきた。勝手に人を巻き込んで、いじめっ子のようにリサを嬲って、明らかに彼女は楽しんでいた。あれが、あの師匠が機械だなんて思えない。血の通っていないプログラムだなんてありえない。


 それはリサが一番知っていた。もっと私のワガママで振り回してやる。


「馬鹿師匠!!」


 右腕を思いっきり振り上げて、師匠が封じ込められている黒い立方体を鷲掴みにする。能力を使うかどうかの悩みなんて消え去って、自分の意志に身をゆだねるだけだった。


挿絵(By みてみん)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ