そのなな
――7――
立ち上がるのもやっとなほどにぼろぼろになった師匠。
そんな師匠が変身して、それからもう一度変身した姿に、思わず息を呑む。
――体を包み込むのは、魔法少女衣装。
「前口上なんかいらないわよね?」
――深い瑠璃色と、血のような赤。
「名乗りはもう済ませたし」
――フリフリはそのままに、ダメージデザインが加えられ。
「あとは……」
――ステッキは二つに分かれて双剣に。
「あたしに夢中にしてあげるから」
――スニーカーはリボンのついたヒールに。
「愉しく、たのしく」
――そして、なにより。
「遊びましょう?」
――わたしよりも背の低い……少女の、姿。
師匠は、魔法少女の掟で少女になれないと言っていた。
なのに今、可愛らしいツインテールを揺らして愉しげに笑うのは、どう見ても十歳くらいの――仙衛門さんに見せて貰った写真の、“当時”の師匠と変わらない。
「面白い手品ね? じゃ、爆破するわ」
「無理よ。だってあの龍の核、ここにあるもの」
師匠が、ラピがリリーちゃんに見せつけるのは、黒い水晶のような球体。
リリーちゃんはそれを見て、目を瞠る。
「どうして?! だって、魔法は――」
「なんで闇堕ちしたあたしが、お行儀良く詠唱しなきゃいけないの?」
「――な」
ラピはそう言うと、ラピ自身の体に手を這わせながら恍惚に笑う。
あわわ、あわわわ、し、ししょうってせくすぃ……って、違う。思考が逸れた。
「いーい? 掟なんか必要ないの。少女にだってなれるわ。詠唱しなくてもイイ。だから、ずぅっと愉しくできるの。……さぁ、理解できたのなら始めましょう?」
「っそれで? 地力が上がるわけじゃないんでしょ? なら、私の方が強い!」
リリーちゃんが大量の鎖と剣を出して、手をかざす。
すると、ラピちゃんが無理矢理その場に固定されたように動かなくなって、抵抗もできないまま剣と鎖の山に消えていった。
でも。
何故だろう。
「あはははははっ、口先だけじゃない!」
「本当に、ねぇ?」
負けてしまう、気がしない。
――/――
理由はわからない。
トリックは知らない。
でも、絶対に自分は負けないという確信と自信。その両方をぐちゃぐちゃに潰してあげられると思うと、お腹の奥が疼くほどに興奮する。
「っえ?」
手初めに、後に回り込んであげた。
やったことは、ごくごく単純。
“祈願”
“転移”
“成就”
たったこれだけの詠唱を、脳内でさっさと済ませて転移して。
紫の綺麗な髪をかき分けて、首筋に顔を埋めるように後から抱きついてあげる。
「はぁい♪ あら、良い匂い」
「なっ!? く、離しなさいよ!」
暴れても、離してあげない。
代わりに耳たぶを舐め上げながら、囁いてあげる。
「ねぇ、ほら、使ってみてよ。お得意の“重力操作”」
「ぁっ、なっ、“斥力”!」
「はい、ハズレ♪」
空間にかかる圧力。
さっきからずぅっと“私”にかけていた、重量操作の才能。
けれどもちろん受けてなんて上げなくて、転移で正面に回り込む。そうしたらぷっくりとした可愛い唇を半開きにして誘っていたから、導かれるままにその幼い果実に貪り付く。
ん、ふふふ。
可愛い可愛い“私”の弟子の、凍り付くような視線が心地よい。
「きゃぁっ――んむっ?!」
「ちゅっ、ん、はむ、ん、ふふふふ」
「ちょっ、師匠?! えっ、な、なななな?!」
子供の唇に、オトナの口づけ。
可憐で華奢な体を地面に引きずり降ろすと、一度唇を離して、頬を舐める。
「んっ、人間の分際で――」
「そう、あなたはたかだか人間に、組み伏せられて食べられちゃうの」
「――ひっ」
怯える瞳を覗き込んで、白くて細い首筋に噛みつく。
滲んできた赤を舐めとると、リリーの体がびくりと跳ねた。
「やぁっ、ぁ、いたっ」
「おいしー。生気が濃厚ね」
「こんな、こと、なんでっ」
なんで? 当然、悪魔の濃厚な力を吸収して我が物とするため。
けれど、そんな理由をいちいち説明してあげるほど、あたしは優しくないの。ごめんねぇ?
だから次は、意趣返し。散々遊んでくれたのだもの。あたしも真心込めて、お返ししてあげなきゃ、ね?
「ほら、次はお散歩ごっこよ」
“魔を貪る狼縛の鎖”。
呼び出した赤黒い鎖がリリーの腕に巻き付くのを見届けると、その小さな体を投げて振り回す。
「きゃああああああっ」
「あっ、ははははははっ、ほら、もっと愉しみなさいな!」
「くぅ――調子に乗らないでっ【闇王の饑餓】!!」
リリーの放った黒い球体が鎖を焼き切ると、そのまま周囲のものを吸い込み始めた。
けれど、あたしはその程度引き寄せられたりはしない。あたしを抱き寄せて暴きたいのなら、もっと激しくしてくれないと、ねぇ?
だから、球体に向かってステッキ剣を投げる。すると、剣はあっさりと球体を貫いて、咄嗟に避けたリリーの服を切り裂き、突き進む。
「キャッチあんどリリース」
「は、速いッ!?」
その剣を転移で回り込んで受け止めると、驚愕に歪んだリリーの顔を拝めた。
そう、そう、そうよ、そうやって思い知って? 無力と絶望に足掻いて、快楽と享楽に溺れて、愛に沈んでいく様をあたしに見せつけてちょうだいな。
「【重帝鋼剣】!!」
――巨大な闇の剣を、片手の剣で流し。
「くぅっ、もう一撃!」
――横薙ぎに振るわれたそれを、双剣で弾き。
「闇よ!」
――足下と頭上から襲いかかる影を、切り刻み。
「“斥力”……きゃあっ」
――影響を受けず、唐突にリリーの首筋に噛みつき。
「【闇王の裁定】……なっ」
――リリーが発動しようとした技の、基点の球体を握りつぶし。
「そろそろあたしのターンよね?」
――斬って。
「くぁっ」
――斬って、斬って、斬って。
「ひっ」
――斬、斬、斬、斬斬斬斬斬斬、斬、と。
「こんな、ことって!?」
抵抗も空しく、ゴスロリ服を切り刻まれて、リリーは刃物の迫る恐怖からか顔面を蒼白にさせる。
やっていることはとーっても簡単。
“超越者の舞踏”で肉体を超強化して。
“望みしもののみを斬る剣”で服と気力だけを斬る。
そうすれば、ほら。
「たーんとお食べ?」
――ズンッ
「づっ!?」
容赦の欠片もなく、あたしの蹴りがリリーのお腹に突き刺さる。
極限まで“痛いだけ”に調整された重くて強ぉーい一撃は、リリーの小さな体を軽々と吹き飛ばした。
ほら。
できあがるのは、折れゆく心を抱きしめた、可愛い少女が残るだけ。
「ぐぅ、げほっ、げほっ、く、ぅ……こんな、なんで? いくら闇に堕ちたとはいえ、根は善良な一般市民じゃなかった、の?」
「そうよ? それであってるわ」
そう。
なにも間違っていない。
あえてヒールを鳴らしながら近づくと、リリーはへたり込んで、後ずさる。
「いい? 観司未知は善良よ。SだったりMだったりはせず、虐めるのは嫌いで虐められるのは振り払う。特殊な性癖なんか持ってないの」
平凡で普通。
優しくて、気遣い屋で、けれど芯の強い“私”。
「な、ら」
「だからよ」
「え?」
だから、“あたし”はこうなった。
首を傾げるリリーに顔を近づけて、優しく優しく教えてあげる。
「“闇堕ち”して“反転”したあたしは、フラットな観司未知の対となる。つ・ま・り」
「ひぃっ」
ガンッと、リリーの胸ぐらを掴んで、地面に押しつける。
痛がり、怯えるリリーのお腹に跨がると、想像していたものよりもずっと濃密な快楽が、背筋を電流のように奔り抜けた。
んふふふふ、はぁ、ぁ、気持ちイイわ。リリー、あなた、本当に素敵。
「――あたしって、ドSでドMなの。あなたをいたぶるのはドキドキするし、丸々残る記憶に悶々として苦しむ“私”のことを考えるだけで、ぞくぞくしちゃう」
だから、屈辱的な目に遭わせる。
そう言外に伝えたのが伝わったのだろう。リリーは、わかりやすく顔を引きつらせた。
本当に、想像しただけで愉しくなる。
敵とは言え幼い少女を引きずり回し、いたぶり、可愛い弟子の前で唇まで奪った。
その後悔に打ち震える様を想像するだけで、こんなにも胸が熱くなる。
「だから、ね? あたしはこのあと忙しいの。ヘタレ系中二病を誑かして、シスコンむっつりを性の衝動に解き放たなければならないのよ。だから、お願い」
「おね、がい?」
恐怖? 困惑? 畏怖?
いいわ。素敵よリリー。
あたしに、燃え上がるような感情をぶつけてちょうだいな♪
「そ。あたしの手をこれ以上、煩わせないために――ここで、さようなら、しましょう?」
「ひっ」
振りかざすは剣。
その双剣がバチバチと稲妻を走らせて。
二降りを、リリーの両脇に突き刺した。
「快楽の稲妻に溺れなさい――」
その、怯える表情すらも、あたしにとっては快楽でしかない。
「い、いや、やめて、やめなさい、あ、ぁぁっ」
だからあえて、酷薄に笑って魅せた。
「――【闇夜の赤雷】」
飛び退き、その場に赤い稲妻が落ちる。
「いや、ぁ、ぁ――」
――ズガァンッ!!!!!
「――ぁ、ああああああああああああああああっ!?!?!!」
悲鳴。
轟音。
稲妻が過ぎ去ると、天へと伸ばしていたリリーの腕が、力なく落ちる。
「ふふ、はははっ、アハハハハハハハハハハッ!!」
そして、闇色のステージにただあたしの笑い声が谺した。
「殺し、たん、ですか?」
高笑いを続けるあたしの背に、恐る恐る問いかけるのはあたしの可愛い弟子だ。
「いいえ。だって死んでしまったら、“私”の変態ぶりを語り継ぐひとがいなくなるでしょう? 復讐に来てくれたら、なお、良いのだけれど」
そう、恍惚に微笑むと、鈴理は目に見えて唾を飲み込んだ。んふふふ。初心で可愛い。
これから、なにをされるとも知らない反応に、疼く。
ゆっくりと鈴理に近づいて、結界を解除する。
それからおもむろに、鈴理の顎を持ち上げた。
「大切な生徒に手を出して、後悔に涙する“私”の姿を想像するだけで、愉しくて仕方がないの。だから、イイでしょう? 怯えて、泣いて、あたしに縋って?」
「あわ、あわわ、あわわわ……」
「あたしがあなたに、“トクベツ”なことを、教えてあげ――」
困惑する鈴理の瞳に、幼い“私”の顔が映る。
その目に揺れる感情は……あれ?
「――師匠って、あだるてぃ」
驚くほど、純粋に輝いていた。
「うぐっ……な、なに、なんでそんな純粋な目であたしを見るの?!」
なんで? えっ、ちょっと、なんでよ。
おかしいでしょう? あたしはあなたにこれから、“すんごいこと(自主規制)”するって言ってるのよ?
もう、“(検閲削除)”して、“(閲覧不可)”するって態度に表しているでしょう?
「今日はせくすぃで、かっこいいです、ししょー」
なのに、なんで、こんなっ。
「う、うぁ、や、やめて、そんな目でみないで、あ、あたしはこれから“マザコンエリート”にロリの魅力と、“姉ショタフェチ”にトクベツなコトを教えてあげなきゃいけないのに、そんな、そんな」
「ふへぇ、オトナです、ししょう」
あ、ああ、ああああああああ!?
なんで、どうしてこんなにあたしのことを信頼できるの!?
あたしは、あたしは、転移して“初恋こじらせ男子”と“弟子にときめくツンデレ少年”に夜の課外授業をほどこさないとイケないのに、のに、のにぃ……っ。
「――じょ、浄化されるぅぅぅぅぅぅっ?!」
“あたし”の意識が、どんどんどんどん闇に呑まれていく。
ああもう、こんなに早く引っ込まされるとは思わなかった。
だから、“私”?
もう今度は忘れられてなんてあげないから。
あなたの心の奥底で、あなたの痴態を愛でてあげるから。
あたしをたっぷり、愉しませてね?
ふふっ、あははははっ。
ああ、切り変わる。
“あたし”が。
“私”になって。
そして――。
――/――
ぽんっと、煙をあげて、師匠が元の姿に戻る。
スーツ姿はぼろぼろだけど、怪我は見当たらない。
良かった、って安心して顔を覗き込むと、師匠は何故か放心していた。
あ、あれ?
師匠、どうしたんだろう?
「師匠、助けてくれて、ありがとうございます」
「……」
声を掛けても反応しない。
「師匠、あの、その、いつもの師匠も素敵ですけれど、今日の師匠もあだるてぃで格好良かったです」
「…………」
「だから、あの、トクベツなコト、教えて下さいっ」
「………………」
「あの、師匠?」
「……………………」
「え、えと、ししょー?」
「…………………………」
彫像のように動かない、師匠。
揺すったり、突いてみても反応がない。
あれぇ?
「あ、そうだ!」
「………………………………」
「お疲れ様ですっ。今日の師匠も、格好良かったですよっ!」
「……………………………………ころして」
「えっ」
がくりとうなだれる師匠の前で、慌てることしかできなくて。
結局、わたしはお礼もままならないまま、“格好いい”と師匠を慰めることしかできなかった。
ど、どうしよう。
九條先生でも、鏡先生でも、誰か、師匠を助けてくださいぃ――!




