そのいち
――1――
始まりは、特専設立から四年後、今から十年前のことだ。
七つの特専が目標を持って競争し、互いに高め合うようなイベントが欲しい。
そう考案されたのが“遠征による特異能力者及び魔導術師競技優勢校決定戦”――即ち、“遠征競技戦”である。
競技の種目は以下。
チームに渡されたフラッグを破壊、もしくは確保し合う“フラッグ・キャスト”。
機密書類が入っていると設定されたトランクを守りながら、目的地までの道程を競い合う“トランク・コンバート”。
異界をイメージして作られた箱庭で、謎を解き脱出する速度を競う“フロア・エスケープ”。
同じく異界をイメージした箱庭で、指定物を複数チームで探し出す“フロア・サーチ”。
九十秒間で異能や魔導によって映像を作り上げ演出する、“スクエア・フィギュア”。
保持と破壊に分かれ、人間大の柱を指定時間競う“ブレイク&ホールディング”。
エリアに配置されたターゲットを破壊しながらゴールに向かう“シュート・レーシング”。
この七つに、エキシビションマッチ。
教員同士による“セブン・クロス・マッチ”。
英雄が相手取る“ヒーロー・エディション”。
そして、総合優勝校が代表を選抜して、教員及び英雄の中から好きな相手を指定し、観客の前で戦うことができる“トータル・エキシビション”。
この三つが加えられる。二泊三日で行われる、観客込みという意味では特専で最も色めきだつ目玉イベントである。
では、そんな大がかりなイベントをどこでやるのか、というと――
「すごいね、よく作ったよ、こんなもの」
「七は初めてだったかな?」
「うん。特専に所属か国営競技団体に席を置いていないと、行く機会はないからね」
「確かに、そうだね」
特専の生徒たちを乗せた大型客船。
その甲板に立つ七は、眼前に見える光景に感嘆の息を吐く。
その視線の先にあるのは、大きな“島”だった。
――そう、この“島”こそが競技戦の会場。
静岡県沖に存在する、巨大な人工島。
その名も、“パイオニアシティ”だ。
「各競技施設は設備が充実していて面白いし、歴代の競技戦データの閲覧ができるということも見所のひとつだよ。七も、きっと気に入ると思う」
「そっか、うん、楽しみだよ」
七はそう朗らかに笑い、それからふと、私の髪を撫でて微笑む。
「未知と一緒なら、なおさらだ」
おおう。
こういう天然ジゴロなところは本当に、もう、手に負えない。子供の頃は背伸びをした可愛い男の子でしかなかったが、大人になると妙な色気があってドギマギさせられることがある。
弟分、という意識がなければ勘違いしてしまうことだってありそうだ。この女泣かせめっ。お姉ちゃんは悲しいっ。
「そう? 私なんかよりも、ぴちぴちの女子高生と一緒の方が、嬉しいのではなくて?」
悔し紛れにそう、悪戯めかして投げかける。
すると七は少しだけ驚いて見せて――それから、びっくりするほど艶やかに微笑む。
「嬉しいな。ヤキモチ、妬いてくれたんだ? 大丈夫、僕の目には未知しか映ってないよ。そうだ、心配なら証を残してあげよう。花びら一枚、赤く綺麗に咲かしてあげるよ」
七はそう、私の腰を抱き寄せる。
そして、私の首筋に、ゆっくりとその唇を寄せていく。
ちょ、ちょちょちょちょ?!
どどどど、ど、どうしよう?!
というか見ない間に七も大きくなったなぁ昔は私よりも小さかったのにいつの間にかぐんぐん身長が伸びてほらなんか胸板も華奢に見えて意外と硬くて安心感があるし将来の奥さんは幸せだろうなというか花びらってなに咲かせるってどういう意味なのあわわわわ。
「な、な」
吐息が、首に。
「まっ、ちょっ」
温度が、肩に。
「ぁ」
唇が、肌に――
「おいこらそこまでッ!」
――吸い付く前に、べりっと剥がされる。
「ひゃぁっ」
「チッ……邪魔しないでくれるかな? 獅堂」
びっくりするほど整った顔立ち。
無駄に綺麗な顔が、ぎらぎらと七を見据える。
「誰も見ていなかったからいいものを、どうするつもりだっんだおい」
「見てなかったんじゃないよ。見ない“流れ”にしていたんだ」
「ハッ、セクハラで確信犯とは、ずいぶんおっさんくさくなったじゃねぇか?」
「正真正銘のおっさんに言われたくないね。枯れて嫉妬しているのか? 獅堂」
額を付き合わせてにらみ合う二人から、そっと距離を取る。あれで本当に喧嘩をするわけではないのだから、本当に、仲が良いんだか悪いんだか。
「はぁ、ふぅ」
思わず少し、深呼吸。
いやー、それにしても。
「七、どういうつもりだったんだろう?」
「初心な師匠をからかったんですよ。もう、男の子っていっつもそうなんですからね!」
「そっかー、なるほど……って、鈴理さん!?」
気がつくと、直ぐ横に並んでいた鈴理さん。
うん、今日もふわふわ癒やし系だ。落ち着く。
「どうしてここに?」
七が“流れ”を操作していた、という以上来られないはず、なの、だけれど?
「すごく師匠に会いたい人は抜けられるんだと思います。九條先生も、それで割って入られたんだと思います」
「そっか、そうだよね。動揺しすぎていてわからなかった。ありがとう、鈴理さん」
「えへへ、どういたしまして、ですっ」
しかしそうか、からかわれていた、か。
きっとモテモテの七にしてみれば、お堅い教師の私は“そういった”からかいの対象になってしまうのだろう。
そう考えるとしっくり来る。前世はともかく、現世は恋愛経験0な私。からかわれるのも姉貴分のつとめかと、大きく息を吐く。
「みっともないところを見せてしまいましたね、鈴理さん」
「いえっ。本当は、もっと頼って欲しいくらいなんですからね!」
「ふふ、そう、ありがとう」
うーん、和む。
と、そうこうしているうちに港にだいぶ近づいてきた。
「――だからテメェが」
「――それは、獅堂が」
「二人ともー、そろそろだよ?」
未だににらみ合う二人に一応声を掛けて、船着き場を見下ろす。
さて、それではついに。
遠征競技戦。その第一歩に、踏切、かな。
ところで。
「まったくお二人とも師匠はピュアなのにこんな。やっぱりわたしが師匠を守らなきゃ」
鈴理さん、小声で何か言うのは怖いからやめて。
あと、笑顔なのに空気が重い気がするのは、いったい……?




