そのろく
――6――
美しい青の世界。
静謐な繭の海域。
全てが青に覆われた世界の中、複数の男女が珊瑚でできたテーブルを囲む。
「そろそろ領域拡大が必要か。まだ抜けんのか? 空」
そう、気怠げに問いかけるのは白髪の男。羽織袴に描かれた家紋は、六角結界。
――退魔七大家序列七位・紫理当主・洞眞。
「難しい。黄地も厄介だけれど、あなたの息子がもっと厄介」
全てに興味を示さず、眠たげに地図上の駒を弄ぶ青目の少女。彼女は面倒くさげに、柔らかい髪質の黒いポニーテールを結い直す。
――退魔七大家序列三位・青葉当主・空。
「赤嶺が動きを見せない。アルハンブラも追求すべき」
そう、黒い外套がもぞもぞと喋る。今日も、昨日も、あるいは明日も体格の違う謎の人物。幹部に名を連ねながらも、あくまで“雇われ”の姿勢を崩さない暗殺者。
――影の者・サイレントエッジ。
「カッ……余分も全て殺し尽くせば良かろう。なに、儂が行ってやろうか? 選民思考に寄る優秀異能者の改心も良いが、寝首を掻かれても仕方在るまい」
そう楽しげに告げるのは、褐色肌の小柄な少女。豊かな黒髪と金眼と、残虐な笑み。
――殺塵姫の異名を持つ異能者……キアーダ・トゥ・サナート。
「いや、貴殿の出番はまだあとだ」
そう、円卓に告げる影。
三対六枚の天使と悪魔の翼を持つ、くすんだ銀髪の男。両目を固く閉じたまま、ただの一度も開くことはない。それでも円卓の者たちが見えているかのように、堂々と佇んでいる。
「揺らぎを察知した。おそらく、何らかの手段で遠方より転移させたのだろう」
「遠方?」
外套の影、サイレントエッジの疑問に、男――ダストは頷く。
「亜細亜か、欧州か、もしくは南極にでも隠していたか。長距離転移の揺らぎだ」
「場所は?」
「日本。行けるか? ――サイレントエッジ」
「わかった」
会話を終え、瞬時に掻き消えるサイレントエッジ。
その影を見送ると、ダストはゆっくりと踵を返し、“聖樹の間”へと帰還する。
「――相変わらず、不気味な男」
「なんじゃ、空? お主、裏切る気か? であるのなら、儂が遊んでやるが?」
「あなた相手と戦うのも良いけど、今は赤嶺や黄地が気になる。味方の時は手が出せなかったから」
「カカッ、相変わらずの戦闘狂じゃのう。まぁいい、いずれ時は訪れよう」
姦しく雑談する少女二人。
それをつまらなそうに眺めていた洞眞は、ふと、首を傾げる。
(赤嶺……そういえば、赤嶺はどこにいる? 俺ですら直接見たことはないが、相応の強者だと聞く。にも拘わらず、姿を見せない。では、気がつかれないようにするには、誰の協力が必要だ?)
洞眞はそう考察し、やがて凄惨な笑みを浮かべる。
すると、その笑みにいち早く反応したキアーダは、無垢な少女のような表情を浮かべて洞眞にすり寄った。
「――洞眞おじーちゃん。なにかいいことでも思いついたの? キアにも、教えてほしーな?」
「気色悪い真似をするな。なぁに、俺も盲点であったというだけのこと。紫理に不相応な忌々しい小娘を、おまえにくれてやったことがあったな? キア」
「んー? あんまり覚えてないなぁ。いっぱい食べてると、どれがどれだか☆」
「突っ込まんぞ?」
「カッ、構ってくれてもいいんじゃぞ? “おじーちゃん”?」
キアーダの演技に、洞眞は心底嫌そうに顔を顰める。
だが、諦めたように頭を振った。そもそも、このキアーダという女に、人間の感性を求める方が無駄なのだから。
「――あの小娘が片付けば心を入れ替えるかと思えば、ぐだぐだと訳のわからないことを言って引き籠もる始末。よもやあそこまでの愚息だとは想定外であったが……くくっ、あやつの才覚ならば、心折れたと見せかけて愚民を匿うのも可能」
「ほう? ならば……」
「やつの結界、霊力を辿って襲撃をかける、というのはどうだ?」
「カカッ、ちょうど任務に赴いたサイレントエッジごと、か?」
「あのような素性の解らぬものが身内にいては、不安だろう?」
男は笑う。
女も嗤う。
その光景はまさしく、悪魔の晩餐。
生贄を求める、鬼畜外道たちの会合。
「それ、私が行っても良い?」
「ま、主ならそう言うじゃろうなぁ。もしお主の手に負えん相手なら、儂の糧にもなり得るか。どうじゃ? 洞眞」
「行かせてやりたいが、さて、どうしたものか。俺でしか、結界は辿れんぞ? 一緒に行くか?」
「――私だけで愉しめないなら、後にする」
「く、はは。良かろう。魔天兵を連れて行く。玩具でも手数にはなり得よう」
洞眞はそう楽しげに嗤うと、聖樹と真逆の方向へ歩いて行く。
――やがて、その姿が見えなくなると、空はキアーダに変わらず興味の無さそうな目を向けた。
「どう思う?」
「赤嶺、黄地、紫理、謎の転移者。カカッ、座して情報を得られる機会が巡ってこようとは、日頃の行いというべきか?」
「ん。洞眞は短絡的。だから、息子の恋人をあっさり殺す。囲って飼わせる方が、使えるのに」
「カ、カカカカッ、言ってやるな。だからアレは、血に縋るしかない。可愛い物じゃないか。クカカカカカッ!」
少女二人は小さく嗤う。
姦しく、艶やかに、くすくすと嗤う。
悪魔よりも悪魔らしく、化け物よりも歪に美しく。
闇の花はそうして、微睡むように嗤った。
――/――
一息吐いた私たちは、まず、目的についての共有をすることにした。
先ほどと同じように、私が魔導術でホログラムを出し、提示していく。
・敵の拠点探し
・サーベの捜索
・敵の目的の割り出し
・ダストの排除及び目的の阻止
最初に話し合ったときは順番を明確にしていたが、ある程度は順不同で良いだろう。こだわらず、敵の拠点探しを中心に集められた情報を精査していく。そしてこの場で行うのは、彼女たちが今まで集めてきた情報と統合し、最短ルートを導き出すことだ。
「一応、私たちも調べてはいたのだけれど」
そう切り出したのは、千歳さんだった。彼女は展開された広域マップを見て、指を指しながら説明する。
「そもそも、最初からアメリカ大陸を占領されていたわけではないのです。最初はどこからともなく現れ、消える。その間に八方手を尽くして拠点を探しましたが、見つかりませんでした。おそらく、地上にはないと見て間違いないでしょう」
「おれたちも、状況を傍観していた訳ではないからね。方々手を尽くしてわかったことは、地下ではないというだけだ。その上で優先的にアル・サーベが狙われたとなると――」
そうか。サーベは七と同一存在だ。となると、彼の相性は“水”に向いている。
「――敵は海、ということですか? 紫理さん」
「はい。もっとも、警戒域の外側……ハワイ諸島より東だろうということ以外はなにもわからないのだけれどね」
海かー……。サーベが本腰を入れて調査をすれば見つかるかも知れないけれど、そのサーベが捕らえられている以上、それは難しいだろう。海かぁ、大陸よりも広いからなぁ。でも、絞れただけありがたい。
「つまり、ある程度は大陸の近海に沿って各地で情報を集める必要がある、と」
「発言、良いですか?」
そう手を上げたのは、冷静に話を聞いていた夢さんだ。夢さんは、私が頷くのに合わせて提案を始める。
「人を分けた方が良いでしょうね。秘密裏に動くことを考えたら、水に適した人間が海上から、潜入と戦力に長けた人間が敵の本拠地、旧アメリカ大陸から。情報はハワイに持ち帰り、そこで防衛しているレジスタンスチーフの下で統合する……なんていうのは、どうでしょう?」
人員を分ける、というのは私も考えたことだ。けれど、それでは個々の危険性が増す。でも、少人数の利点を生かすには、良い案だ。海上から、というのは無謀なので吟味するとしても、アメリカに潜入するというのは悪くない。
では、どうやってそれを成すか。それが問題ではあるのだけれど……うーん。
「あの、師匠。空からはダメなんですか?」
「魔天兵がいます、難しいでしょう」
魔導術式に反応しなかったが、全域マップを作成する際に上空に気配を感じた。難しいだろう。魔導術師だけで固まると、静音さんが孤立してしまうしね。
「――集合場所はハワイ。とりあえず、それだけは決定ですね」
「千歳さん?」
「どこからかぎつけたのか。優秀な鼠がいたものです。羨ましい」
まだ判別も間に合わないまま、紫理さんがドーム状の結界を張る。その結界に突き刺さるのは、複雑な呪文の刻まれた呪符が張り付けられた、数本のクナイだ。
クナイは火花を散らし爆発。屋敷を焼き壊しながらも、結界には傷一つ無い。
「隠密の仕事にしては派手ですね」
「応援を呼ばれる心配がなく、気配に敏感な優れた術者がいる空間を奇襲するのなら、常套手段ですよ、赤嶺様」
夢さんはそう告げると、持ってきた鞄から一振の刀を取り出す。柄は黒地に蒼い布、鞘は澄んだ海色。鍔まで拵えられた、夢さんらしくない……けれど、妙に似合っている小太刀だ。
「退魔五至家、鉄との共同制作、魔導霊刀“蒼灰”です。まさか、これのお披露目がこんな遠方だとは夢にも思いませんでしたが」
「夢ちゃんだけに?」
「す、鈴理?」
「ごめん、なんでもない。なんでもないから無理に笑おうとしないで静音ちゃん!」
混沌とし掛けた場を、咳払いで押しとどめる。
みんなが警戒を強める中、冷静なのは千歳さんくらいだ。彼女を庇おうと前に出たアリスちゃんの方が、よほど警戒しているようにも見える。
「外に出ましょう。これ以上この空間で暴れられると、拠点を一つ失いかねない」
「では幸眞、私が道を作ります」
「承知」
紫理さんの言葉に、千歳さんはこくりと頷く。
そして、掌を頭上に掲げた。
「万象焼却【気焰練】」
――それは、真紅よりもなお色濃い赤。眩い赤い炎が天井を灼き、空を見せる。そこへ紫理さんが結界の道を築いて通路を作ると、足下に展開された光がわたしたちをエレベーターのように持ち上げた。
そのまま、森の中へ排出される。眼下には偽装の方のボロ屋敷があり、どこから出てきたなんて判断できないほどだ。
「空間の異相がずれた! 近くにいる人間の手を掴んで!」
紫理さんがなににそんなに慌てているのかは理解できない。けれど、咄嗟に一番近くの千歳さんの手を取り、千歳さんは紫理さんの手を取った。見れば、鈴理さんたちも四人で手を取っている。
「対衝撃!」
紫理さんが叫ぶのと同時に、空間が揺れる。この感覚は覚えている。かつてワル・ウルゴが使い、今はリリーも操っている次元吼と同じようなものだ。
私たちは敵の思惑どおりなのか、二手に分断されてしまった。なんとか空中に投げ出されながらも体勢を整えると、同じように苦戦する鈴理さんたちの様子を確認し――彼女たちに迫る影に、気がついた。
「ッ【速攻術式】」
展開。
「【麻痺弾】」
確実に標準を定めるために、狙いを付ける右手に、左手を添えて。
「【展開】!!」
着弾。稲妻のようなエフェクトと共に、影が鈴理さんたちから弾かれる。同時に、千歳さんが私が離してしまった手を掴み直そうと伸ばしてくれるが――
「未知!」
「ッ千歳、さん」
――一歩、及ばず。
「紫理源流」
しわがれた声。
紫理さんの、驚愕の表情。
「八式結界【真】」
私と千歳さんの間に敷かれた透明な壁。
同時に、再度屋敷の方で爆発。文字どおり視界が歪み、渦のような空間に放り込まれる。亜次元? いや、違う。黒い床で覆われた、洞窟のような空間。これは、“異界”だ。
「ッ――分断された」
もう、誰の姿も見えない。静まりかえった空間の中、私はただ、唇を噛む。
「お願い、来たれ」
手段は選んでいられない。私だけ閉じ込められたのであれば、直ぐに援護にいかないと!
「【夜王の瑠璃冠】」
そうして、私の手の中に瑠璃色のステッキが――現れない。
「えっ、あれっ……る、【瑠璃の花冠】? でも、だめなの??」
まるで、最初にここに来たときのようだ。ステッキは反応せず、動く様子を見せてくれない。この世界に対する情報が少ないから? それとも、この空間のせい? 情報が明確だった転移直後ならともかく、紫理さんから話を聞いた時点では魔法少女をやるには十分すぎると思ったのだけれど……ううむ。
「せめて、お願い、応えて――」
私は、私の内側に語りかける。
想意精霊。瑠璃の花冠に宿る絆の結晶。
せめて、彼女に――
――Pikon!
【※新着メールが届きました!】
「は?」




