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そのじゅうはち

――18――




 クロック・シュバリエ・ド・アズマ。

 仰々しい名前の彼と出会ったのは、例の如く魔法少女として戦闘している最中だった。今にして思えば、ゼノの量産型のような銀色のリビングアーマーが、数百数千体と現れて手が付けられなかったとき、突如救援に現れたクロックは、月光をスポットライトのように身体に当てながら跪いて、こう、言ったのだ。



『この身は騎士であるが、主を保たぬ身。だが、主無くして剣は抜けない。少女よ、どうか俺にこの剣を捧げさせて欲しい』



  剣を捧げる美貌の騎士相手に、どぎまぎさせられたのは私の黒歴史に違いない。それほどに、本性をまるっと隠したクロックは、強く怜悧な騎士であった。

 私は当時そんなクロックの言葉に頷いて、彼が剣を捧げることを許した。するとクロックは立ち上がり、並び立つリビングアーマーたちをまっすぐに見つめてこう、言ったのだ。



『これより、我が幻理の剣は我が姫とともにある。魑魅魍魎の騎士たちよ。我が姫に牙を剥きたくば、この忠義の騎士の屍を越えて往け!』



 クロックの異能には、いくつかの制限がある。

 それは彼が彼の異能、幻理の法典によって定めた、限界を超えるための条件であるらしい。



 一つは、剣を捧げる主がいること。

 一つは、主に牙を剥く敵がいること。



 このたった二つが大きなもの。あとの細々としたルールは、まぁどうにかなるようなものであるらしい。

 これらをクリアーして、己の力をすべて万全に使いこなしたときの彼は、それはもう強かった。




 感情領域イモーション・コントロール

 空想哲学(リリカル・ロジー)

 幻理の法典(マイ・ルール)




 どんな状況であっても関係ない。

 盤上の最善手? いいや、違う。盤上をひっくり返す、言葉どおりの禁じ手。クロックという英雄は、私たちにとっていろんな意味で「なにかやらかす」という存在だった。

 そのクロックが今、「提案がある」と言ってきた。その言葉に私は、慣れ親しんだ感情を覚える。


(期待と不安と胃の痛みが押し寄せる……っ)


 まるで、そう、あのときの、大戦の頃のように。

















 昼の東京湾。

 クロックの言葉になにも返さない私に、クロックは首を傾げる。いやいや、そんなきょとん、みたいな顔をされても困る。自分のしでかしたことを思い出して欲しい。


「あー、席を外した方が良いか?」

「いや、獅堂にはまだ用がある」

「うげ……手加減してくれよ?」


 本気で嫌そうな獅堂だが、実のところ、獅堂はなにも被害に遭っていない。

 どうか、一度は巻き込まれて欲しいと思わないでもないが、さすがに人の不幸を願うのはやめておこう。


「それで、その、提案とは?」


 色々なことを諦めて、問いかける。

 私が魔法少女になるのを止めたのだ。付随する提案も、変身以上の代案なのだろう。でも、すっとぼけたことを言われる可能性もあるので、期待値は半分程度だ。


「そもそもだ。未知、おまえの言う掟とやらにも抜け道があることを、覚えているか?」

「へ? 覚えて……?」


 なんで、私が一度走っていたかの様な口ぶりなのだろう。

 私だけではなく獅堂も首を傾げているから、知らないことなのだろうと思う。ええっと?


「はぁ、おまえもか、獅堂」

「おまえにため息を吐かれると腹立つな」


 悔しいけれど、同感です。

 そう言いたくなるのをぐっと堪えて、クロックに続きを促す。


「未知……どうやって自分が再び変身できたのか、覚えていないな?」

「え? それはだって、特専で鈴理さんを助けようと――」

「そっちではない。“同窓会”のことだ」

「――え……あ」


 そ、そういえば!

 あれでも、正直私はあのときこう、お酒とテンションでいっぱいいっぱいだったからなぁ。覚えてない……うぅ。


「やはり忘れていたか。まったく、これだから年増は困る」

「クロック、今後の進路に魚の餌なんて興味は無いかしら」

「――で? 思い出したのか?」

「うっ……お、思い出せません。ごめんなさい」


 変身して、爆笑と涙によってへたり込んだことは覚えている。

 今にしてよくよく思い出せば、心の底から笑って腹を抱えていたのは、獅堂だけだったけれど。獅堂はもう、いつか本当にどうにかしてやろう。


「ねぇ、黙って聞いていればさっきから、回りくどくはないかしら? 早く、その来歴とやらを未知に教えて差し上げたら?」

「甘く可憐なレディにそう懇願されたら、断る理由はない」


 思わず口を挟んでくれたリリーに、音速の変わり身で跪くクロック。


「そ。なら早くなさい。私に跪かせてあげたのだから、愚図でいられると思わない事ね」

「心得た。フロイライン(私の花)よ」


 り、リリー、なんだか手慣れていないかしら?

 封印解除の件、気がついたら七が春花ちゃんにやらせてしまった(あとで、拓斗さんに沈められていた)けれど、リリーに命令して貰えば良かったのかも?

 いやでも、大切なリリーを変態の空間に放り込むのも、嫌だなぁ。



「それでは回想、行ってみよう。キュー」

「はぇ?」

「……“空想哲学(リリカル・ロジー)”!!」



 途端、桃色の光が溢れ出す。

 意識がそれに呑み込まれ、まるで、映画館でポップコーンを片手にリラックスして閲覧をしている様な気分になり、そして――――































――/――




 あれは、ちょうど私が二十歳になったときのことだった。

 誕生日祝いも兼ねた同窓会として、久々に、みんなが集まってくれたのだ。

 場所は、回転寿司型個室居酒屋“りつ”の個室宴会場を貸し切りにしてくれて、今世で初めてのお酒を嗜む。前世ではほとんど飲めない体質だったし、美味しいお酒もよくわからないうちに亡くなってしまったから、正直に言えば楽しみだった。


「未知、久々の再会だ。俺になにか言うことがあるんじゃないのか?」

「はいはい、獅堂さんはいつも無駄に美形ですねー」

「おいおい、おまえにとって美形は無駄か? おまえのためならこの顔、そぎ落としても良いんだぜ?」

「猟奇的な趣味はないからね?」


 そうそう、こうやって獅堂は絡んできたっけ。

 ……あれ? こんなに闇が深い感じだっけ? お酒のパワーであんまり覚えていないのよね、このあたり。中二病が今ほど治ってなかったのかな? 今の獅堂は、けっこう良い方向に振り切れているしね。大人とそうでないことの差、かな。


「もう、魔法少女じゃない、普通の女だ。魅力的で、可憐な、か弱い女だ。だから早く、俺のところに落ちてこい。ゆっくりと、真綿で包み込む様に、愛し抜くことを誓おう」


 うん、やっぱり中二病だ。

 あと、お酒の力って怖い。忘れる私も私だけれど、ここまで暴走する獅堂も獅堂だ。あれ? というかこの状況、いったいどうやってリセットしたのだろうか?


「そう、それじゃよ。未知、本当に変身できないのかのう?」


 あ、そうだそうだ。

 仙じいがそう、提案してくれたんだ。


「もしできぬのであれば、やはり世界など早々に掌握して……」


 だから、うん、なんだか物騒な言葉が聞こえた気がしたけれど、気のせいだ。

 ええ、まさか本当に、この頃から計画していたの……? いやいやだめだ。少なくとも、今、気にして良いことではないよね。


「ふむ……気になるのであれば、試してみれば良い」

「クロック、あなた、飲み過ぎよ?」

「時子……心配をしてくれるのか? 君がその小さな手で抑えてくれるのなら俺は」

「拓斗、七、クロックにバカルディイッキやらせてあげて。ボトル? デキャンタ? ピッチャーよ」


 いつものことではあるのだかれど、クロックが入ってくると途端にしっちゃかめっちゃかな雰囲気になる。いつものならこんな提案には乗らないのだけれど、この時は、獅堂と仙じいの様子がおかしかったから、場を和ませるつもりで頷いたのだ。


「まぁまぁ、時子姉。私は良いよ。やってみよう。クロック、どうすればいいの?」

「この場に居る全員の協力を仰ぐ。今回は七、おまえが要だ」

「ぇえ……僕が? いやだなぁ」

「――あのころの愛くるしい未知。もう一度、拝みたいと思わないのか?」

「……まぁ、良いけど」


 良いんだ。

 いや、この時はそこまで気にしていなかったけれど、やっぱり七はむっつりなんだね。お姉ちゃんは悲しいよ。


「拓斗、いいか?」

「ま、おれはいいさ。未知がやりたいなら協力するよ」

「仙衛門」

「いいぞい。――確かめておく必要もあるしのう」

「獅堂」

「はいはい、わかったよ、無駄だと思うがね」

「時子」

「……はぁ、良いでしょう。亮月に従業員が入らぬよう、通達しておきます」


 さすが、なんというか、自分の欲望のためなら仕事が早い。

 クロックは完全に、このとき、私の変身姿が幼い少女の物になると思い込んでいた。そしてそれは、クロックだけではない。この場に居る全員――私も含めて、だ。


「では、始めるぞ。未知」

「はいはい、なに?」

「“感情領域イモーション・コントロール”」

「ひゃっ――あれ? なんだかなんでもできそうかも!」


 クロック、それ、洗脳だからね?

 クロックの術で、目を回す“私”の姿。あんなに覚えていないことについて言っていたけれど、これ、クロックのせいだよね?!


「七」

「ああ。水、借りるよ」


 七はそう、水のデキャンタを持って端に行く。

 デキャンタに手を翳すと、たったそれだけで空間が揺らいだ。





「【祭壇に祈りを(ヴァモス)】」

「【贄を我が手に(スィスィア)】」

「【中央に原初を(プロエレスフィ)】」

「【一番に東を(アナトリ)】【二番に北を(ヴァラス)】【三番に南を(ノトス)】【終末に西を(スィスィ)】」

「【理を掻き混ぜ(ミルマ)】」

「【我が願いを渦に(エルピダ)】」

「【導きを深淵に(シンテシィ)】」

「【知啓を身代わりに(アンダラギィ)】」

「【ここに形骸を成し(ナヴァイギオ)】」

「【我が前に叡智を示せ(ソフィーア)】」

「【ここに儀式を完了するサブマ・テレティ・テロス】」





 本来は未来予知のための術だという、儀式詠唱。

 それに幾つかの手を加えれば、領域に対して必要以上のアプローチをかけることも可能だと言うけれど……ちょっと七、本気すぎないかな?


「拓斗」

「もうおれか。いいぜ」


 拓斗さんはそういうと、あいて出入り口の扉を背に立つ。

 いざというときに、矢面に立つつもりなのだろう。




目醒め(おき)ろ、巨神の鋼腕(ギガント)――我誓うは、守護の銀光。練炎!」




 銀色の炎が周囲を包み込む。

 確かこれは、守りの結界、かな? 炎に、特殊な属性を持たせているんだ。


「仙衛門」

「うむ」


 仙じいは抑揚に頷くと、部屋の八方に薬を置く。

 たったそれだけで準備は終えたのだろう。淡く、翡翠の力が輝く。




「仙法【神意聖域・霞ノ型】ッ」




 ぼんやりと会場を包み込む力。

 まるで、心を包み込む様な優しさだ。


「獅堂」

「おうよ」


 その空間に見惚れていた一人。

 獅堂もまた、力を貸してくれるために立ち上がった。




「太陽よ、この手に。我が愛する人に祝福を。【新生焔波(ブレス・オブ・ノア)】!!」




 獅堂の詠唱は全て、本人曰く“かっこういい”からしているものだ。そこに長い詠唱は本来なら必要ないのだが、彼は当然の如く唱えて発動させた。

 効果はおそらく、いざというときに力が暴走しないための抑止力であろう。


「時子」

「ええ、しょうがないわね」


 ため息。

 けれど、やっぱり時子姉もまた、“未知のためなら”と立ち上がってくれる。“私”は気がつくことが出来なかったけれど、そのときの時子姉は、とても優しげな顔立ちをしていた。





「【かくこうていぼうしん・東方司る七星】」

「【ぎゅうにょきょしつへき・北方司る七星】」

「【けいろうぼうひつさん・西方司る七星】」

「【せいりゅうせいちょうよくしん・南方司る七星】」

「【二十八宿の星々よ・彼の者を導き給え・信・仁・智・義・礼】」

「【式揮展開・領域守護・我が誓約と我が声に応えんことを・急々如律令】」






 時子姉の詠唱で、静謐なる聖域として場が満ちる。

 それを見届けると、クロックはぽんっと私の肩を叩いた。



「ええ、わかったわ、正義のために行くよ、ステッキさん!」

【魔法少女を求める少女の声を検知。掟条件フルコンプリート!】

「来たれ、【瑠璃の花冠】!!」



 瑠璃色の光りに包まれる。

 この時点で、誰もが成功を見届けた。

 ――思えば、ここでやめておけば、“あんなこと”にはならなかったのだ。



 そして。



「【ミラクル・トランス・ファクト】!!」



 パンドラの箱が、開かれた――。





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