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そのいち




――1――




 九月。

 初っぱなから台風の影響で登校停止となり、二学期の幕開けは少しだけ出遅れた形となってしまった。

 やがて登校が始まると、一年生は期待に溢れ、上級生は期待と緊張に顔を強ばらせている様子だ。それもまぁ、無理はないだろうなぁ、とは思う。


「おはようございます、観司先生」

「……瀬戸先生。はい、おはようございます」


 ホームルームを終えた時間、担当するクラスから戻ってきたのであろう瀬戸先生に、声を掛けられる。

 瀬戸先生は、今日もパリッとスーツを着こなし、ピシッと髪を整え、クイッと眼鏡をあげていた。うーん、ブレないなぁ。


「もうすぐ遠征競技戦ですが、準備のほどはいかがですか?」

「私は、とくになにか準備が必要なわけではありませんから。教員が選出されるエキシビジョンマッチも、今年は九條特別講師が行うのでしょう?」

「そうですね。ですが前座の扱いではありますが、私も出場いたしますよ」

「“速攻詠唱使い(クイックワーダー)”ですものね。ご活躍、期待していますよ、瀬戸先生」


 遠征競技戦。

 九月末に控えたこのイベントは、二学期二大イベントとして特専を賑わせる。七つの特専が集まり、その能力を競い合い、優勝校を決める。優勝した学校には国から褒賞が与えられる、というシステムだ。

 褒賞は年々違うものの、修学旅行先の宿がワンランクアップするなど、中々規模が大きいことも多い。

 もっとも、生徒たちにとって重要なことは一般校の友人や家族にも、自分の努力の成果を見せることができる、世間に認められるチャンスが生まれる、という承認欲求を満たすものであることが多いことは否めないが。なにせ、結果次第では大手企業や国からスカウトがかかることすら、あるのだから。


「観司先生は応援に回られる、ということですね?」

「ええ、もちろんです。一魔導術の教員として、できる限りのお手伝いはさせていただきますよ」


 瀬戸先生が出場するのは、各校の教員二名によるエキシビジョンマッチだ。

 一人は異能者の教員。こちらは、今年は獅堂が出ることになる。もちろん一般の異能者の先生相手では盛り上がりに欠けてしまう可能性があるので、相手はやっと連絡の付いた英雄仲間、東雲しののめ拓斗たくとさん固定であるらしいのだが。

 もう一人は当然、魔導術師の教員だ。この学校で一番実力のある教員の名が上げられたとき、いつも上がるのが瀬戸先生の名前だ。縁故採用の私は基本的にはこの場に出られないのだが、毎回候補には挙がって気まずい。だが、今年は候補に私の名前が挙がることは不自然ではない、という他ならぬ瀬戸先生の発言により、抗議されることはなかったが。


「ふむ。では、私の結果次第では観司先生にしていただきたいことがあります。もちろん、応援の一環であると捉えていただきたい」

「は、はぁ」


 その瀬戸先生だが、夏休みの事件以降、彼は妙に私に優しい。

 その理由はあまり考えないようにしているのだが、まぁ、職員室で堂々とナニカを言ってくることもないので、仲良くなったという認識に留め――


「では、私が好成績を残した暁には、ママの膝で頭をなでなでしていただきたい」


 ――させてくれないんかい!


「ちょっ、瀬戸先生? しょ、職員室でそれはちょっと」

「会話がハッキリと聞こえる位置には誰も居ません。私を見くびらないでいただきたい」

「ご、ごめんなさい」


 あれ? なんで謝っているのだろう?

 というか、なでなでって何? 膝枕で頭を撫でろとそういうこと? そんなこと前世含めて家族にすらしたことないよ!


「違うでしょう? ほら!」

「…………」

「――どうあっても抵抗する気なら、仕方がありません」


 あ、諦めてくれた?

 良かった良かった。緊急事態でもないのにわざわざ泥沼に嵌まりに行く趣味もないし。


「ママのファンクラブに、優勝したら膝でなでなでして貰えると情報を流すまでです」

「ちょっと待ってください瀬戸先生! ファンクラブってなんですか!?」


 いやいやいや、なにそれ? なにそれ?!

 学生時代、獅堂や正路さんにファンクラブができていたのは知っていた。いつの間にかできて、現在も膨らんでいるらしいという恐ろしい噂も聞いた。

 けれど、私のモノがあるなんて聞いてない!


「答える義務はありません」

「わ、私のことなのに?」

「ええ、もちろん」


 ドヤァッとした表情の瀬戸先生。

 彼の要望に応えるのは死ぬほど癪だが、注目を集める前になんとかしたいのも本音。

 ……うぅ、私の平穏な教員生活が……。


「瀬戸先生」

「はい?」

「……めっ」

「夏休みに発足してから急激に成長を遂げた非公式ファンクラブのことですね。発足から直ぐに情報を捉えましたがその際には隠れファンをクラブに数多く獲得した後でしたので残念ながら私のメンバーズカードは九十九番となってしまいましたがギリギリ二桁なので良しとしましょうちなみに発案者は金山カッコカリと名乗る異能科の生徒で立ち上げ直後に0番のカードと会長権限を魔導科の笠宮鈴理という生徒に強奪されていますさぁ褒めてくださいママ」


 の、のんぶれす……。

 軽く引きながらメモ帳に花丸を書いて渡すと、瀬戸先生はクールな眼差しを維持したまま、手帳にそれを挟み込む。ねぇ、それどうするつもりなの?

 というか、金山カッコカリ君ってあれだよね? 手塚君と一緒に居た三人組の。あと、笠宮さんはなにをやっているの? だめだ、頭の整理が追いつかない!


「あ、あのぅ、観司先生、今、よろしいでしょうか?」

「うぅ……っと。南先生? どうかされましたか?」

「せ、瀬戸先生に、そのお叱りを受けていませんでしたか? 後にした方が良いですか?」

「観司先生との話は終わったので大丈夫ですよ。では先生、手筈通りにお願いしますよ」

「あ、はい」


 そう、颯爽と去って行く瀬戸先生。

 ……って、さりげなく約束させられた!?


「ほっ、良かったぁ。瀬戸先生、観司先生を睨み付けていたように見えて、心配したんですよ?」

「あ、ははは、ええ、もうお説教は終わった後でしたから」

「そうなのですね」


 ほわほわとした女性の先生、南先生は“ボイス”系異能者として度々司会進行を行っている先生だ。

 さて、その南先生が、いったいどうしたというのだろう?


「いえ、私は伝言を頼まれただけなのですが……その、観司先生にお願いしたいことがある、と、教頭先生が、ですね?」

「お願い、ですか?」

「ええ、どうも――夏休みをあけて、登校していない生徒が居るようなのですが、“彼女”の担任の先生が産休中ですので、親交のある観司先生に訪問をお願いしたいそうなのですよ」

「親交、ですか?」


 んんん?

 いったい、なにごと?


「ええ、そうです。ええっと、そう――碓氷うすいゆめさん、なのですが」

「え?」


 碓氷さんが、不登校?

 うーん。なんだろう。とにかく詳しい話を聞いてみないと、かなぁ。


 南先生にお礼を言って、職員室をあとにし、教頭室に向かう。

 どうやら新学期早々、厄介事が芽吹いているようだった。




2024/02/01

誤字修正しました。

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