そのよん
――4――
――東京湾・異能科学空母“牙龍”甲板・ゲート前。
『空間圧安定』
『機械ゲート保持』
『精霊力圧縮開始……安定』
『魔力炉稼働します』
『霊力飽和……抑制……安定します』
機械の外縁を与えられ、青と緑の力に輝きながら鳴動するゲート。
今回は悪魔であるリリーとポチは、余計な混乱を招かない為に魔界側で待って貰っている。だから、私たちは今回は自力で魔界にたどり着かねばならいのだが……これについては、あまり心配はしていない。
なにせ、リリーのお母様、リズウィエアル・ウィル・クーエルオルトさんが、“幸運”を呼び込む力でサポートをしてくれるというのだ。正直、それだけで百人力である。
「未知と七は、準備はいらないのよね?」
「ええ、時子姉。精霊の加護があるからね」
「僕はそもそも、精霊のようなものだからね」
「あー、時子、おれも大丈夫だぞ? 異邦人の異能が、世界適応も兼ねている」
拓斗さんはそういうと、快活に笑って見せた。
異邦人か……さすが超常型。なんだかよくわからない特性がいっぱいあるんだよね。確かあとは、“転移先の病原体に侵されない”と“転移先の言語を習得できる”と、“転移先の常識が直感的に理解できる”と……あと、なんだったかな。
「なら、私たちは準備をしましょうか」
「うむ、そうじゃな。――薬仙【強化髄体】……仙法【神域絶踏】」
仙じいはそう、竹筒に入った薬を一息に飲み込む。
ついで仙術を使うと、心臓の辺りに紋様が浮かび上がり、固定化された。
「呼吸により場と適応する仙術じゃ。まぁ、一月はもつじゃろうて」
そんな手段があるのか。
さすが仙じいというか、さすがに、選択肢が多い。でも、たぶん、一ヶ月はかからないと思う……と、いいなぁ。
「ハハッ、なら次は俺だ! “紅煉咬”!」
獅堂の身体が、宣言と同時に炎に包まれる。
やがてその身体は完全に火に溶け、炎の球体となって現出された。
『これで、天界で身体を象れば、適応した形で再構成される。どうだ? 惚れ直したか? 未知』
「残念ながら、人魂が喋っている様にしか見えなくて怯えているわよ、未知」
『は? おいおい嘘だろ時子』
ふ、震えてなんかいないわよ?
ちょーっとびっくりしただけで! いや、本当に。
「ごめんなさい、獅堂。ちょっと驚いてしまっただけだから」
『まぁいいさ……』
ええっと、炎の球の状態だと、慰めるのも難しいわね……。
仕方なく、元気になるまで見守ることにして、と。
「クロック、あなたは?」
「準備は終えている。我が“幻想哲学”は特別製だからな」
「そ、そう?」
本当になにを原動力としているのか、クロックは表情の変わらない目線でカタリナをじっと見つめていた。見つめられている方のカタリナは、視線そのものには気がついていないモノの、悪寒を感じるのか、時折肩を震わせてきょろきょろと周囲を見回していた。
「さて。最後に私ね。【仁・義・礼・智・信・五常五徳を司りし・中央の龍神よ・我が声に応え・その力を貸し給え・式揮憑依・黄龍顕現・急々如律令】ッ!!」
空に浮かび上がった黄金の龍が、時子姉の身体に吸い込まれて宿る。
それはよほど上等な術なのだろう。時子姉の真っ白だった髪が、仄かに黄金を漂わせている。具足と籠手も黄金に染まり、肌で感じる圧力は、刹那、鳥肌が立つほど強力なモノだった。これが、黄龍……四聖獣を束ねる瑞獣の長。
「みなさん、準備はよろしいでしょうか?」
「ええ、カタリナ」
「では、参りましょう」
カタリナの言葉に頷いて、ゲートの前に設けられた階段に足を掛ける。
緊張や不安がないと言えば、嘘になる。けれどそれ以上に、解決して――生きて帰るという覚悟の方が強い。
『んじゃ、行くぞ。――正路! あとは任せた!』
「……ああ、気張ってこい、獅堂」
人魂状態の獅堂がそう、告げて。
私たちは、カタリナに続くように、宇宙の色を帯びたゲートの中へ、飛び込んだ。
……と、さすがはリズウィエアルさんというべきか。
とくに迷うことなく、むしろポチの先導の時よりもスムーズに、私たちは魔界へと降り立つ。幸運の力とはそれほどまでにすさまじい様で、出現した場所も水晶城の目の前だ。
いきなり出現した私たちを見て、周辺の悪魔たちはぎょっと顔を引きつらせる。これはもしかして、リリーたちのところへ行く前に一悶着かな? なんて、思っていたのだけれど。
『う、うわぁぁっ! “串刺し魔女”だァッ!!』
『逃げろ! 命乞いなんか許してくれねぇッ! 消滅するまで串刺しにされるぞ!!』
『ひぇぇぇ、お母ちゃーんッ!!』
『や、やめろ、おれなんか美味しくねぇ……ひっ、目が合って……ぶくぶく』
『おい、気絶するな! 一緒に逃げるんだよォッ!!』
『アンドリュウスが幼児退行したぞッ! 誰か、連れて逃げろ!!』
『ばぶー! ばぶー!』
『もう放っておけ! 死ぬぞ!!』
蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う悪魔たち。
明らかに私に集まる視線に絶えかね、顔を両手で覆い隠す。あの、その、リリーやポチの方がよほどひどいことをしていたと思うのだけれど、それは?
いや、うん、私がどうこうした吸血鬼が変態性癖に目覚めて残念なことに鈴理さんとファリーメアに多大な迷惑をおかけしたことは、聞いてしまったのだけれど。
『未知……おまえ……』
「言わないで」
「なんだ、痛めつけることが趣味になったのか? 少女だったときならいくらでも踏んでくれて良かったのだが?」
「クロックは黙って」
七に優しく肩を叩かれ、怯えるカタリナを視界に入れない様にがんばり、時子姉に苦笑されながら水晶の城へ入城していく。
相変わらず透明なのに向こう側の見えない、不可思議な水晶の宮殿を通る。すると、見慣れた老紳士が私たちを出迎えてくれた。
「おお、お待ちしておりました。ご主人様がお待ちですよ、奥様」
「奥様? 未知、どういうこと?」
「いえ、ごめんなさい、七。冗談と捉えておいて」
「あー、いつものように巻き込まれたか弄られているんだね。わかったよ」
そうやってあっさり納得されても少し複雑な心境です、なんていうのは我が儘かな?
周囲の同情的な視線を仙じいの陰に隠れることで躱しながら、城の奥へ進んでいく。ダンスホール、玉座の間、その裏の寝室、隠し扉の中、階段を降って、廊下を練り歩き。
「……けっこう、距離があるわね」
「なにせ隠し部屋ですので、今しばらくご容赦ください、奥様」
「そう……あの、その、“奥様”というのはやめませんか?」
「おや、旦那様の方で?」
「――…………―……奥様で良いです」
旦那様、ってもうどんな顔をして聞けば良いのかわからない。
慰めようと獅堂がそばに寄ってきてくれるが、ごめんなさい、暗がりの獅堂は心霊現象みたいで、その、ちょっと困ると言いますか。うぅ。
「すごいわね……未知、気がついた? 高濃度の妖力よ、この石」
「妖力? ……この水晶全てが、妖力の結晶?」
「ええ、そう。それも、おそらく霊力、いえ、これはおそらく天力ね。天力と妖力を混ぜ合わせて固めているように感じるわ」
「――いいえ、それは少し違うわ」
と、唐突に響く声。
顔を上げれば、廊下の終わりの扉が開かれて、薄桃色の髪の美女が、艶やかな微笑みを携えて私たちを、そう、吟味する様な目で眺めていた。
「これは元々一つの力。主が、種族を生み出す前に用いた至上の元素。我らが尊き主は、この力を用いて種族を生み出した。それこそが、我らの奉じる原初の力――“神力”よ」
リズウィエアル・ウィル・クーエルオルト。
幸運の悪魔、原初の魔王。そう呼び称される彼女は、私たちを優雅に手招きしながら部屋の奥へ退いていく。
私たちは互いに顔を見合わせると、老紳士に付き従う形で部屋の奥へと足を運んだ。
『こりゃ、すげぇな』
そう、踏み込んだとき、最初に獅堂が呟く。
その場所は、言うなれば“大聖堂”とでも表現すべきか。薄く日の光を取り込む水晶のステンドグラス。ステンドグラスに描かれているのは、微笑みを讃えた青年だ。いや、女性かも? 中性的な美青年、かな。ステンドグラスの髪と瞳の色合いは、濃い紫。けれど、なんだかもっと別の色を描きたかったんじゃないのかな? なんて風にも思わせる。
周囲は墓石の様に突き立つ十字架。彼女の言う神力の水晶でできた十字架の中央に細かく呪文が刻まれていて、円形に薄くなっている。それらがレンズの役割を果たして、部屋の中央にある水の柱に光を集めている様だった。
「七、あれ」
「ああ……そうだね。母さんの道に通ずる、“門”だ」
そう、精霊界に入ったときにあった、次元を股に掛ける“門”。
それはちょうど、ああした水の柱のようになっていた。
「未知! 遅かったじゃない。誰か死にでもした?」
『人魂が浮かんでいるな。生前は誰だ?』
「リリー! ポチ! 残念ながら、これは生きている人魂よ」
『よぉ。好き勝手言ってくれるじゃねーか』
部屋の中央、水の柱の周囲に立つ、リズウィエアルさん。
彼女の位置とは対照の位置にいたリリーとポチが、私たちに向かって手を振る。
「あら、獅堂。その姿、けっこう面白いわね。剥製になる?」
『ならねーよ』
リリーの猟奇的な軽口に、獅堂はそう、ぐったりと応えていた。
うん、そうなるよね……。中々、このテンションを回避するのは難しいからね。
「さて、意味深なお話をしてしまって悪かったわね。愛くるしいあなたが、リーダーかしら?」
「はい。彼らの陣頭に立たせていただいております、黄地時子と申します。此度の協力、嬉しく存じます、魔王リズウィエアル・ウィル・クーエルオルト陛下」
「ふふ、礼儀のわかる可愛い女の子は好きよ。どう? 私と大人の階段を登ってみないかしら?」
「ご冗談を。お気遣い痛み入りますが、責務の最中にございます。どうぞプライベートで口説いて下さいませ」
「あら、強かね。ちゃーんと遊びたくなってしまうわ」
「お戯れを」
おお、時子姉、すごい。
微笑みと言動で軽やかに躱す時子姉を見て、感嘆を覚える。これは素晴らしいお手本だ。参考にしよう。……できるかどうかは、ともかく、ね。
「言葉遊びも堪能したいところだけれど、心底残念なことに、時間ね。良い? 私は今から天界への接続テストを行うわ。そこになにが飛び込もうと、見て見ぬ振りをするからよろしくね?」
「お母さまの手伝いは、私とポチでどうにかするわ。本当はついて行きたいところだけれど……」
『リズウィエアル・ウィル・クーエルオルトに並ぶ加護を持つ悪魔でなければ、天界の空気は吸えん。ボス、悪いが此度は、ボスの守護はできん』
……あんまりポチに護られた記憶は無いのだけれど、それには触れない方が良さそうなのかな?
でも、そうか。リリーが来てくれたら百人力だけれど、リリーが傷つくくらいだったら残って欲しい。私と一緒に行けないことが本気で悔しそうではあるけれど、少し、安心している自分もいた。
「ご協力、感謝致します」
「いいえ。戦いでも良いから、次はたっぷりアソんでね?」
「できればもう少し、穏便な勝負が好ましいのですが……ええ、平和を手に入れたら、望むように」
時子姉が苦笑しながら応えると、リズウィエアルさんは満足げに微笑んだ。
「さ、行きなさいな。通ったら直ぐに、大きな門があるわ。その“鍵”は、門のものだから、なくさないようにね?」
「はい」
ミランダさんに貰った、彼女の母親の形見だというアクセサリー。
これが、天使だったという彼女の母が遺した、天界へ通じる“鍵”なのだとか。思えば、天界に渡ろうと決意できたのも、この“鍵”の存在が、大きい。
「では、行くわよ、未知」
「ええ、時子姉」
緊張。
それから、こう、精霊界の時に妙な世界に飛ばされてしまったことからくる、幾ばくかの不安。
「ほら、獅堂、おれの鋼腕につかまれ」
『いやだね、暑苦しい。おれは未知に捕まっていくよ』
「獅堂、あまり未知を怖がらせない。ほら、未知、手を差し出して」
「ほっほっほっ、お主は大丈夫かのう? カタリナ」
「は、はい」
「不安だったら俺が抱きしめてやろう」
「け、けっこうです」
そんな私の揺らぎを、かき消してくれる仲間たちの声。
彼らに、私はきっといつも、強く護られているのだろう。
「それじゃあ未知、またね」
『気をつけろよ、ボス』
「ええ、リリー、ポチ。ありがとう、行ってきます!」
そう、私たちは見送る彼女たちに手を振って――光輝く水面の柱に、身体を投げ入れるのであった。




