そのはち
――8――
――関東特専・夜。
さて。
わたしたちは未来人だ。別にそれは秘密にしなくても影響はないようだけれど、秘密にしないと塀の高い病院に連れて行かれることは想定した方が良い、と、メアちゃんは言っていた。
そこで、一生徒のフリをして、師匠と別れた夜。わたしたちは――夜の公園で、ホームレス女子となっていた。うぅ、寒い。
「食事はどうする?」
「我慢します」
「都市部でなにか調達するわ。そもそも、ビジネスホテルの一つくらいなかったかしら?」
「街まで降りれば……」
「では、だめね」
都市部はあくまで、学校敷地内のものだ。
生徒が都市部で寝泊まりをして寮に帰ってこなくても困るので、ホテルや、二十四時間営業の漫画喫茶なんかは配置されていない。
そして、なによりの問題が、わたしたちは学生証がないということだ。メアちゃん一人ならすり抜けられるらしいけれど、わたしと一緒だと難しい。そして、圏外の端末だと学生証としての機能は働かず、不審者として通報されてしまう。そうすると、あら不思議、制服をどこからか盗んできた不法侵入者のできあがりだ。は、早く解決しないと死んじゃう。
「……でも、どうして別の世界の過去になんか来たんだろう」
「あの男が過去に行くことが目的だったとしても、世界が変わるほどのことになるとは思えない。偶然、ということが一番高い確率の説明。けれど、もし可能性の高い“原因”を無理矢理考えるとすれば、仮説は立てられる」
「そうなの……?」
寒さから気を紛らわすためだろう。
ベンチでわたしの隣に座ったメアちゃんは、そう、わたしに教えてくれる。
仮説かぁ。聞いてどうなるモノでは無いけれど、うん、興味はあるよね。
「次元を渡る、世界を渡る、時間を渡る。その全ての中間地点に存在するのが“亜次元”。若しくは、“無空次元”と呼ばれる世界。ここは案外と繊細で、例えば、大きな力で無理矢理世界を渡ったり、次元を傷つけるような攻撃や武器……そうね、前魔王、ワル・ウルゴの次元剣のようなもので空間を傷つけ、直後に大きな力で周辺を攻撃でもすれば、“亜次元”は揺れる。その揺れが、過去に渡ろうとした男の道筋を、違う世界へ誘導した……というのが、まずここまで条件が揃うことが非常に確率が低いけれど、揃ってしまえば現実味を帯びてくる仮説」
……それってつまり。
「ほとんどゼロ、ってこと?」
「だから言ったとおりよ。可能性の高い原因を、“無理矢理”考えるとするなら、と」
「なるほど……」
これは雑談以上の価値はないんだろうなぁ、なんて、思えてしまう。
でも、わたし以上の厄介事吸引力を持つ師匠なら遭遇していかねないので、元の時代に帰ったら、聞いてみよう。
「――ねぇ、メアちゃん。わたしたち、帰れるかな」
「男の持つ銀の妖力珠。あれさえ奪うことが出来たら、どうにかする」
「する?」
「そう。――これでも、培った知識の量ならば、凡夫に遅れはとらない」
なんだかメアちゃんがそう言ってくれると、すっごく頼もしいなぁ。
なら、とにもかくにも、その妖力珠? を持った男を捜し出さないと。そのためにはまず寝て、しっかり体力回復、と、しておきたいのだけれど――眠れるのかな。
「コート、暖かくて良かった」
「――鈴理、残念だけれど休むには早い」
「え?」
メアちゃんはそう、ベンチから立ち上がると、わたしの手を引いて駆け出す。
「め、メアちゃん?」
「静かに」
「――」
言われるがままに口を噤み、森林公園を抜け、森丘の上から森林区域を覗き込む。
そうするとようやく、メアちゃんがわたしに見せたかったものがなんなのか、わかった。
「……人?」
「ええ。けれど、様子が変ね」
黒い制服、白い制服、スーツの人間。
学校関係者と思われる複数人の人間が、ふらふらとおぼつかない足取りで山から出てきたところだった。
(なんだか、映画で見るようなゾンビみたい)
なにかの、帰り道だったのだろうか?
彼らの足取りは一様に、寮のある方に向いていた。
けれど、なんだろう、動物の帰巣本能に似ている。“観察”する限り、目に力は無く、足取りに意志は無い。日常を繰り返すだけの、人形のようだ。
「訪れるべき必然か。穢された運命か。――これが必定の道から外れたことであるのなら、同じく必定より逃れた私たちが、糺さねばならない」
「メアちゃん……?」
「覚えておきなさい、鈴理。人は醜く、人は卑しく、人は穢れている――そう、盲信する人間ほど何者でもない虚無であると。人を観るのは人。人を計るのも人でしかない」
メアちゃんはそう、流れる人間たちの集団を、やっぱり感情の込められていない瞳で眺めていた。
その空虚な瞳の向こう側で、いったい何を見ているのか……わたしにはきっと、まだ、届かないことなのだろう。
「ここから離れるよ、鈴理」
「……うん、わかった」
メアちゃんに言われて、踵を返す。
いったい、なにが起こっているのかはわからない。けれど、わたしたちの前に姿を顕した彼らの姿が、これからの未来を暗示しているかのようだった。
「わたし、こんなことでやっていけるかな……?」
問いかけは、自分自身に。
けれど瞼を閉じれば、夢ちゃんやリュシーちゃんたち、みんなの姿が思い浮かぶ。
寂しい、なんて言ったら、困らせちゃうよね。なんだか無性に、夢ちゃんの“任せなさい”っていう自信満々な声が、聞きたいよ。
――/――
――同時刻・特専居住区寮。
質素に整頓された部屋。
小さな仏壇に、緩やかに伸びる線香の煙。
未知は、制服姿のまま、手を合わせて息を吐く。
(変な子たちだったな)
亜麻色の髪に鳶色の瞳。
人なつっこい笑みと、小動物のような仕草。けれど、瞳の奥に揺るぎない強さを兼ね揃えた少女――笠宮鈴理。
床に広がるほど長い黒髪に黄金の瞳。
表情はなく、淡々として、言葉にも感情を乗せない人形のような美少女。洗練された仕草の奥に秘められたものがなんであるのか、覗き込むことを躊躇わせた――メア・アンセ。
(ファン、か。求婚されたショックで流してしまったけれど)
握手を交わし、協力を誓い、それでも未知の心中は穏やかではない。
彼女としても、“今までのこと”がある。本当に信用しきってしまって良いのか、踏み込めない自分が居る。だというのに協力を誓ったのは、きっと……鈴理の目が、自身に全幅の信頼をおいていたからだろう。
未知は、あのときの鈴理の表情を思い出して、そう、思い出し笑いを偲ぶ。
(変な子、だったな)
そう、心の中で反芻しながらも、未知は彼女たちに対する見方を変化させていく。
もちろん、念のため、彼女の言う“危機”は学園長に伝えてある。父の友人であった浅井学園長は、未知にとって大切な人だ。利用してしまうようで申し訳なく思いつつも、今回ばかりはいた仕方のないことだった。
「さて、いつまでもこうしていられないわね」
明日からは調査も行うのだ。
今日はもう、休んでしまった方が良いだろう。未知はそう、自分に言い聞かせるように、ぐぐっと伸びて一呼吸つき……窓際で、足を止める。
「こんな時間に、生徒?」
居住区寮の近く。
おぼつかない足取りの、男子生徒。
鈴理たちとの会話が、ほんの僅かに蘇る。
(様子見だけ、しておこう)
未知はそう、魔導衣のコートを羽織ると部屋を出た。
自然と足取りは早くなり、揃うように、鼓動が強まる。もしも、なにかの前触れだったら。そんな不安と、“何事でもない”とあって欲しいという願いが、相反するようだった。
(もう、私は魔法少女ではないんだ。あの頃の、英雄ではない)
だから、無茶も無理もしてはならない。
そう、自分に言い聞かせるように、未知は階段を駆け下りていく。
魔法の力の全てを使って、世界に魔導の法則を刻み込んだ。それから一度も、ステッキは未知の呼びかけに応えてくれない。魔法少女でなくなった未知など、ただ、魔導の心得がある少女でしかないのだから。
「あなた、そこでなにをしているの?」
未知が声を掛けると、寮の前で蹲っていた生徒――金髪に赤いメッシュが入った、着崩した白い制服の男子生徒は、目に見えて肩を震わせた。
「こちらは、魔導科の居住区寮です。異能科と間違えていませんか?」
「……い」
「ああ、もしかして具合が悪いのでしょうか? でしたら、救護を呼びますので――」
「うるさいッ!!」
男子生徒は、そう叫ぶと、ゆっくりと立ち上がる。
狂気に染まった瞳。にやついた目。
「お、おおオレは力を手に入れたんだ! この力があれば、おまえを下して、オレが一番強ぇぇッて、思い知らせてやれるんだッ!!」
男子生徒はそう、手を掲げる。
そこに渦巻く力は、黒い炎の渦。
「発現型の異能、ね」
「ひははははッ! そうだ! オレの“呪炎”は生まれ変わった! もう、前みたいに直ぐに消えちまうのろいでじゃない! 一生を蝕む炎だッ!!」
「私は、あなたの“前”とやらを知らないのだけれど……聞いてはいないようね」
「はっハハハハハッ! これでオレが最強だ! 死ねッ! ――“黒百合の魔女”め!!」
言われて、未知の瞳から光がなくなる。
未知は、小さく「ああ、またなのね」と唇を動かすと、炎を剣の形状に変化させながら走る男子生徒を見る。
「【隠蔽術式】」
――幾分か前、生徒にセクハラ行為を働く教師がいた。特専の教師というのは、特異能力を持った生徒を抑え込むために、粒ぞろいの強者たちが集められる。まだ創設から十年と経過していないためか、集められる教師の質は、異能の強さに偏るものだった。
――ある日、大勢の前で晒し者のように、女生徒にセクハラ行為を働く体育教師がいた。未知は教師という存在に、思い入れがある。そうでなくとも、誰かの涙を見過ごせる性格では無い。だから、大勢の前で、教師を止めて、見せしめに決闘させられ。
――翌日には、“異端者”として、未知の名前は広がっていた。助けた女生徒からも避けられ、孤立し、図書委員として図書室にいる間だけが心安まるときになっていた。
――そのときから、不良生徒に絡まれるようになり、腕試しとして戦わされたり、喧嘩に巻き込まれたり、新任教師に“教育”という名の粛正を受けて返り討ちにしたり。そう続けている内に、未知は開き直り、速攻で蹴りをつける癖がついた。
――その頃から現在まで、その戦いの様から、“黒百合の魔女”と呼ばれるようになろうとも。
「消え去れ、カースッ、ファイ――」
「踊れ【影媒介陣・茨鎖の棺・展開】」
隠蔽術式。
魔導や異能を用いると、それは端末に記録されて学校に報告される。それを防ぐために、まだ魔導について研究過程であるのを良いことに、使用の隠蔽目的で作られた未知だけの詠唱。
魔力をまったく感じさせず、小声かつ早口で展開される魔導術。それは男子生徒の足下、影を媒介に発動され。
「――ギッ?!」
彼の視界を、大量の“鎖”が覆った。
「闇の中で途絶えなさい」
「い、いやだ、なんだよこれ、痛い痛い痛いぎや、アアアアアアッ」
鎖に巻き付かれ、骨が軋むほど絡みつかれ、棺のように狭まっていく視界の中。
「あ、アアア、まだ、たりな、かっ、た」
男子生徒はそう、痛みと恐怖に苛まれて――意識を、失った。
「――もしもし、救護ですか? 男子生徒が魔導科居住区寮の前で倒れています。……ええ、いえ、私はこれで。命に別状はないようですので」
未知は手早く通報すると、もう、男子生徒に一瞥もせずに踵を返す。
端的に、本人的にはそれはもうグレてしまった未知は、本当にグレて悪人になった人間は怪我をさせずに昏倒させ、通報までしないということにも気がつかず、未知は沈んだ気持ちでその場を足早に去って行った。




