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そのじゅうはち

――18――




 それからの三日間は、激動の時間だった。






 引き籠もって出てこれないサーベ。

 他方への根回しに奔走するテイムズさん。

 呪詛の儀式的準備で肌荒れを気にする馨。

 戦闘準備に明け暮れるアリスちゃんと春花ちゃん。

 作戦を細部まで煮詰めるあまり徹夜して布団で抱き合ってた私と凛。






 それはもうどったんばったんしながら準備をして、いよいよ三日目。

 明日には作戦開始という日の夜、私はどうにも眠れず、砦の屋上に来ていた。


「月は、変わらないんだね」


 満月よりも少しだけ欠けた月。

 確か、幾望きぼうという名前だったか。とは近いを意味し、満月を意味する望月もちづきに近い、という意味を持つ。

 満月を待ち望む。そんな、月だ。


「――よォ」

「? サーベ? こんばんは」

「はいはい」


 どこかおぼつかない足取りで、あくびをしながら私に並ぶサーベ。

 出てきた、ということは、準備は終わったのだろう。いくつもご苦労様です。


「お疲れ様。眠らなくても良いの?」

「ちょっと切り替えないと寝れん。今はアレだ、ランナーズハイってやつだよ」

「ふふ、そっか」


 どことなく、ぶっきらぼうさにも力が弱い。

 全身を覆う黒いコート。見えるのは、目元の赤色だけ。黄金のようにも見えるその瞳は、眠たげに揺れていた。


「なぁ、聞いても良いか?」

「なに? 許可を取るなんて、珍しい」

「ハハッ、言うじゃねぇか。――未知、今、年は幾つだ?」

「二十七、だけれど……?」

「そうかよ。ああ、そうだ、計算どおりの年齢だ。なんの捻りもねぇ」

「え? ――きゃっ」


 サーベから伸ばされた手が、どこをどうしてそうなったのか。

 私は床に仰向けに引き倒されて、そんな私にサーベが馬乗りになっている。ええっと、どういう状況?


「なに、きょとんとしてやがんだ。押し倒されてんだぞ?」

「いや、でも、ええっと――サーベ、あなたが暴力で女性を無理矢理痛めつけようなんて、するはずないでしょう?」

「っはぁ~~~~」

「ちょっと、そのため息はなに?!」


 サーベはため息と共に、私の顔の両脇に手を置いて、胡乱げな瞳を向ける。

 むぅ、なんだろう、今日のサーベはとてもとても失礼だ。


「おまえにその手の期待をすると疲れる」

「ちょっと」

「だから、単刀直入に本題に入るぞばかやろう」

「野郎ではないわよ?」

「良いから大人しく聞いておけ、鈍感ぽんこつ女」

「ひ、ひどい」


 ど、鈍感ポンコツ女って、なによ。

 ちょっと、そんなこと、言われたことがないわよ? 似たような表情でため息をつかれたことなら、その、心当たりがない訳でもないけれど。いやほら、昔からこう、獅堂とか、拓斗さんとか!

 サーベはそう私に暴言を言い放ち、それから、少しだけ呼吸を整える。緊張の混じった声色に、私は鉄の床の冷たさも忘れて、見入っていた。


「観司未知」

「え?」

「千九百九十年五月二十六日、東京の病院で出産。幼少期の一部のみ東京で暮らすが、親の転勤に従い愛知県に引っ越し。しばらくは平穏に暮らすも、悪魔による大侵攻防衛戦争、通称“大戦”の勃発とともにシェルターへ避難。公式の記録では――当時最大の避難地であったアメリカへの飛行機が悪魔に襲撃され、墜落。両親共々、アメリカで死亡」


 息が、止まったような気がした。

 ああ、そうか――魔法少女でない私は、きっと、両親共に飛行機に乗り込んで、揃って死んでいったのだろう。ただの少女として、あのやさしいひとたちとともに。


「なぁ、おまえは誰なんだ? 過去から来たのなら、年齢がおかしい。まるで今の今まで生きてきた、この時代の人間みてぇだ。なぁ、オレはおまえを、なんて呼べば良い?」


 声のトーンも、瞳の揺れも、呼吸も、なにもかもフラットだ。

 けれど、どうしてだろう。私には、今の彼が泣き出しそうな風にも見えた。


「私は、未知よ。観司未知」

「っ、だから!」


 声を荒げた彼に、苦笑を浮かべて。

 ただ、優しくて繊細なサーベに寄り添うように、布越しの頬を撫でる。


「両親に逃げて欲しくて、一人だけ居残って、誰よりも後悔した哀れな少女。あの日の観司未知は、お父さんとお母さんを、やさしくてあたたかいひとたちを見殺しにした、弱くて愚かな子供だった」


 私がもっと気をつけていれば。

 せめて、魔法の力で守っていれば。

 なにかができたはずなのに、敵を倒すことだけを考えて、足下を掬われた。掬ったのは他でもない、この私の、愚かな慢心だった。


「私はね。サーベ、本当のことを言うと、どうしてここにいるのかわからないの」

「それは、オレがおまえを連れてきたから……」

「いいえ、そうではないわ。何故。あの森にいたのか、何故、あなたたちと出逢えたのか。それが、私にはわからない」


 特専で先生をしていて、なんだか色々あって。

 魔導の力を失って、どういう訳だかみんなの仲間として受け入れられて。

 大切な人たちの今を直視して、それでも、なにかを選択しなければならない焦燥感に追われて。


 今を、見つめると決めた。

 無様だろうか。それとも、滑稽かな。

 それでも、足掻くと決めたから。


「まっすぐな、いい目だ」

「サーベ?」

「チッ……興が逸れた。まぁ、良いだろう、信じてやるよ」

「いいの……?」

「本当に駄目なヤツは、そこで聞き返したりしねぇんだよ、ばーか」

「あたっ」


 ぱちんっと、額が指で弾かれる。

 あいたた、えっと、なに? なにが?


「未知」

「サーベ? ええっと……」

「オレは、お人好しでポンコツで鈍感で、それでも、人の温かさを知ってるおまえを信じたい。だから、オレにおまえを信じさせてくれ、未知」


 俯かれ、唯一見える瞳すらも隠れて見える。

 それでもどこか必死に、まるで懇願するような声に、胸の奥が痛むようだった。


「約束する。必ず」

「言いよどみもしねぇのか」

子供(生徒)たちの期待は裏切らないって、決めているの」

「ククッ、そうか、決めているのか。んじゃ、仕方ねぇな」


 喉の奥から絞り出すように笑うサーベ。

 顔を上げたときには、いつものサーベであったように、見えた。

 なんだかその悪戯っぽい顔に、ほっと胸をなで下ろす。そうそう、サーベはこうでないと。悔しそうな、悲しそうな声なんて、似合わないよ? サーベ。


「はぁ~~ったく、無駄な時間とった。どう責任とってくれんだコラ」

「いや、そんなこと言われても?! それよりサーベ、背中が冷たいわ」

「ハッ、あっためてやろうか?」

「退いて」

「いやだね。――ほんとおまえ、どこから来たんだよ」


 きっと、これ、苦笑してる。

 そんな空気が、伝わってくる。


「別の世界の人間だったりしてね」

「そういうの良いから」

「ひどくない!?」

「明日早いんだぞ。どうしてくれんだ」

「私のせい?!」

「おまえが怪しいのが悪い」

「えっと、ごめんなさい……?」


 立ち上がったサーベが、手を差し伸べてくれる。

 掴むと、思い切り引かれて、彼の胸に飛び込んだ。


「未知。おまえの心は、いつだって夜みたいだ。目を閉じて安らぐ時、そっと寄り添う優しい夜だ。オレだから、わかるんだぜ? 光栄に思え。おまえは、このオレに、こうまで言わせたんだから」

「ええ――その、ありがとう、サーベ」


 サーベは、私の背に手を回して、ぎゅっと抱きしめる。

 厚手の服からでもわかる、鼓動と、熱。回された手は、どこか冷たさすら感じて心地よい。


「――んじゃ、また明日。寝坊すんなよ、未知」

「ふふ、ええ、また明日。サーベこそ、気をつけてね」


 サーベはそう、照れた様子を隠すように踵を返す。

 それからはもう、振り返ったりせずに、歩き去って行った。






「期待に、応えないと。――もう、誰かが傷ついたりしないように」






 願いは、空に融ける。

 まるで、満天の星空が、私の背中を押してくれるようですら、あった。





2017/09/12

誤字修正しました。

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