そのよん
――4――
――反天使対抗組織・城塞都市アルハンブラ。
鳴り響く鉄の音。
耳に残る快音が、鉄錆の匂いと共に風に溶ける。
「六年戦争。人間界に侵攻してきた悪魔たちと人間たちの戦いの歴史だ」
「六年、戦争……」
私は、早歩きのサーベに合わせるように小走りで、彼の背中についていく。
途中、“小綺麗すぎて目立つ”とのお言葉をいただき、どこからか取り出した砂色のローブを頭からすっぽりと被せられたので、見た目だけなら砂漠の住人であるようだ。
サーベはそんな私の姿に満足すると、どこかに案内する道すがら、私が知らないであろう情報について説明してくれていた。
「それまで歴史の影に隠れていた術師、異形憑き、異能者。彼らは願い届かぬ神に代わり、己の命を削って戦い続けて、予定調和のように現れた天使が、あっさりと悪魔を退けた。悪魔は天使たちの光を浴びると、もがき苦しみ“逃げ帰った”。結果は、悪魔たちへの恨みを晴らすことも出来ずに、悪魔の代わりに現れた天使によって、人間たちは支配されることになったのさ」
それは、その、侵攻してきた存在が代わっただけでは?
いやでも、そのまま行けば悪魔に滅ぼされていた、ということなのか。うーん、考えたくなかったけれど、この世界の“私”はいったいどうしたというのだろうか。
向こうの世界よりも遙かに強い悪魔だった? どの程度強ければ、恥も外聞もなく少女らしく振る舞える魔法少女を撃滅できるというのだろうか。
いや、むしろ。
(私がいない、世界、なのかしら)
私も、私の代わりとなる魔法少女も。
背筋を伝う薄ら寒さを、頭を振って誤魔化す。こんなことではだめだ。今は、とにかく情報を集めることに専念しないと。
「天使たちは支配者にすげ代わると直ぐに、人間たちに清廉潔白を求めるようになった。僅かな欲望の発露も許さず、悪魔たちに恨み言を零すモノですら“改心”と“更正”を求められ、心身を傷つける悪は、必ず許さねばならない。いつに何を食うかも制限され、酒に酔うことも許されず、豚のように管理される。それが今、奴らが人間たちに強制していることさ」
……自分の意志で行う節食や、断食。それから祈ること、悪を許そうとすること、怒りを鎮めようとすること。それはとても尊いことであると思う。
けれど、人には人のペースがあって、逃げ道の一つすら無く心身に健康を課せられる人間は、稀だ。百人居れば百人の個性がある。その個性に合わせた性格があって、生き方がある。それを強要して強制すれば、待っているのは統一規格の人間たち。
「まるで、人形のようね」
「ククッ……そうさ。奴らは人間で人形遊びをしているのさ。自分たちは仮の身体だ。死んでも天界で復活して戻ってくる。だから自分が知らずの内に逆鱗に触れた相手に殺されても、素知らぬ顔で復活してこう言うのさ。“私はあなたを許しましょう”ってな」
それは。
私も、それなりに多くの天使を見てきた。フィリップさん、エスト君、カタリナさん。
彼らは怒りもすれば涙することもある、人間となに一つ変わらない、個性を持った人たちだった。
だから、わかる。その殺された天使というのは、“ただ覚えていない”だけなのだと。天装体を破壊され、天界で新しい天装体に入り込むと記録は消えている。だから、無神経にも許しを与えてしまえば寛大さが見せられると、そう思ってしまう。ようは、そういうことのなのだろう。
「……さて、雑談はここまでだ」
そう、足を止めるサーベ。
彼の後ろを小走りしていた私は、その言葉に慌てて足を止めた。
「見ろ」
「え? ……ぁ」
見上げた先。
聳える鉄の要塞。
「さて。ここを登ればおまえの知りたいことの一つでも見つかるかも知れねぇ。だが、同時に、ここに踏み込むってコトは、少なくともおまえの事情が偶然か必然か、どうにかなるその時まで天使の敵対者として肩を並べることになる。どうする? 選ぶのはアンタだぜ、女」
鉄の要塞の影で、サーベは私にそう告げる。
問われているのは、きっと覚悟だ。安寧と過ごすのではなく、安全を享受するのではなく、戦い抜いてでも己の望みを叶えたいのかという、覚悟。
けれど、それは問われるまでもないことだ。
「あら。私はとっくに、選んでいたつもりよ。サーベ」
踏み出して、サーベの目を見上げるように覗き込む。
サーベの目は、不思議な色合いだ。赤褐色、とでも言えば良いのか。光の加減によっては、きっと、黄金にも見えるのだろう。それは、明けの明星のようにすら、見えた。
「――クッ」
サーベはそう、私の目を見て小さく、声を出して笑う。
「黒かと思えば瑠璃色か。夜明けの色だ。悪くねぇ」
「?」
「改めて、歓迎しよう。安寧からこぼれ落ちた不幸者。オレはこの地で“アル・サーベ”と呼ばれる、不法者、破落戸たちの元締めだ。おまえの目が気に入った。その目で、オレたちには掴めない星を掴んで見せろ。行くぞ、付いてこい、未知」
あ、名前。
沸き上がるむず痒さにも似た感情。それに名前を付けることは、今この場ではとても無粋であるような気がして、口を噤む。
「名前、覚えていたのね」
「ハッ、言うじゃねぇか」
どこか、獅堂を彷彿とさせる接しやすさ。
そういえば彼はいったい、誰なんだろう。こう、私の世界で誰に当たる人物なのだろうか? いや、益もないことか。なんだか失礼な気もするから、これ以上、詮索するようなことを考えるのはよそう。
城塞都市の、おそらく中央。大きな鉄の要塞の重い門を開いて、中に踏み込む。木張りの床に、打ちっ放しコンクリートのような壁。窓には格子が付いているが、格子は外側なので普通に窓を開けられる。つまり、閉じ込めるための格子ではなく、守るための格子であるということだ。
道幅は大人四人がすれ違えるくらい。時折、人種も年齢もばらばらな人たちが、忙しそうに走り抜けていく。
「さてさて、今は誰が居るかな、っと」
サーベはそう、楽しげに口笛を吹く。
二階に昇り、三階に昇り、四階五階六階七階と進んだここが、たぶん、最上階だ。しょ、昇降運動はちょっとキツイ。運動、しなきゃなぁ。
「よォ、新入りを連れてきたぞ。最高に運の悪い迷い人だ。丁重にこき使ってやれ」
サーベは一番大きな扉をばたんと開くと、中で、地図を中心に話し合う人たちが一斉に私を見る。大小五つの視線はそれぞれに、訝し気なものと、呆れと同情を存分に孕んでいるように見えた。
いや、それはともかく……サーベ、今の紹介はなんなの? もう!
「あら、可愛い子じゃない。お姉さんと遊ばない?」
「お兄さん、の間違いでしょう? 馨さん」
オレンジ色の、天然パーマの髪に、オレンジ色の垂れ目。
細身ながら筋肉質で長身という整った顔立ちの男性だが、言動は女性的。そんな開口一番で濃い挨拶をして下さった彼にすかさずツッコミを入れたのは、黒い長い髪に小柄な体躯、日本人形のような可憐な少女だった。
なんだろう、二人とも、どこかで見たことがあるような気がする。というか、ええっと、女の子の方はたぶん、知ってる。随分前に、紹介されたことがあると思う。
「おまえの目なら確かなのだろうが、面倒は自分で見ろよ、アル」
「邪魔をするなら消す。足手まといなら置いていく――それだけ」
金髪をオールバックにした壮年の男性が、呆れと共にそう告げる。
次いで、冷たくそう言い放つのは、赤混じりの金髪と血のように赤い目をした、ボブヘアの少女だ。高校生くらいだとは思うのだけれど、その瞳には老人のような虚無を宿していた。
「なんでもいいわ」
そして。
「それよりも、作戦の目処は立ったの? アル」
「それを今考えてんだろ。ならちょうど良い。お試しに未知の意見も聞いて見ろ」
「! へぇ、あなたがもう名前で呼んでいるのね。本当に気に入ったのかしら。あなた、不幸ね」
「おいこらどういう意味だ――凛」
菫色の長い髪を下ろして、赤紫色の瞳を驚きに瞠る少女。
雰囲気もなにもかも少しずつ違うようだけれど、その声や顔立ちは間違いなく、私の知る少女のそれだ。その予感は、サーベが呼んだ彼女の名前で、決定づけられる。
――いや、だめだ。動揺を顔に出すな。疑問を瞳に出すな。声を静めて、心を鎮めろ。
「さて、自己紹介だ。おまえの事情も話してやれ、未知」
「ええ。――初めまして。私の名前は観司未知。天使が人間界を支配していない、その、どうやら過去から迷い込んできたような、人間です。足は引っ張りません。どうか、帰還の手立てが見つかるまで、みなさんの助力をさせて下さい」
そう、頭を下げる。
すると、返ってきたのは沈黙だった。
「――本当なのか。アル」
「ああ、テイムズ。時代検証やなんやらは興味はねぇが、時を渡っているか記憶がぶっ壊れているか二択だろうさ。まぁ、後者はねぇよ」
「そうか。ああ、なるほど、それは最高に不幸だ。WelcometoHell,Lady」
じ、地獄へようこそとはまた……。
いやまぁ、聞いている限り、ある種の地獄ではあるとは思うけれどね?
「どうでもいい。意見があるなら言って。ないなら消えて」
「もう、アリスちゃんはせっかちすぎよぉ? ほぅら、まずは作戦概要から伝えてあげなきゃ」
「馨、うるさい」
「まぁ! アリスちゃんったらひどい! 春花ちゃんもそう思うわよね!?」
「え、ええ、確かにうるさいですね?」
「そっちに?! ひどいわひどいわ! アタシったら不幸すぎよ! テイムズ、慰めてっ」
「年端もゆかない少女たちとゲイとひねくれ者に囲まれた私の方が不幸だろうよ。ああ、すまないな、ミス・観司」
「い、いえ」
いや、これはえっと、中々のカオス。
頭を抱えて呆れている凛さんと、お腹を抱えて爆笑しているサーベ。
なんだろう、この空間。ちょっと今更ながら、ちゃんとやっていけるのか不安になってきた、かも。
不思議だな。
今、無性に、あの騒がしい獅堂や拓斗さんたちと、英雄みんなで集まる“りつ”の会合が恋しい。
私はそう、収拾が付かない場を見て、そんな風に現実逃避をした。
2017/09/12
2018/08/16
誤字修正しました。




