そのご
――5――
迷宮探索を始めて二時間。
みんなで協力しながら進んでいると、ようやく、目的地が見えてきた。
「青い葉……って、あれね」
「うひゃあ、幹は真っ白。なんかこわいね」
「確かに。ジャパニーズホラーだね」
『わんっ、わふぅ……』
その一角は、他にもまして奇妙だった。
まるでそこから急に生態系でも変わってしまったかのようで、ある境界線から雑草の色まで寒色に変化。色合いを無理矢理変えたような違和感。
「なんか私、“異界”に慣れそうにないや」
「そう、だね。うう……」
「早く採って早く帰ろう。私はユメとスズリと、旅館でガールズトークがしたい」
手分けをするのは悪手ということで、まとまって葉を探す。
落ち葉がなければ木から直接打ち落とすのが良いのだけれど……。
「葉の上に無数の未確認生体がある……できれば、避けたいわね」
――と、いうことなので、それは最終手段だ。
虫は無理だよぅぅ……。
「ううん……ユメ、スズリ、見てごらん。落ち葉になると色が変色しているね」
「じゃ、じゃあやっぱり、直接?」
「直接なら打ち落とすけどさ……未確認生命体の性質がわかんないのよねー」
「と、いうと?」
「いるでしょ? 一匹やったら全部来るタイプ」
「あー……」
「ううっ……」
そ、それはムリっ!
でもどうにか解決しないと、課題はクリアできないし……。
未確認生命体を反応させずに、葉を採る。どうしよう。どうやれば……。
「ぁ」
「ん?」
「え?」
ぽんっと手を打って思いつく。
いや、これなら、もしかしてひょっとする?
「有栖川さん、虫って平気?」
「私は問題ないよ。慣れているからね。でも、囮は難しいかな?」
「ち、違うよ! そうじゃなくて、ええっと……虫を避けて、直接、葉を採れるなら――」
「何メートルあると思ってるのよ。有栖川さん、木登り最中に死ぬわよ?」
ええっと、木登り、と言えばそうなんだけど……。
と、とにかく、実験兼ねてとりあえず実践!
「【術式開始・形態・防御・様式・平面結界・付加・術式持続・追加・反発・追加・複数構成】」
魔導術の基本中の基本。
身体の奥底に燻る熱――魔力を循環させて、詠唱に重ねていく独自の感覚。空気中のマナを魔力として体内に貯蔵できる能力さえあれば誰でも使えるのが、魔導術だ。
詠唱という世界への祈願が、術式として構成展開されるのだが……うぅ、複数要素の詠唱は、やっぱり、すっごくつらい……!!
「ちょっ、ちょっと鈴理、あんたすごい汗だけど大丈夫なの!?」
「ス、スズリ? 君がそんな無茶をするくらいだったら、なんとか、頑張って、登ってみるよ?」
『わうん?』
「だ、だいじょう、ぶ!」
今まではこんな詠唱、とてもじゃないけどできなかった。
でも何故だろう。未知先生の、ミラクル☆ラピの“魔法”を何度も見るうちに、不思議と、世界に意識のピントを合わせられるようになってきた、ような、そんな気がする。
そう、まるで、未知先生が寄り添ってくれているような……そんな、感覚。
「すぅ……はぁ――【展開】……っ!!」
掌から浮かび上がった魔導陣。
その魔導陣は一、三、六、八、十六と増えて、木の表面、階段状に交差しながら等間隔に突き刺さる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「すごい……鈴理、あんたやるじゃん!」
「スズリ、ほら、水。すごいな、君は! 私の使い勝手の悪い異能とは大違いだ」
「んぐっ、んぐっ、んぐっ」
「ほら、私の兵糧丸もあげる」
「はむっ、んぐっ、に、にがひ……」
『わんっ』
「な、なめないで、ポチ、わかったから」
二人、とプラス一匹に撫でくり回されて、水と苦い粒を与えられて、びっくりするほど疲れが取れた代わりに目が回る。
「う、うぅ、お、おおおお?」
「ありゃ、やり過ぎたかな?」
「はははっ、ごめん、スズリ。君があんまりにもすごかったから、つい」
「だ、だいじょーぶ? だよー?」
うぅ、目が回る。
でも、うん、喜んでくれたのなら、嬉しい。
「はぁ、ふぅ……せ、説明するね? といっても単純に、反発結界を張ったから、トランポリンみたいに跳ねて上まで行って、葉を採ってきて欲しいの。万が一足を踏み外しても、途中のどれかに引っかかってくれればクッションになるから」
「確かに、階段状に交差していれば、引っかからないこともない、か。ありがとう、ここまでお膳立てされたのなら、私も失敗するわけにはいかないな」
「うぅ、ごめん、有栖川さん。鈍くさい鈴理はともかく、虫が大丈夫なら私が行ったんだけど…………やっぱりちょっと、ムリっぽい」
「ははは、いいよ。友達のために頑張るのは嫌いじゃない。――こんな感情、知らなかった」
「え?」
「いや、なんでもないよ」
有栖川さんはそう言って微笑むと、最初の結界に乗る。
そして何回かバウンドして見せた後、ぐっとため込んで、ばびゅんっと跳んだ。設定しておいてなんだけど、期待の百二十パーセントだ。すごい……!
「よっ、ほっ、とっ、は、はははっ、スズリ! っと、これっ、たのっ、しいっ!」
あっという間に声が遠くなる有栖川さん。
おお、すごい、外国の映画みたいだ。
「有栖川さん、すっごいね……」
「うん……あ、戻ってくるみたい」
有栖川さんは少しの間、木の上に居たようだが、やがてナニカを抱えて戻ってきた。
「は、はははっ、時間が許せばもう一回やりたい!」
「やらせてあげたいけど、術式持続がちょっと微妙、かも。ごめんね?」
「いや、いいよ。でも本当に楽しかった! 魔導術ってすごい!」
有栖川さんって、けっこう絶叫マシンとか好きなのかな?
今度、一緒に行ってみても面白そう。夢ちゃんも誘って、三人で。
「で、成果なんだけど……木の上に芋虫がいてね? それに囓られると変色するようなのだけれど、ほら」
有栖川さんが抱えていたのは枝だ。
ひとり十枚以上は採れる、太くて大きな枝。
根元が綺麗に切れているから、有栖川さんが腰の剣で切り取ったのだろう。
「あとは戻るだけね。二日の日程が一回で済んだわ」
「ああ、そうだね。ふふ、一目置かれるよ、リーダー?」
「そうだね、夢ちゃん! 明日から人気者だ!」
「あんたらもでしょうが!」
そうと決めれば、さっさと戻って未知先生に報告して。
――なんて考えていたら、急に、夢ちゃんが鉄パイプを振り上げた。
「【展開】!」
発射される弾丸が、飛来した鋼鉄の弾丸を弾く。
「ッ――あんたたち、なんのつもり!?」
「君は――見村、君?」
木陰からわたしたちを狙撃したのは、迷宮の入り口で有栖川さんに絡んだ三人組だった。
「ちっ――おまえたちみたいな絞りカスが、真に選ばれた人間である異能者の力を借りたからといって、ぼくらよりも早く課題をクリアするなんて許されることじゃないんだよ! それをぼくらに献上するんなら見逃してやるよ!」
「へぇ? 録音はいーの?」
「黙れ! “聞いた”ぞ! 録音なんかしてないんだろう?! コケにしやがって――!」
夢ちゃんの言葉に、見村君が激昂する。
顔を真っ赤にして唾を飛ばす姿は、とてもじゃないけどエリートには見えない。
それと、気になるのは後の二人だ。さっきから、ずっと無言。なんで、こんな?
それから……。
聞いた?
だれに?
だれが、わたしたちの会話を聞いていた?
「さぁ、置いていけよ! 置いてかないんなら――【鉱器】!」
それが、彼の“異能”なのだろう。
あらゆる物理法則から超越して、鉄の塊が空中から生み出される。物質召喚の“発現型”!
「――さっきのは録音し損ねたけど……じゃあ、今のは?」
『ザザッ――ピッ――おまえたちみたいな絞りカスが、真に選ばれた人間である異能者の力を借りたからといって、ぼくらよりも早く課題をクリアするなんて許されることじゃないんだよ! それをぼくらに献上するんなら見逃してやるよ!――ツゥー――』
「ッ!?」
いや、だって。
そんなあからさまに脅そう! ってされたら、対策を採るのは当たり前のことで……。
「誓っても良い。二度とわたしたちに関わらないって、あなたがあなたの異能に誓うなら、わたしも録音は消して今日のことは忘れる」
見村君にそう言うと、彼は悔しそうに顔を歪める。
自分たちが下に見ているわたしや夢ちゃんはともかく、見村君がその能力を妙に認めている有栖川さんが二丁拳銃を構えて、見村君を冷たく見下しているから、武力行使に踏み切ることもできないのだろう。
「くそっ、どのみち二度と、おまらなんかに関わるか! おい、行くぞ!」
そう言い放ち、見村君は踵を返す。
けれど何故か、あとのふたりはそれに追従しない。
「おい、斉藤? 池田?」
「………………“炎熱”」
「………………“風塵”」
「なっ、おまえたち、なんで――!?」
取り巻き二人から放たれた、炎の波と風の斬撃。
とっさに防御陣を展開しようとするけれど間に合わない……っ、間に合わない!
「ッ」
――わたしと夢ちゃんを咄嗟に抱き留めて、覆い被さる有栖川さん。
――迫り来る炎と風は、何故か空中で衝突して、わたしたちを避ける。
――だが、予定調和だったのだろう。弾丸は衝撃波となって地を揺らし。
「ぁ」
まるで、その衝撃波を合図としていたかのように、地面に、ぽっかりと穴が開いた。
「っきゃあああっ」
「っああああッ」
「ひゃあああああっ」
わたしと、有栖川さんと、夢ちゃんが穴に落ちる。
「し、しらない! ぼくはなにもしらない!! う、うわぁぁぁぁっ!」
見村君の声が一瞬で遠ざかる。
底なしの地面は闇。有栖川さんは無我夢中で夢ちゃんを掴み、わたしを片手で探している。
少し離れたわたしだけが、冷えた頭でそれを見ていて――
「【術式開始・形態・ディ――」
――ああ、だめだ、間に合わない。
きっと間に合わない。それほどまでに、地面は近い。
諦めたくない。夢ちゃんと、有栖川さんと、遊びに行くって決めたのに、友達に、なれたのに――!!
「っ」
『――そのために、我がいる。“狼雅≪ブレス=オブ=ロア≫”』
わたしの頭上で、ポチが口を開く。
解き放たれるのは風の咆吼。吹きさすぶ突風が、わたしたちの身体をふわりと浮かせる。
「ぁ、れ?」
「はれ? ええっと、あれ?」
「た、たすかった?」
降り立った地面は、ひどく冷たい。
混乱する頭で、それでもなんとか周囲を確認すれば、周りは洞窟のようだった。ただ、石畳がひどく冷たい。
「鈴理、あんたがやったの? ええっと、ありがと?」
「ぁ、ううん。わたしじゃなくて、ポ――」
『ワウッ』
「――んんっ。な、なんだかよくわからないけど、風が吹いたみたい」
『わう』
「そ、そうなの?」
「そうなの」
言って欲しくなさそうに吠えたので隠したら、正解だったようだ。
そうだよね。魔法少女のマスコットキャラだもん。秘めたる力は、最終話まで秘密じゃなきゃ! 未知先生かっこいい!
……って、いや、ちがうちがう。そんなこと考えている場合じゃなかった。
「ユメ、スズリ、すまないが上を見てくれ」
「あ、有栖川さん、大丈夫だった?」
「あの、庇ってくれてありがとう。……っと、そうじゃなくて……上?」
言われて見上げた天井。
どこもかしこも、ごつごつとした岩壁ばかりだ……って、あれ?
「ああ。私たちが落ちてきた穴がない」
「と、いうことは、まさか――」
閉じ込め、られた?
誰ともわからない呟きが、洞窟の中を支配する。
先生、どうやらわたしたち、出られない、みたいです――。




