そのはち
――8――
――PM:5:15――
ファミリーレストランの一角。
人質に取られて、もう一時間が経過した。
私たちの周囲の人質は、四人家族が一つと三人組の女子生徒(黒ブレザー、おそらく魔導科中等部生だろう)、それからスーツ姿の男性三人と、ウエイトレスさんが二人、ウェイターさんが一人、シェフが二人。スーツ姿の女性が一人。そして、一人だけ離されている金髪の男性が一人。
スーツ姿の男性三人は、身動きが取れない程度に痛めつけられてから縛られている。金髪の男性の護衛、だったようだ。それから、スーツ姿の女性は私たちの後に立つ男の傍に置かれ、銃を頭に突きつけられていた。
(下手に抵抗するのは人質が危険。かといって、これ以上時間を掛けて――)
横目でリリーを見ると、彼女は先ほどからずっと能面のように無表情だ。
けれど妖力による圧力は上昇していて、一歩間違えると爆発しかねない。
「なぁ、暇だぜ。“見て”も良いだろ?」
「バカ野郎、捕まったらどーすんだよ」
「でもよォ、結界が破られたらわかるんだろ? せっかくの上玉が居るんだしよォ」
「……なぁリーダー、いくらか持って帰っても良いんだろ!」
「社長さんが車を用意してくれたらなァ!」
「ひゅぅ、太っ腹ァ!」
リーダーは、金髪の男性に銃を突きつけている男。
見張りは左右の二人。声質が似ているから、兄弟か親族だろうか。おそらく監視系異能だろう。見る、と言っていたし、透視能力だろうか。ずっとなめ回すような視線は感じるが、霊力は感じない。それほど操作能力は高くないのかな?
私自身は私服にも色々と仕込んでいるからそうそう見通せはしないだろうけれど……一般の方々は違う。発覚してトラウマになる前に片付けてあげたい。
「…………」
なにより。
(――リリー、お願いだからまだ動かないでね?)
監視役の異能者が、盗聴系を使用できないとは限らない。
口に出すリスクは冒さずに、ただリリーをぎゅっと抱きしめて言いたいことを伝える。
「おねロリはぁはぁ」
(おねろり? 詠唱かな? でも、霊力は感じないし……暗号、かな)
言動が怪しい左右の二人。
思考が怪しい前の一人。
なにも喋らない後ろの一人。
危ないのは後の一人かな。能力の情報と犯人の全容さえわかれば、今すぐにでも動くのに……。
「? ――未知、こわいわ」
リリーが怯えたように身体を捩る。
私は、怪訝に思ながらも顔には出さず、彼女に応えるように強く抱きしめた。その一瞬、リリーは空中で何かを掴み、私の影で僅かに逡巡した。
「手を、握って」
「ええ」
そうして、右手の中指に差し込まれる、銀の指輪。
周囲から向けられるのは憐れみの視線ばかり。犯人も気がついていない絶妙のタイミングで、差し出された指輪。これは?
『――未知、聞こえるか?』
「っ(正路さん? ええ、聞こえます)」
『よし。良かった。今、霧の碓氷とおまえの弟子を中心に協力体制を敷いてる。今からこの指輪で犯人の情報を伝えるから、覚えてくれ』
「(はい。いつでも)」
夢さんと鈴理さん、か。
どんな術を使ったのだろうか。魔導術師の私ではまったく気がつかないほど、高度な術? いや、文字どおり全員の力を集結させたのだろう。
魔法少女としての私にしか気がつけないと言うことは、なるほど、リリーになら気がつくことが出来る。
『手短に行くぞ。オズワルドCEO……金髪の男性に銃を突きつけている男が、取捨選択可能の結界異能。男から右が透視、左が聴覚強化、反対側が放出系発火異能、そいつに捕まっている女が変身異能で中身は男』
「(それで全員、ですか?)」
『ああ。どうにかできそうか? 必要なことがあれば言ってくれ』
「(戦力だけなら、こちらに最強戦力が居ます。こちらの合図まで突入は控えて下さい……というのも、大丈夫でしょうか?)」
『ああ、もちろんだ。期待して居るぞ、黒百合殿?』
「(そ、それはやめてくださいっ! ああ、もう、恥ずかしい……)」
今更、しかもこんな時に黒歴史を言わないでください、正路さん!
ああ、でも、悔しいけれど肩の力が抜けた。どうする? 注意を引く? けれど、犯人の精神状態によってはリスクが高い。
状況をよく見て、判断しなければならない。けれどその一瞬の思考の狭間に、四人家族の小さな女の子が、泣き出してしまった。
「うぇえええぇぇ、おかーさん、こわいよぉっ」
「ぐすっ、だ、だめだよ、みか、ないちゃだめだよ」
女の子のお兄ちゃんだろう。男の子が、女の子を宥める。
ご両親も必死に二人を抱きしめるが、泣き声は止まらない。
「ちっ、静かにさせろ」
「は、はい。お願い、美香、泣き止んでっ、お願い」
「うぇぇぇぇっ、ああああぁっ」
「大丈夫、大丈夫だ。何があっても、お父さんが守ってやる。たとえ」
この命を、犠牲にしても?
私の前で、親と子を引き離すような真似を、させはしない。
「(夢さん。銃を落とせる?)」
『任せてください』
正路さんから夢さんに伝えて貰えれば良かったのだけれど、直接繋がるのか。
それなら、話は早い。私はリリーに左右に目配せをすると、彼女は凄惨に微笑んで頷いてくれた。ええっと、殺しちゃ駄目だよ?
「チッ――おい、浩二、浩一、片付けろ」
「えー、遊んでからじゃダメか? リーダー」
男が、へらへらと笑いながら視線を泳がせる。
――その瞬間、私は前に、飛び出した。
「このアマ! がっ?!」
銃を持っていた男たち、四人の手から銃が落ちて、夢さんの狙撃による追撃で銃が砕ける。
――二秒。
「【速攻術式・空撃・展開】」
「ぎっ!!」
放火能力者に魔力を練り込んだ風を、弾丸にして叩きつける。
異能で発現した力は、真空にしても水を掛けても止まらない。だが霊力、もしくは魔力が込められた力ならば話は別だ。
変身能力者ごと吹き飛んだ男を、振り向きもせずに、正面にいた結界異能者に走り寄る。
「おまえ、チッ、人質が――」
金髪の男性、オズワルドさん? の座っている椅子の脚を蹴り、魔力循環による単純な肉体強化でオズワルドさんを抱きかかえる。
そのまま自分の身体を駒のように回転させて、男の腹に掌を“置いた”。
「――はっ、結界があるんだよ、馬鹿、がっ?!」
「【魔震功】」
――五秒。
吹き飛ぶ男に目もくれず、再び放火異能者を見る。
その間に、黒い鎖が左右の盗撮盗聴コンビを捉えて、地面に叩きつけていた。
「【闇の鎖】……この程度で、デートの邪魔をしたの? 生まれ変わってやり直しなさいな」
オズワルドさんを素早く横抱きに抱え直して、跳躍。
放火能力者が放ったへろへろの炎を避け、更に放たれた炎を――
「オズワルドさん、舌を噛まないように気をつけて下さい」
――蹴り抜いた。
「なっ、炎が?! う、嘘だろ!?」
慣れれば、足からでも“魔震功”は可能だ。
たったそれだけのことなのだが、うろたえる男は気がつかない。
「おお、Beautiful……素晴らしいね」
「ありがとうございます、っと」
混乱して次の手が放てない放火能力者に向かうのは、黒い鎖。
その身体に巻き付くと、衝突音を響かせるほどの速度でフロアに沈む。
音は二つ。結界異能者も縛り付けてくれたのかな?
――これで、十秒。
「す、すごい」
誰が呟いた言葉だったのか。
瞬く間の制圧劇に、人質になっていた方々の視線が集まる。それをどうやら、好機と思ったもだろう。変身異能者が女性の顔から男性のものに変わり、懐に忍ばせていた銃を手に取っていた。
「あ、あぶない、おねーちゃん!」
「死ねッ!!」
さっきまで泣いていた女の子の、悲鳴に似た声が上がる。
でも、大丈夫だよ、と、安心できるように微笑みだけ返して指を弾いた。
『【展開】!』
「ぎゃあっ――ど、どこから!?」
夢さんの狙撃が、男の手から銃を弾く。
さらに、一瞬で移動してきた夢さんが、男の背後に現れた。
「どこでもいいでしょ――忍!」
「あぎッ?!」
お、綺麗な魔震功。
特殊部隊服に身を包んだ夢さんの、掌からの一撃が男の意識を刈り取る。夢さんはそんな男の身体から手榴弾のようなものを手早く回収すると、再び闇に消える。これたぶん、私とリリー以外の誰にも察知されることなく去って行ったね……。
「豚のくせにスカートの中身に興味があるんだ? ふぅん? 死ねば?」
「リリー、もういいよ。助かった、ありがとう」
「今晩は奮発なさいな」
「ええ、もちろん――っと、ごめんなさい、大丈夫ですか?」
男をぐりぐりと踏みつけていたリリーを呼び戻して、それから、オズワルドさんを横抱きに抱えていたままだったことを思い出した。あわわ、男の人をお姫様だっこのままだったとか、恥ずかしい。
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう、美しいLady。良ければ名を教え――」
「おねーちゃん! すごい!」
「あの、ありがとうございました!」
「かっこいい! おねーさんかっこいい!」
「え? え? ええっと」
「突入ーッ! 確保ーッ!!」
オズワルドさんが何かを言っている最中に、人質のみなさんが私に集い、同時に特課の隊員さん方がなだれ込む。
するとすっかり人混みに流されて、聞き返すことも出来なくなってしまった。
「君もすごかったね? 異能者? 私ね、関東特専なんだ!」
「あら、そうなの。なら未知に教わることもあるかもしれないわね」
「えっ、あのおねーさん先生なの!? やったーっ!」
リリーは囲まれてものらりくらりとしているが、早々に“有名人”から引退して天に還ったと噂される魔法少女的に、持ち上げられるのは慣れていない。というかそもそも、半分以上は夢さんたちの手柄だしね。
どうしようかと苦笑しつつも、聞かれたことには極力応えていく。そうこうしていると、正路さんたちが近づいてきた。
「みなさん、外に救急車両と温かい飲み物が用意してあります。よろしければそちらにどうぞッス」
警察官の方々の指示に従って移動を始めると、私はそっと輪を外れてリリーを手招きした。
「あの人間の子供、誕生日だったみたいよ」
「……そう、なんだ。それならなおさら、怪我がなくて良かった」
「未知、あなたの誕生日はいつ?」
「今月の二十六日だけれど、それがどうかしたの?」
「ふふ、今日の埋め合わせはそこで良いわ。――だから今日、あなたの好物でも教えなさいな」
そう、楽しげに笑うリリーの姿に、胸が温かくなる。
人間をああも下に見ていたリリーが、結果的に子供たちを助けて、こうして微笑んでくれる。その事実が、すごく、嬉しい。
「――師匠っ、無事ですかーっ!!」
だから、今は、大事な生徒にお礼を言って。
それから、このあたたかなデートの続きをしよう。
彼女の変化に、報いるためにも、ね。
――/――
黒塗りの車。
重装甲のキャデラック・ワンに搭乗する金髪の男性――フィリップ・マクレガー・オズワルド。クラウン社の若きCEOと名高い彼は、頬を緩ませながらモニターを見る。
そこに映し出されているのは、関東特専の教員紹介ページだった。
「良いことでもありましたか? フィリップ様」
「ああ、リック、聞いてくれ。運命の女性に出会ったんだ」
「ほう。それはようございましたね。エストお坊ちゃまも、母が出来るとなれば喜びましょう」
朗らかに告げるのは、運転士をしている彼の執事だ。
老年にさしかかった男性、リックは、“けれど”と前置きをする。
「魔導術師、ですか? よろしいので?」
「ああ。異端者かもしれないが、魔を封じ女として生きるというのなら、それを歓迎するつもりさ」
「さすがはフィリップ様です。このじい、感激いたしました」
「よせ、リック。この程度は当然のことだ」
フィリップは楽しげにそう告げると、モニターに指を準える。その笑顔は深く、あるいは残酷なまでに慈悲深い。
「ああ、それからな、リック。それらしきものを見たぞ」
「と、言いますと?」
「ああ、“Japanese”の“Ninja”だ。“レイル”は夢物語だと言っていたが、中々どうして現実味がない。おそらくJapanesePoliceの一員なのだろうさ。此度の旅路で再び相まみえることは叶わないだろうが――男か女かもわからなかったぞ。すごいな、Ninjaは」
「おお、それはそれは。じいも見てみたく存じます」
「なに、いずれ――」
なぞる名前。
観司未知、と口ずさむ。
「――全て、神の元にひれ伏す。それまでだ」
「ははっ、楽しみに、ございます」
車が走り去る。
まるで、不吉を運ぶように――。
2024/02/01
脱字修正しました。




