えぴろーぐ
――エピローグ――
関東特専にまつわる、こんな噂をご存知だろうか。
ある日、一人の男子生徒が放課後の校舎で、悪戯をしようと隠れていた。すると、雲一つ無かった夕暮れに突如暗雲が立ちこめると、空に赤黒い稲妻が浮かび上がる。不気味に思った彼はさっさと悪戯を仕掛けて帰ろうとして、ふと、声を掛けられるのだ。
「おにーさん」
「おにーさん」
「おにーさんは、悪い子?」
少女の姿は定かでは無い。ただぼんやりと廊下に浮かび上がる。彼は驚きと後ろめたさからもう逃げてしまおうと走った。すると次の曲がり角で再び、少女はこう語りかけるのだ。
「おにーさん」
「おにーさん」
「おにーさんは、悪い子?」
これにはたまらず、彼は必死に足を動かした。異能とも魔導とも判断のつかない恐ろしげななにかに関わりたくなく、なんとか校舎を出て森に入り、大きな木に背中を預ける。
これでもう大丈夫だ。悪戯なんて考えなければ良かった。さっさと帰ろう。そう彼が震えるように呟いていると、ふと、音が聞こえてくるのだという。ずるり、ずるり、となにかが這うような音だ。
彼は「どこだ! 誰か居るのか!」と叫ぶように問います。すると、答えは直ぐに返ってきました。
「はぁい、お・ま・た・せ。おにーさんは、悪い子ね?」
木の上から樹皮を伝い這って現れたのは、定かではない少女の姿。頬に手を寄せられて、紅い稲妻を浴びさせられるのです。
彼はその後、発見された際にこのことを譫言のように呟くと、そのまま意識を失ってしまいます。
そして再び目を覚ました時、まるで役目は果たしたとでも言いたげに、穏やかな瞳でこう、呟いたのだといいます。
「あの、ぼくはだれでここはどこなのでしょうか?」
と。
『関東特専最新七不思議』 文:怪異郷土史研究会 清水 恵理子
つらい。
「はぁ……」
郷土史研究会が発表した最新の七不思議情報に、思わず深いため息を吐く。
まぁ私自身もあの日のことは記憶にない。ないったらない。ないの! こほん。
「うぅ、もうやだ、どうしてこんなことに」
ヤミラピに変身をして、確かに私の望みどおりにことを運んでくれた。
正体を隠して、被害を最小限に収めて、けが人の回復までする。なるほど、結果を見るのなら最良だ。けれど、私の周囲に目を向けると、良し悪しは迂闊に言えなくなる。
なにせ、香嶋さんは私を熱い眼差しで見るようになるし、水守さんは私に対してあからさまに腰が引けているし、アリュシカさんも生暖かい目で見るし、ドンナーさんは私を見るたびにちょっと涙目になるし、夢さんに至っては目が怖いし。
ロードレイス先生は正体がばれていないので大丈夫だけれど、一時期は廃人のようだった。虚空に向かってぶつぶつと神へ許しを請う姿は涙を誘う。
唯一、鈴理さんは態度が変わらなかったけれど、あの日の無茶とは話が別なのでぎっちり絞らせて貰ったけれど。アリュシカさんに“啓読”で知り得た情報を聞いた限り、あのまま力を使おうとしてたら暴発。血を吐いて倒れる鈴理さんの姿が見えたのだという。状況的に、見えてなくても“魔法少女”であれば、例え即死するような暴発でも直近なら蘇生できるがそういう問題ではない。
「観司先生、そろそろ」
そう、あとは、それから。
瀬戸先生に声を掛けられ、頷いて立ち上がる。これから行うのは事情聴取だ。たった二人、事件に関わって記憶が残っていた生徒がいる。彼らから詳しい話を聞くために、私は瀬戸先生と連れたって生徒指導室に向かう、の、だけれど。
「あの、瀬戸先生」
「どうかしましたか? 観司先生」
いつもの様子だ。普段となにも変わらない。
ビシッとスーツを着こなし、パリッと髪を整えて、クイッと眼鏡をあげる。いつもどおりの瀬戸先生だ。うん、それは良いのだけれど。
「わ、私の、その、――返して、いただけませんか?」
「――さて、なにを返せと? なにか借りていましたかな?」
しれっと、しれっとそう言う瀬戸先生。えっ、言わなきゃダメなの?
「や、やみらぴがあなたに渡した、あれですよ、あの、わ、わた、私の」
「良いですか? 観司先生。はっきりと言ってくださらないと、私も対処のしようがありません」
解りづらい、本気かどうか解りづらい。
うぅ、いやだって、どうしよう。私のその、ぶ、ぶら、うぅ。
「……な」
「な?」
「なんでも、ありません」
「そうですか。では、行きましょう」
いや聞いても良いんだよ? いい大人だし。
ただこう、瀬戸先生にとって“思い出したくない情報”だったら目も当てられないじゃない? これからまだまだ大きな仕事もあるのに。
……本当だよ? 恥ずかしいとかじゃないからね?
「入りますよ」
あっと。そうこうしているうちに到着してしまったので、入室する。
生徒指導室には二人の生徒が居た。警護と監視のために居てくれた新藤先生と交代し、瀬戸先生と並んで席に着く。
「げっ、瀬戸先生」
「きゃっ、観司先生」
一人は平凡な雰囲気の男子生徒。三年生異能科の棟方恭弥君。
もう一人は、茶金の髪をセミロングにした少女。異能科二年生の滝沢奈希さん。
二人はこの事件に関わって、――記憶を失わなかった、数少ない人間だ。棟方君は言わずもがな、取引場面での取り押さえだ。だが、実際にペンダントを貰った人間はみんな天使化現象を起こし、ペンダントに関わる全ての記憶を失っていた。どうも、一つの発動がキーになって呑み込まなくても発動するようになるらしく、あのとき、滝沢さんが投げたペンダントを烏が呑み込んだときに、力が解放されたようだ。
つまり、鈴理さんたちが“キューピッドさま”を捕まえた時、彼はペンダントを呑み込まずに天使化したというが――きっかけは、滝沢さんの烏の天使化だった可能性が高いのだ。
「集まってくれてありがとう。さっそく、お話しを聞かせて貰えますか?」
「え? つぅても先生、おれ、先生方が知っている以上の情報は知らないぜ?」
「いや、そんなことはないでしょう。棟方君、君はどうやって“キューピッドさま”の情報を知り得たのでしょうか?」
瀬戸先生がそう問いかけると、棟方君はスッと目を逸らす。
やましいことがあるのだろうか。そう問い詰めようとする瀬戸先生を手で制して、任せて貰う。
「棟方君。私たちには、あなたの情報がどうしても必要なのです。どうか、お話ししてはいただけませんか?」
少しでも真摯な気持ちが伝わるよう、強ばった手を取って、まっすぐと目を見つめる。
すると棟方君は口を半開きにして顔を真っ赤にすると、石のように固まってしまった。あれ?
「っ、や、やわらかい」
「チッ、ぼっち先輩さっさと言うことを言ったらどうですか?」
「お、おま、おまえ! なんでおれがぼっちだって知ってんだよ!!」
「友達居なさそうな顔ですもん」
「顔?!」
ええっと、どうしよう。収集がつかなくなってしまうと、この場を私に任せてくれた瀬戸先生に申し訳が立たない。どうにか、話を戻さないと。
「あの、棟方君?」
「ひゃ、ひゃいっ」
「それで、教えて欲しいのですが……よろしいでしょうか?」
「う。も、もうちょっと上目遣いで」
「は?」
「ぼっち先輩、今のやりとりは女子ネットワーク流しますねー」
「やめて! 言う、言うから!」
ちょっと妙なことを言われたが、瀬戸先生の強烈な眼光と滝沢さんの言葉に、棟方君は慌てて頷いた。
「ぼ、ぼっちが嫌で図書室で“コレで君も友達百人”シリーズを読んでいたら、本の間にメモが挟まっていて、それで」
「なるほど……。それに、指示が?」
「はい……。正直、ダメ元でも良いかなって思って、豚五郎を持って行きました」
豚五郎――ああ、豚の貯金箱か。名前をつけているんだね。
「そしたら、あの野郎が居て、あとは先生方とのご存知のとお――」
「野郎? 女郎じゃなくて? ぼっち先輩」
「ぼっち呼ばわりは止めろよぉっ――って、へ? いや、確かに男だったぞ?」
ここに来て、滝沢さんと棟方君の主張が食い違う。
どういうことだろう。そう瀬戸先生と顔を合わせて首を傾げていると、そんな私たちに気がついた滝沢さんが、ぽんっと手を叩いた。
「ああ、なるほど。私の異能って“常時発動”なんですよ」
「え?」
「“共存型”、真読の魔眼。隠された真実を一つだけ暴く異能です。確かに男子生徒の格好はしていましたが、女生徒でしたね。なにせ、隠蔽された正体を知ってやろうと思って見ていたら、女生徒だっていうことしか判明しなかったんですから」
それは……。
いやでも、そうだとするのならば――あの日、棟方君と遭遇した“キューピッドさま”。他の人と同じように記憶を失った彼は、“替え玉”であった可能性が高い。ここまで徹底しているのであれば、背後関係を洗っても意味はないかも知れないが、調べる必要はある。
“キューピッドさま”……井釜九郎君は素行の悪い生徒で、教員だけでなく風紀委員や生徒会にも呼び出されていたような生徒だ。悪い繋がり、を探ると枚挙に暇がない。
「む? だが滝沢君。君は“解読の技眼”で申請が通っているが?」
へ? 解読の技眼?
目に宿る共存型にはランクがある。それが、下から技眼、魔眼、天眼だ。解読の技眼はその中でも“知識にない言語でも解読可能”というものだったはず。
「いやー、能力覚醒があったんですけど、申請忘れてて」
「そうでしたか。次はありませんよ? 滝沢君」
「はーい」
こうなると、再びことは暗礁に乗り上げる。
けれど判明したことは重要なことだ。男子生徒の格好をして販売していた謎の女。背後関係の掴めない謎だらけの“天使化現象”。
「あの、それで観司先生っ。なにかぁ、困ったことがあったらまた相談に乗ってもらっても良いでしょうか?」
「滝沢さん……ええ、喜んで。いつでもお待ちしておりますよ」
「滝沢、おまえ、ブリすぎだろ」
「女子ネットワークのネタ提供?」
「ごめんなさい!」
仕事、という名目で長い間特専から引き離されている獅堂と七のことも、こうなると気になる。
もしかしたらまた、大きなナニカが動こうとしているのではないか。そんな胸騒ぎが、静かに進行する事態と共に、ゆっくりと広がっているような気さえした。
「警戒が、必要ですね。瀬戸先生」
「はい、そのようですね」
神妙に頷く瀬戸先生。
今回はもう事態も落ち着いたと思ったのだけれど、次の大きなイベント、“第一期修学旅行”に向けて、いくつか“保険”を用意して置いた方が良いだろう。
二年生“第一期修学旅行”。
英雄たちが“やり過ぎた”せいで、英雄は一歩も入れず――“ラピに変身”することさえも叶わない異界、“琉球大庭園”が舞台なのだから。
――To Be Continued――
2024/02/01
誤字修正しました。




