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そのきゅう

――9――




 閃光が走る。

 天使も悪魔も、基本的には人間とは比べものにもならない“規格外”の生命体――所謂、“高次元生命体”だという。鏡先生もそう、と、わたしは師匠に聞いたことがあった。


 閃光が奔る。

 天使化、というものが厳密にどういうものか、よくわからない。でも天使化したレイル先生は、圧倒的と言っても間違いないほど強力になって、わたしたちに立ち塞がった。


 閃光が趨る。

 時間を追うごとに巨大になっていく歪な片翼。辺りを食い荒らすほど凶暴だ。対してそれを背負う男の子の方は息もたえだえであり、今にも崩れ落ちそうな印象を受ける。なんだか、とてもちぐはぐだ。






「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

「――鈴理、あんた、大丈夫なの?」

「夢ちゃん……うん、えへへ、大丈夫だよ」

「笑って誤魔化さないの」


 歪な片翼から全方位に向けて、無造作に放たれる閃光。

 平面結界フラットバリア回転ロールで受け止めて流すと表面が削り取られ、反発バウンドで跳ね返すと第二射の的にされる。干渉制御との併用でなんとか前線維持をしてきたが、そろそろ厳しくなってきた。

 今はレイル先生が作り出した銀十字の盾でなんとか凌いでいるが、時間が経てば経つほど翼から放たれる光線の威力は増していく。おかげで、レイル先生もフィーちゃんも迂闊に前に出ることが出来ない。


「い、いっそ、翼を切り落としてしまうのは、ど、どうでしょうか?」

「そうね……ロードレイス先生、天使は翼が落ちても生きていられるモノなのですか?」

「サアネ……。真に天使であれば、翼は実体を持たない霊力のカタマリだ。ソモソモ切れたりしないんだよ」

「やはり、どうにか本人の意識を刈り取らねばならないのか。ユメ、影から狙えはしないか?」

「無理ね。姿を消して不意打ちを狙ってみたけれど、本体が反応できなくても翼が反応しているわ。だったら、“当たらざるを得ない”状況を作ってから攻撃をした方が、遙かに建設的よ」

「唯一の救いは、鈴理のおかげでアレがあの場から動けないことだな。お手柄だぞ、鈴理」

「えへへ、ありがとう、フィーちゃん。まぁ、千日手なんだけどね……」


 そう、幾度目かの衝突の再、レイル先生に銀を借りて本体の足に巻き付け、重量増加で固定。単純に動き回れなくしたのだ。すると、翼が自動防御に切り替わってこの有様なのだが。

 先ほどから裁き裁きと声を張り上げていた本体も、今やうめき声のみに変わっている。彼自身の生命力が持つかどうかも、心配だ。


「た、“たたき切れ”はだめ、だね」


 静音ちゃんはそう、しょぼんと告げる。

 握っているのは腕輪だ。ゼノを召喚して叩き切れ、は、なんというか、オーバーキルなのだ。なにせ、その一撃は重厚にして必殺。切って良いなら勝てる自信がある。けれど今の目的は、あくまで意識を刈り取ること。

 悪魔を相手に敵を切り倒す、ということとは訳が違う。


「ソトも気になるな……ボクのヴィーナスも、ナニカに巻き込まれていると思った方が良いだろう」


 防御壁の影に引きこもりながら、レイル先生がそう呟く。

 そう、わたしたちがより守りやすい廊下での攻防戦に切り替えない理由も、そこにある。外部でもなにかしらの動きがあった場合、この歪な片翼を外に逃がしてしまうことにもなりかねない。

 そうなったら、たくさんの一般生徒が巻き込まれてしまうことだってあると思う。だから、なんとしてでも足止め。本当なら師匠の到着を待てば良いだけだったのだけれど、それも難しい。なにせ、連絡停止から五分で動いてくれるはずが、もう三十分も過ぎているのだから。


「っ、スズリ、ユメ、みんな、警戒!」

「ッ静音ちゃん、フィーちゃんの後へ!」


 意識を切り替え、身構える。

 するとちょうど、“それ”がリュシーちゃんの見えた未来の光景だったのだろう。銀十字がひび割れて、その結界が綻んでいくところだった。


「【速攻術式セット平面結界フラットバリア操作展開陣コントロールバレル術式持続ドゥレイション展開イグニッション】」


 世界から自分の“からだ”に魔力を循環。魔導術として発現させる。


「“干渉制御ロジック・コントロール”・“慣性制御イナーシャ・コントロール”・“円周固定サーキット・カスタム”」


 自分の“こころ”から霊力を汲み上げ循環。異能として発現させる


「くぅ」


 思わず声が漏れる。

 それほどまでに、異能と魔導の完全併用はわたし自身を消耗させる。それでも、中央の平面結界フラットバリアを中心に、回転して配置された六枚の盾。レイル先生の十字架が砕けたあと、頼りになるのはこれしかない。


「鈴理、無茶しないの! 【起動術式スタートワード忍法ニンジャスペル】」

「ゆ、夢! 鈴理の補助は私がやるから、夢は迎撃に回って! あ、あんなのに、私の大事な鈴理は指一本触れさせないわ」

「お、おお、久々のブラック静音。オーケー、任せたわ。【雨々降々レイニー・レイン・レイ展開イグニッション】!」


 夢ちゃんが天井に巻物を投げると、天井付近に雲が出現した。グレードアップしている?


「汝は知、汝は慧、汝は叡智を宿す深淵の杖。なればその身は、【永久の賢者】と知れ♪」


 おお、静音ちゃんの歌で力が満ちる。

 効果は魔導、異能ともに回転効率あげること。軋んでいた心と体が正常になる。これなら、なんとかなりそうだ。


「私はこのまま、全体防御バフを継続するわ。役割は先ほどと同じ。さぁ、来るわよ!」


 杏香先輩の言葉に、身を引き締める。

 途端、レイル先生の渾身の十字架が砕け散り、閃光の雨がわたしの結界を貫こうと駆け抜けた。けれど、天井に出現した雲から文字どおり雨のように降り注ぐ水の針が、閃光の勢いを減らしてくれる。


「このまま、叩き潰す! 【重火減転じゅうかげんてん・イルアン=グライベル】続いて【剛腕力帯ごうわんりきたい・メギンギョルズ】もう一つ! 【雷揮神撃らいきしんげきぃッ――」


 フィーちゃんが、閃光の雨をくぐり抜けて趨る、奔る、走る。


「電力調整、神経麻痺レベルまで低下。このまま潰れろ【ミョルニル】!!」

我が意に従え(Order)――【聖人の銀矢(SaintCross)】!」

「後ろは気にせず走り抜いてくれ、フィフィリア!【起動ライズ】!」


 フィーちゃんに向かった閃光を銀の矢が落とし。

 片翼が形を変えて何かをしようとすると、“予知”したリュシーちゃんが緑に光る腰の剣を投げて、翼に本体を守らせて防ぐ。


 そして。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 轟音。


『ギィヤァアアアアアアアアアアアアアアッ?!』


 光の柱のように上がる閃光。

 鳴り響く空気を焼き焦がすような音。


「っふぅ」


 飛び退いて、わたしのすぐ前に着地するフィーちゃん。

 わたしはその土煙にただ、願う。お願いだからもう、起き上がらないで――!


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

「警戒、続けて」

「ふぅ、ふぅ、ふぅ」


 息の切れる音だけが響く中。


「っ」


 最初に唇を噛んだのは、黄金に輝く左目で前を見据えていた、リュシーちゃんだった。


「来るぞ、みんな――“神獣化”だ!!」


 気を引き締めて。

 けれど、絶望に似た痛みが胸に宿る。

 これ以上? さらに? しのぎ、切れないの、だったら。


 誰かが手を汚す前に。


「“干渉制御ロジック・コントロール”」


 霊力を巡らせろ。

 魔力を十全に満ちさせろ。

 わたしは狼。群れを守る狼の王。




「【霊魔力同調展開陣ハイマジックユニゾンバレル】」




 翡翠の力が混ざる。

 蒼玉の力が混ざる。


『ギョァアアアアアアアアアアアアアァァッ!!』


 土煙の中から現れたのは、歪な片翼の獅子だった。

 狼に猫をあてがうなんて、なんて無様。




「【“心意刃如プリズン・アーツ”】」




 胸に手を当てる。

 翡翠と蒼玉。混ざった色は、緑とも青とも分けられない鮮やかな“ターコイズ”。

 初めて使う力だ。自分に、こんな力の使い方があるなんて知らなかった。異能者は己の力を受け入れ、理解を深めることで次のステップに進むのだという。


 なら、わたしが今、発現させようとしているこの力は、なにが生まれるのだろうか。

 今の状況に、あの獅子を屠る力になるのは、どんな力だというのだろうか。


 いや、違う。

 これは、きっと。




「【“創造干渉クリエイト・ロジック狼雅天フェンリルアウ――」


「だめだ、誰か、スズリを止めろ! “それ”を使わせたら、スズリがッ!!」




 声?

 だめ。

 もう遅い。


 だって。






――「はーい、そ・こ・ま・で★」






 耳に。



「――ター、きゃんっ!?」



 息が、吹きかけられる。


「ふふっ、あははははっ。このまま見ていてあげても良かったんだけどぉ、あんなののせいであなたが愛でられなくなるのも業腹だしぃ」

「え? え? え?!」


 深い瑠璃色と赤。

 燃えるような紋様の浮かぶ肌。

 露出度の高い魔法少女服を身に纏う、十歳前後の可憐な少女。


「ハァイ、可愛い可愛いあたしの下僕。ちゃんと持ちこたえられたみたいだから」


 夜よりも深い瑠璃色のツインテール。

 血よりも濃い深紅の双剣型ステッキ。

 カッと音を鳴らして降り立つ、フリル付きヒール。


「あとであたしが、“アダルティ”にご褒美を、あげるわね♪」


 ぱちんっとウィンクをする幼い少女。

 その姿、そのステッキ、その雰囲気をわたしが見間違えるはずもない。


「ヤ――ヤミラピ!?」

「お・ひ・さ~」


 ええ、師匠、えぇ……。

 誰もが口を開けたまま、動くことが出来ない。

 可哀想なほどに震えているレイル先生を、正気に戻す余裕なんて、わたしにもあるはずがなくて。




「さ――オシオキの時間よ★」




 わたしたちはただ、成り行きを見守ることしか、できそうになかった。





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