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そのに

――2――




 新年。

 まだ冬休みは終わらないこの時期は、家に帰れない居住区生徒にとってはとっても暇な時間だったりする。

 クリスマスは残っていた夢ちゃんや、家族行事の多いリュシーちゃんは特専にはいない。毎年、それはそれは寂しいお正月を迎えていたのだけれど、今年からは違う。わたしの部屋で、わたしと一緒にポチの毛繕いまでしている、新しい“友達”の姿があるからだ。


「今年は、静音ちゃんが居てくれて良かったぁ」

「だ、誰も居なくて寂しい、もんね」


 そう。

 あの遠足で急速に仲良しになったわたしたちと、静音ちゃん。

 とくに、街を挟んで手前側の女子寮に暮らす夢ちゃんとリュシーちゃんと違い、わたしと静音ちゃんは、山と河に面した居住区生徒寮だ。自然と、お喋りするような機会も多くなった。

 こうして三が日もわたしの部屋に集まって、ポチと三人で遊んでいる。人? まぁ、いいか。友達だし。


「ポ、ポチさんは観司先生の飼い犬なんだよね?」

『如何にも』

「あれ? 契約魔獣なんだよね? 飼い犬でいいの? いいんだね……」


 ツッコミ役が不在だと、わたしがツッコミに回らないとならない?

 ううん、夢ちゃんが居てくれたら……いや、夢ちゃんも暴走し出すとボケかな。しょうがない。

 ……と、そういえば。お腹を見せてだらけるポチを見ていてふと、思い出す。


「あ、そうだ。わたし、師匠に魔導術式のことで聞きたいことがあったんだった。ねぇポチ、師匠がどこにいるのかわかる?」

「勉強、熱心だね、笠宮さん」

『わかるが……今は、やめておいた方が良いな』

「はへ?」


 仕事中、とかかな。

 お休みの日だからお出かけ……?

 いやでも、居ることは居るのか。


『風邪だ』

「風?」

『風邪だ』

「た、大変、じゃないですか?」


 風邪……えっ、風邪!?

 ど、どうしよう。お見舞いに――


『もう寝付いた。そっとしておけ』


 ポチの言葉で、立ち上がりかけた身体を戻す。そっか、寝付いた、か。それなら仕方がない。確か以前にも、体調を崩していたなぁ。もしそれだけ身体を酷使している原因がわたしにあるのだとしたら、それは、どう償えば良いのだろうか。

 あんなに与えて貰っている。あんなに救って貰った。今もまだ、傍に居るだけで救われている。臆病者のわたしは、どれほどあのひとの為にあれるのだろうか。


『……悩むだけ無駄だ』

「ポチ?」

『強くなれ。ボスを守れるほどに強くなれば良い。なに、壁は世界“最高”だ。やりがいがあるだろう? 同胞』


 そっか。

 うん、そうだ。

 単純だ。できないかもしれない。でも、できるかもしれない。同じ“かも”なら、出来る方に賭けたい。望む未来を掴むために、走りたい。


「――仲、良いんだね、笠宮さんとポチさん」

「もちろん! 友達だもんね」

『うむ。同胞ゆえにな』

「そう、なんだ。ひとと、犬でも仲良くなれるの、なら」


 そう、少しだけ目を伏せる静音ちゃん。静音ちゃんの過去は、クリスマスパーティの直前に、夢ちゃんとリュシーちゃんも並べた三人で聞いていた。名家に迫害されて、追放されてきた女の子。それが、静音ちゃんなのだという。

 通じるものがあるリュシーちゃん、名家でありながらおおらかな家の夢ちゃん、家族と向き合うことが出来ていないわたし。みんな、ちょっとずつ、静音ちゃんと共感できるような部分もあった。


「ご両親、の、こと?」


 慎重に。

 でも、逸らすことなく聞く。飛び出すものがどんなものであれ、受け止めると決めた。分かち合うと、話し合った。約束を、交わした。


「ふふっ」


 んん?


「あのひとたちは、良いんです。年末に声があり、電話で二言三言お話ししましたが、ふふっ、育ててやった恩を返せ、と。奇妙なことをおっしゃる。私を育てたのは私を道具にするために鍛え上げて死んでいった大御祖母様であり、彼らではないというのに。早々に特専に捨てておきながら、よもや己で育てたモノであるなどと、ふふふっ、ねぇ、笠宮さん?」

「ひゃいっ」

「――おかしなお話しだと、思わない?」

「そそそ、そうだね!」


 暗く、夜の海の様に淀んだ眼。きっと、おどおどとした彼女が素の姿であって、これは、静音ちゃんの家が“そう振る舞う道具”として育て上げた偽りの姿なのだろう。だって、今の静音ちゃんの振る舞いには、隠しきれない嫌悪と、憤怒と、寂寥があったのだから。


 動揺を、隠している? 違う。


 瞬きは少ない。

 瞳も泳いでいない。

 ただ、目線だけは俯いていた。


 なら、これは――


「――怒りたいなら、ありのままに気持ちをはき出せば、良いんだよ?」


 頭を引き寄せて、抱きしめる。

 静音ちゃんの抵抗はなかった。すとん、と、もたれかかるようにわたしに身を任せてくれる。


「なんとなく、わかるよ。吐き出し方がわからないんだよね? 大丈夫。わたしは友達だから、どんなあなたでも受け入れるよ」

「……は、ぃ。興味もなかった癖に、自分の都合の良いだけの成果を出せば直ぐに掌を返すなんて、そ、そんなことがなんでできるのかわからない! だって、だ、だって、“おまえは不要だ”って、言ったから! だからっ、私は、一生懸命、何年も掛けて、“家族”を諦めたのに!!」

「うん」

「や、やだよ、なんで? なんで今更? 例え、道具でも、で、出会う前なら、そ、それでも、必要とされることが嬉しいんだって、思い込むことに努力できたのに! もう、やだ、やだよ、“私自身であれる場所”を、す、捨てたく、ないッ!!」


 血を吐くような叫びだった。

 涙を呑むような叫びだった。

 海が揺れるような、叫びだった。

 音が震えるような、叫び、だった。


「なら、一緒に頑張る。捨てなくても良いように。でね、いざとなったら逃げちゃおっか」

「ぇ?」

「わたしたちがいればどうにかなるよ。どうにだってなるよ。だってわたしたちの群れは無敵だからね。わたしは背もちっちゃいし、なんだか色々幼いけれど、それでも、群れを守り外敵には牙を剥く、“狼の矜持”を持っているのですよ。これでもね?」


 なら、その絶叫さけびを、わたしの咆吼さけびでかき消そう。

 上塗りして、覆い尽くして、食らいつくそう。心の底から笑い合えるように。


「ふ、ふふっ、やっぱり、笠宮さんってへんなひと」

「へ、ん? えっ、変かな?」

『変だな』

「いや、ポチには言われたくないよ?」


 あ、あれ? なにか間違えちゃったかな?

 首を傾げていると、くつくつと、押し隠すような笑い声が聞こえてきた。んん? からかわれた? そう、少しだけ頬を膨らませて静音ちゃんを見る。


「ご、ごめんね。うん、ふふっ、ありがとう」


 ぁ。

 うん。

 でも、うん。


 そんなにきれいな顔で笑ってくれるのなら、もう、なんか、いいかな。


「元気が出たよ。ありがとう。うん、いつか、ぜったい、あ、あの人たちを――」

「うん」

「――ぎゃふんって、言わせてあげる、ね!」

「うん、その意気だよ!」

「じ……地獄の釜で後悔させてあげたら、き、きっと、自分たちが道具にしようとしたモノが何であるか、心の底から、理解して貰えると、思う」


 んんん?

 なんだろう。これ。ブラック静音? いいなぁ、ヤミラピみたいで格好良い。羨ましいけど、ここは我慢我慢。……ブラック鈴理、いや、闇鈴理? 格好悪い。ううむ。


「よし! 気分転換に、ちょっとお散歩でもしよっか?」

「ふぇ? ふ、ふふ、うん。笠宮さんと、ポチさんの散歩、だね」

『リードは不要だ。覚えておけよ? 礼節ある狼だ、ビニール袋とスコップもいらんぞ?』


 ポ、ポチは人間の文化に染まりすぎだと思うよ?

 だけど、手を引いた静音ちゃんがどこか嬉しそうにしてくれたから、深いことは何も言うまい。さっきまでの黒い静音ちゃんも、すっかり鳴りを潜めたようだ。

 ……さて。実のところ、おじいさまに身体を間借りされていた頃は、不要に外出しようとは思わなかった。だから、歩き回ることが目的での外出をしようと思い立ったのは、今日が初めてのことだ。なんだろう、だからかな。自然と胸を躍らせる自分も居て、そのことがなんだか嬉しくさえ、思う。


「さ、マフラーとコートの準備は大丈夫?」

「う、うん。行こう? 笠宮さん」

「うんっ」


 友達二人と、並んで歩いて。

 変質者に襲われる心配もなく、こうして歩き回ることが出来る。そのことは、きっとなによりも幸福なことだ。

 だから、うん、たまにはじっくりたっぷり、平穏安寧を、味わってみようかな。




 そうそう、ナニカに巻き込まれるようなことなんかないだろうし、ね!





2016/12/09

誤字修正しました。

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