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そのはち

――8――




 富士の極限樹海は、旧青木ヶ原の樹海と同じで、非常に迷いやすい構造をしている。

 だから私は探索術式には頼らず、ただ、ポチの居る方角に向かって進み続けた、の、だけれど。


(変だな……ポチの気配に、なにか“混ざった”?)


 魂で繋がる魔獣契約に、なにか異物が混ざったような感覚。

 そのことに危機感を覚えて、陸奥先生には申し訳ないが、ギアを上げることにする。


「陸奥先生、急ぎます」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はへ?!」

「【速攻術式セット脚力限定超強化ステップブースト展開イグニッション】」

「あわわわ、うぉぉおっ!!」


 一歩一歩の超速化により、障害物を避けるのは視覚ではなく探知頼りとなる。こういった障害物の多い地形で行うには中々危険な術なのだが、どうにも胸騒ぎがする以上、急ぎたい。

 ポチ……は、ほとんど心配していない。全盛期の力を持つ彼は、そこらの悪魔に負けたりはしない。それよりも、ポチになにかが混ざったこと。それが、どうしようもなく、“嫌な予感”を増長させる。


「あれは?」


 そして。


 空けた場所。

 石柱の刺さる空間。

 灰色の巨大な、悪しき気配を持つ狼。

 狼に立ち向かう、夢さんと、有栖川さんと、水守さんと……あ、あれ? 鈴理さんの髪が黒くなってる? だめだ、この距離じゃなにがなんだかわからない。近づかないと。


 そのためにはまず、牽制!


「【速攻術式セット昏倒弾ショックブレット展開イグニッション】!」


 撃ち放たれた弾丸が、灰狼の額に直撃する。

 すると脳を揺らされ、さらに術式により昏倒効果を付与されていたことで、実際に倒れこそしなかったがかなりふらついている様子だった。

 そんな灰狼に、私が足を止めたことで辛うじて追いついてきた陸奥先生が、手を向けた。


「“幻視ファントムコート”! これでっ、しばらくはっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」

「ありがとうございます、陸奥先生」


 言い残して、固まる鈴理さんの元へ近づく。

 多少傷はあれど、大きな怪我を負った様子はない。気になる、すっごく気になることはあるけれど、最初は安否確認!


「みんな、遅くなってごめんなさい。夢さん、状況報告を」

「は、はい! キメラのような石狩兎モドキと戦闘、鈴理が怪我を負うも復帰、石狩兎モドキを打倒、鈴理が言うには“ししょくしゃ”になって復活、です!」

「枝蝕者、ね。ありがとう。それで、鈴理さんは、ええっと?」


 ふさふさの黒い耳。

 ふさふさの黒い尾。

 縦に瞳孔が割れた、金の眼。


 えっ、あれ、モードチェイサー?

 じゃ、なくて、まさかこれって……。


「“悪魔憑依(デーモン・トランサー)”?」

「は、はい。“死にかけていたところ”を、ポチに助けて貰って」

『馴染ませるまではこの状態にしておいた方が良いだろうよ、ボス』


 す、鈴理さんの身体と鈴理さんの声でボス呼ばわりされるのって、新鮮ね。

 いや、それよりも、“死にかけた”と、そう言った?

 よく見れば、制服の腹部分には背中から貫通したような大きな穴がある。中の肌には傷一つないが、黒い制服に染みこんでいるのは、血だ。

 他の四人に聞こえないように、ポチに小声で問いかける。


「ポチ、鈴理さんはどう?」

『馴染ませれば問題はない。ボスの傍の方が我も力を調整しやすい。この場に残せ』

「そう。“完全解除フルリミット・アウト”は?」

『我の存在が鈴理を喰いかねん。まだこのままの方が良いだろう』

「あなたから見て、三人は?」

『戦える。が、発現したばかりの力のようだ。退かせた方が良いだろう』

「そう。ありがとう」

『――怒りもほどほどにな、ボス』

「ええ、勿論。あなたの取り分もあるものね」


 なによその目は?

 わかっていますよ。勿論、ええ。

 やりすぎかどうかは――叩き潰したあとにちゃんと考えるから。


「夢さん、撤退は可能ですか?」

「静音の異能で、強化されています。難しくはないかと」

「そう。ならあとは、私に任せて」

「――なるほど、はい!」


 いや、うん、なんのなるほど?

 うん、そう、私にはなんの心配もいらないと理解してくれるのは嬉しいけれど、うぅ。

 撤退、というワードで、私の意図を把握したのだろう。見れば、アリュシカさんまで目を輝かせていた。


「夢さんたちは撤退。鈴理さんは残留。陸奥先生も、一緒に撤退を――」

「だめです! 観司先生と笠宮さんを残してなんていけませんからね?! 第一、速度強化をもたない異能者の僕では、撤退する彼女たちの足手まといです!」

「――そ、そうなんですよね」


 普通に考えてそのとおりだ。

 速度強化を魔導術や異能機械で補える彼女たちと、抱きかかえても問題ないであろう軽さの水守さんならまだしも、陸奥先生をそこに混ぜるのは無理がある。

 また、先頭において足手まといにだけはならない異能の陸奥先生をこの場から離すのは、現実的ではない。

 だから、うぅ、わかったわよ、うぅぅ。


「では、残留で。夢さんたちは撤退を――」

「あ、あの!」

「――水守さん?」


 ふらふらと、水守さんは声を上げる。


「ど、どうして笠宮さんが残らなければならないのか、な、なんて、み、みんなが納得しているみたいだから、な、なにも、言いません。で、でも!」

「……はい」

「や、約束してください! ぜ、ぜったい、笠宮さんを無事に帰してくれるって!!」

「静音ちゃん……」


 ――ああ、そうか。鈴理さんは、彼女の心を溶かすことが出来たんだね。

 見れば、陸奥先生は心の底から嬉しそうな顔をしていて、それに気がついた水守さんは、頬を朱に染めて少しだけ視線を逸らした。

 うん、なら、約束しないと。


「もちろんです。あなたの“友達”を奪うことはしないと、約束しましょう」

「っはい! さ、差し出がましいことを言って、ご、ごめんなさい。あ、ありがとうございます……!」

「うぅ、水守さん、良かった、本当に良かった。僕は、僕は、うぅ」

「ひ、ひぇ、む、陸奥先生……な、泣かないでくださいよぅ」


 夢さんとリュシーさんに目を合わせると、しっかりと頷いてくれる。

 水守さんのことは完全に任せても、大丈夫だろう。


「では、私たちはそろそろ。静音、私とリュシー、どっちがいい?」

「へぁっ?! えっ、えっと、う、碓氷さんはちょっと眼がぎらぎらしてるから有栖川さんでっ」

「ぐはっ」

「ユメ、君ってやつは……さ、シズネ、捕まって」

「あわわわわ、ご、ごめんね? つ、つい」

「いいのいいの、気にしないで。強いて言うのなら日頃の行いだろうから」

「よく解っているじゃないか、ユメ」

「うぐっ」


 胸を押さえてふらつく振りをする夢さん。うん、これは間接的に静音ちゃんをからかっているのかな。

 静音ちゃんの気がほどよく抜けたのを確認すると、アリュシカさんは水守さんを横抱きにした。すごい、お姫様だっこだ。絵になるなぁ。


「では、鈴理のこと、お願いします!」

「ミチ、任せますね!」

「ええ」


 走り去っていく二人を見て、それから灰狼に向き直る――前に。


「陸奥先生」

「は、はい?」

「これから見るものは、秘密にしておきたいことです。どうか――」


 誰にも言わないで。

 これが守られないのなら、(物理的に)眠って貰わないとならないから。

 危険だからしたくないけれど。私だって(社会的に)死にたくない。


「言いませんよ。観司先生の不利益になることは、絶対にしません」

「――っ、はい」


 まっすぐとこちらを見て、陸奥先生はそう言ってくれる。

 憧れのお姉さんだと、そう言ってくれた陸奥先生。その偶像を破壊してしまうことが、心の底から辛い、けど。


「来たれ【瑠璃の花冠】」


 さすがに、枝蝕者相手に、魔導術で勝てはしないから。

 それに、私が間に合わなかったことで、一時的なものとはいえ“こう”なってしまった鈴理さんに、申し訳が立たない、から。


 私――


「【マジカル・トランス・ファクト】」


 ――憧れのお姉さん、やめます。


 瑠璃色の光に包まれて、顕現するのは魔法少女(熟)。

 フリフリ衣装にぽかんと口を開ける陸奥先生の姿は極力見ないようにして、今回は、もう一個。森の中で“この”鈴理さんと肩を並べるのなら、これしかない。ないの!


「【トランス・ファクト・チェーンジッ】!!」


 そして。

 再び現れた瑠璃色の光が、私の身体を塗り替える。

 そう――犬耳と犬尻尾を、身につけて!




「闇に潜む悪しき影」

――ふわふわ毛皮のスニーカー。

「乙女の柔肌を傷つける、悪い怪物」

――ふわふわあざとい犬手袋。覗くクロウは妙に凶悪。

「友情を踏みにじる邪な悪魔は」

――胸の中心にぐいぐい食い込むサスペンダー。

「この、魔法少女ミラクル☆ラピが」

――もうこれ見えてるよねという短いスカートと、あざとい犬尻尾。

「少女に変わって、オシオキしちゃうんだワン♪」

――ツインテールから覗く犬耳は、今日も元気にピコピコしていた。




 ふ、ふふ、さぁ、笑え!

 鈴理さんは、感動に目を輝かせているぞ!


 そう、陸奥先生に目を遣ると――


「い、生きてて良かった」


 ――何故か鼻血を垂らして、食い入るように私を見ていた。


「み、みちゃいやですよ、先生」

「上目遣いキタァッ!!」

「ひっ」

「師匠、離れてください。陸奥先生、最低です」


 うぅ、なによ、なんでそんなに見るの?

 身体を手で隠して、目を逸らす。勝手に顔が赤くなる。なにこれどういうことよ。


「だって笠宮さん、見るだろう?! あんな、羞恥に身もだえる大人のおねえさんだぞ!?」

「胸を張らないでくださいそれでも聖職者ですか」

「せ、せい職者ですよ?」

「――静音ちゃんには言いますからね」

「へぁっ?! みみみ、見ない、見ないから!」

「遅いです。が、聞かれるまで説明はしません」

「ありがとうございますっ!!」


 いや、なんかおかしいよね?!

 気、気を取り直して――改めて、灰狼に向き直る。頭を振って怒りを眼に滲ませているが、うん、それはこちらが抱く感情だ。おまえのものじゃないよ、枝蝕者。


「行くよ、鈴理さん!」

「はいっ、ラピ!」

『いざ駆けん!!』


 鈴理さんと並んで走り出す。

 クロウ型ステッキは、手甲のように手に張り付いている。振りかぶると、噛みついてきた灰狼の巨大な顎を、強制的に閉ざした。


 衝突音。


 灰狼の頭が地面に打ち付けられて、クレーターが出来る。

 砕け散った石柱の、石片を足場に駆けるのは、鈴理さんだ。


「狼臨“ブリッツ=フォン=ロア”!!」


 鈴理さんの足に、黄金の狼が鎧のように纏われる。

 鈴理さんをたたき落とそうと灰狼は前足を上げるが、何故か、空を切った。


「“幻視ファントムコート”! 良いところも、見させてください!」


 いや、鼻にティッシュを詰めている時点で良いも悪いも……いや、止めておこう。

 灰狼は、私たちの位置を正確に把握できずに困惑しているようだ。そこに鈴理さんのかかと落としがたたき込まれると、毛皮を焦がして後ずさりした。


「このまま――食らいつけ、ハティ!!」


 そのまま、ソバットの勢いで鈴理さんから飛び出した金の、稲妻でできたような狼が、灰狼の腹に噛みつく。


「今です! ラピ!」

「わかったワン!」


 一歩踏み込み、驚異的な速度で暴れる前足をかいくぐり、下から顎に一撃。

 状態を跳ねるように持ち上がらせた灰狼の頭に“回り込み”もう一撃。


「キュートに、ワンだふるっ☆」


 荒ぶる雌犬のポーズを空中でとる。

 すると少女力が充填されて、力がみなぎるのだ。


「いっくワンっ♪」


 背骨に蹴り。

 腹にクロウ。

 顔面を叩いて吹き飛ばし。


「【祈願セット現想フォーム浄滅爪牙ブライトネスクロウ】」


 一足飛びに近づいて、瑠璃色に輝くクロウを振りかざす!


「これが、魔法少女の力だワン♡ ――【成就イグニッション】!!」

『sdfdhghgbl?!?!』


 声にならない言葉を発する灰狼に、瑠璃の閃光を叩きつける。

 するとまるでその一点だけ、夜のような輝きを爆発的に広げて――灰狼を、跡形もなく消し去った。


「今日もワンだふぉぅっ♪ 魔法少女の少女力は、今日も最強だワンっ☆」

「きゃーっ、素敵です、ラピーっ!!」


 ふ、ふふ、ふふふ。

 鼻血を噴出して倒れ伏す陸奥先生。項垂れる私。巻き起こる瑠璃色の爆発。

 無事、倒すことは出来たけれど――。





「鈴理さん」


 魔法少女衣装が☆と共に虚空に弾け、スーツ姿に戻る。

 活躍を喜んでくれること自体は、うん、まぁ、うん。でも今は、それ以上に。


「無事で、良かった」

「え、えっと、ご心配、おかけしました。――会いたかった、です。師匠」


 微笑む鈴理さんの、目尻に浮かんだ涙を拭う。

 また、彼女を厄介事に巻き込んでしまった。また、結局、コトが起こる前に助けられなかった。そのことが、ひどく胸を締め付ける。


 でも、今は。

 後悔は全て、後回しにしよう。


「おかえりなさい」

「っ……はい! 師匠っ!!」


 私に飛びつく鈴理さんを、抱き留める。

 彼女が抱え込んだ悲しみを、少しでも分かち合えれば良い。

 そう、願って。





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