そんなものは犬に喰わせるがいいヽ(`Д´#)ノ
《兄ちゃんクオちゃん、ちょお待っとってなあ、今から美味しいやつ作りよるさかい》
《じゅるり(o'¬'o)》
「楽しみだなあ」
屋台の厨房で八号さんがたったかたったかリズミカルに包丁を振り下ろしている。
さばいているのはエメラルドグリーンのニョロニョロした何かーー現在増殖中の謎の歩行植物の触手だ。
所々葉が生えていてどう見ても完全に蔓植物なのに切断しても動くし、食感も味も肉そのものだったりする
まあ例によってアレな素材だが天才料理ドロイドの八号さんの手にかかればなんでも美味しくなるので細かいことは気にしない。
「そういえば八号さんの脚は大丈夫ですか?」
《まあ八本あれば十分料理できるさかい。これが本当のタコ八本なんちてえ》
《ぷふー( ̄ρ ̄)》
八号さんが錆喰らいのタンクのなかで強制スリープさせられていたと判明したのは事件が解決してからだ。
教団との戦闘で負傷したのだが十本脚のうち二本が使い物にならなくなったことを除けば、日常生活にも支障がないようで本当に良かった。
暫くは少年たちを守れなかったことを悔いていたが、彼らが腹が減ったと騒ぎ出すと途端に元気になっていつもの陽気な料理人に戻ってくれた。
《ちゅうかあん子らにも困ったもんやでえ》
八号さんが包丁を握る手を止めてぼやき出す。
《今日も新しい怪物みつけたーゆうて狩りにいきよる。トリフィドの肉もようさん残ってるちゅうに》
「元気なのは良いことなんですけどねー……」
《痛い目みてもちいともまったく凝りとらん。なんか起こす前に兄ちゃんからもゆうたってな》
「……言ってるんですけどねえ」
最近のキッズたちは毎日のように錆喰らいとドローン部隊を引き連れては怪物狩りをして遊んでいる。
予想通りジャングルと化してしまった池袋を探索しては、大量に湧いて出た新種の怪物やら果実やらを手に入れてくるのだ。
いや美味しい食材を手に入れてきてくれるのは有り難いのだが、八号の言う通り無謀が過ぎるところがあるので困りものだ。
リーダーであるウルフには「あまり遠くには行かないように」とか「危険なことはするな」とかいちいち注意をしているのだが「ガキじゃねーんだ」と口を尖らせながら反抗してくる始末だ。
まあともかく日常が戻ってきた。
キッズたちが甦り、八号さんも無事だった。
僕は毎日のように美味しいものが食べれてアメコミを読みふけりながら怠惰で幸せな生活を送っている。
何もかもがうまく行った。
ある意味うまく行き過ぎていていたとも言えた。
「……」
端末から採取図鑑を開いてみる。
ショゴたんの「グルメリスト」にはまず蜘蛛が延々と並び、たまにべつの怪物がいたりして、でもやはり蜘蛛が圧倒的多数で、後半になってようやくキッズたちが現れる。
《また例の問題ですか?》
「まあねえ」
実はあの日、斥候大隊に昇格したあの時から、僕には気になることがあった。喉の奥に刺さった小骨のように引っかかったままとれないでいる。
気にしなければそれまでだが突き詰めて考えると看過できないそんな問題だった。
《端的にいえばそれはスワンプマン論法と呼ばれている問題です》
「何それ」
《哲学者ドナルド・デイヴィッドソンが考案した思考実験です》
「思考実験」
《ある夜、ひとりの男が日課のジョギングをしていました ᕕ( ᐛ )ᕗ》
クオヴァディスさんが急に語り始めた。
《帰ったら明日も仕事だからシャワーを浴びてさっさと寝よう。
そんなこと考えながら、沼のほとりに差し掛かったあたりで突然の落雷にあい死亡してそのまま沼に沈んでしまいました。
何とこの時、驚くべきことが起きました。もうひとつの雷が沼に落ち、沼の成分と反応した結果、偶然にも死んだ男と寸分違わぬ構造を持つ存在を生み出してしまったのです。
泥沼の男は分子、原子、素粒子レベルまで死んだ男と変わりません。勿論、記憶も知識も。
故に彼は何事も起こらなかったかのように走り出しました。そして当たり前の様に家路につくとシャワーで汗を流し、さっさと寝てしまい翌朝は仕事に向かいましたとさ。
……さて。最初の男とスワンプマンは一体何が違うでしょうか?》
「……」
確かに僕が悩んでいるのはこれと同じことだった。
採取図鑑と軍勢のスキルは、ショゴスによって生物を、自分には到底理解の及ばない原理によって再構築する恐るべき技能だ。
だが如何なる手法にせよ、図鑑に掲載された生物たちは一旦はカロリーに還元されたはずで、あのタールのような肉体の一部を使ってもう一度一から作り直したもののはずだった。
ならばスワンプマン論法と同じ疑惑が湧いてくるーー即ちそれは「ショゴスを使って再生させたものは本物なのか否か」だ。
この話はウルフにも既にしていたが「生き返ったならそれでいーじゃんか」で終わってしまった。多分、他のキッズたちに説明しても似たり寄ったりの回答しか得られないだろう。
《キッズたちは問題を理解していないものと思われます( ̄^ ̄)》
「まあ彼ら自身がそれで片付けられるなら幸せなことなのかもしれない」
この問題の最高に厄介な点はそれで納得できない人間がいるということだ。
「……」
採取図鑑の最終ページーーそこには彼がいた。
どこにでもいそうな平凡な顔立ちと経歴の人物、そして馬鹿みたいに羅列するスキル一覧。
僕は彼を知っている。
名前、年齢、住所、血液型、それから好きなカップヌードルの種類やイチオシのアメコミヒーローまで、ここには記載されていない誰も知るよしもない情報まで空で言うことができる。
何故ならーー
「紛れもなく僕だよなあ」
《おでこが若干広めな辺りがそっくりです》
僕は計二度ーー女王蜘蛛戦とモルディギアン戦においてショゴス化している。
即ちそれは「あのタールの怪物に二度消化されて造り直された」と言い換え可能だと言えた。
そういえば今更になってだが流し読みしていたショゴス化の際の警告文が思い出される。
確かこうだ《このアイコンを使用することは貴方の健康を著しく害する可能性があります。また大切な何かが損なったまま二度と元に戻らない可能性もあります》。
あれはもしかしたら「そういう意味」だったのかもしれない。
キッズたちを生贄にした時の僕、蜘蛛に襲われて死にかけていた時の僕、そして今ここにいる僕。すべての僕が別人である可能性を否定できない。
或いは臨床試験で眠る前の僕すらもーー。
《あんまり悩むと禿げるのでは?》
「……だな」
クオヴァディスに頭皮を指摘されたので秒で割り切った。
つかショゴたんもどうせ再構築したのなら髪の毛はボリュームアップしてくれても良いのではないだろうか。キッズたちのスコアは何故か激増していたのに僕へのサービスは皆無なのは何故か。
「うーん……よし僕らは本物だ。今そう決めた!」
だって今更過ぎる。
すべては為されてしまったことで今更取り返しがつくことでも何かしらの解決が付くことでもない。
だとすれば悩むだけ無駄ではないか。
《同一個体である根拠はありますか?》
「ない」
《キッズたちと同レベルです^_^》
「だが僕のなかの魂がそう言っている気がする」
そう魂だ。
例えばショゴたんはどこかに魂のような永久に不変な自己存在証明書のような何かを保管していて僕らを再生させる際にそれを吹き込んでいるのではないだろうか。
なかなか悪くない説じゃないか。
よしそう思うことにしよう。
《たった21グラム程度のちっぽけなデバイスですからコピーなんて造作もなさそうですよ》
「……」
《あ、ちなみに今、最終ページをポチったらどうなりますか?》
「……」
《ほら軍勢の説明書きを参照する限り、同じユニットを生成できないという記述はないみたいです》
うんないね。つまり実行できてしまいそうだね。ここに僕という人間が存在しているにも関わらず最終ページを再生してしまったら一体何がどうなるんだろうね。
折角、こじつけと勢いで納得しようとしてたのに、このお節介AIは何故イチイチ火種を放り投げてくるかなあ?
だが仮にできたとして魂云々説が正しければ抜け殻みたいな肉体だけが現れるのだろうか。
それはかなり不気味だがもっと恐ろしいのは説が否定されて今ここにいる僕と遜色ない僕が現れた時だな。
「ていうか逆に質問だけどさクオヴァディスさんは僕が二人いたとしてどっちを本物と認識するんだ?」
《御主人様が……? 二人?》
「うん」
《私を求めて……争う……?》
「うん?」
《早速実験してみましょう(*≧∀≦*)ノ》
「却下」
僕はうっかり再生しないようページを閉じるべく慎重に操作をーー
《ヘイ、トリフィドのアヒージョ丼お待ちやでえ!》
「!」
どん。と目の前に丼飯があらわれた。
そのせいでうっかり誤操作ーー生成してしまった。
「オーーーーーーー!」
《OHー^_^;》
《どったの?》
画面には既に砂時計マークと《生成を試行します》の文字が現れている。
果たしてーー
《スキル行使に必要なカロリーが足りませんでした》
僕は安堵のため息を吐いた。
「……助かった」
実のところ人体生成できるだけのカロリーは持ち合わせていなかったのだ。
何故ならショゴス完全鎮火の為、あれから念入りに大量の蜘蛛も生成して余剰をすっからかんにしておいたからだ。
まあだが今のでほぼ証明されてしまったな。
どんな結果になるのか予想はできないけどカロリーさえあれば二人目の再生自体は可能なのだ。
《御主人様は常々、この世は糞ゲー説を唱えていましたね》
確かにこの世界にきた当初よく口走ってたな。難易度がヘルモード過ぎるだとか無理ゲー過ぎるとか連呼していた。
社畜時代にもよく無理難題を押し付けられた時にシャウトしていた気もする。まあ要はうまくいかないことが運ばない度に言う口癖だ。
「それが何か?」
《どうやら念願の残機システムが導入された様です(^^)×99》
「……あのさあその恐ろしい発想、何処から来るの?》
やっぱりAIは感情とか倫理観を持たない合理的思考の塊なのかな?
それとも魂を苦しめることで糧を得ようとする悪魔の類なのかな?
《私は守護天使です。常に御主人様の安全と安心をサポートします⁽⁽ଘ( ˊᵕˋ )ଓ⁾⁾ ✧キラーン》
「緑のキノコ食べて増殖が許されるのはゲームだからね。ちゃんとロボット工学三原則とか守ってよね!」
《はんそんなものは犬に喰わせるがいいヽ(`Д´#)ノ》
《えーとお兄ちゃん難しい顔しとるけどごはんいらんの?》
「そんなわけないじゃないですか! いただきます!」
どんと盛られたヤドカリコンテナなる奇妙な生物で作られたアヒージョ丼を引き寄せると、しっかり両手を合わせてから食事を始めた。
《ハハハハングリー、ハハハハングリー》
「ただいまー、はらへったー」
「「「はらへったー」」」
「なあスカンク、ドローンたちにガソリンやりたいんだけ……あーっ何で先に食べてるんだよ」
実のところーー
僕は僕ではないのかもしれない。
魂の継続などしていない真っ赤な偽物。偽ものの記憶に乗っ取って行動しているだけの肉の塊なのかもしれない。
けれどそうであろうとなかろうとーー
ぐぐうとお腹は鳴る。お腹は減る。
「ずっけえぞ。ちょっと寄越せよ。一口くれよ」
「「「一口一口」」」
「……」
「おい無視してかきこむな。米も食材もおれらが見つけたきたんだぞ」
「……うーん美味」
《何よりです^_^》
そしてーー
頬張った熱々のごはん。
たっぷりのにんにくとオリーブオイルとアンチョビで味付けされた肉の弾力。
それらを美味しいと感じるこの喜びが偽物だとは決して思わない。
「おっちゃんおれらの分のご飯マダー」
「「「マダー?」」」
《あーもう、うっさいなあ。すぐうまいもんつくたるさかい大人しくしとき》
《ハハハハングリー、ハハハハングリー》
だからきっと念願のシーフード味のカップ麺を食べた暁には僕のなかにある魂は心の底から震えるのだろう。
ならば今はそれで十分だった。
というわけで第二章終了です。ここまでありがとうございました。
感想は順を追って返信させて頂きます^_^




