斥候大隊に昇格しました
《く(-‘`―;)〉⁇?》
「えっと頭痛いの?」
《く(;´・Д・)>???三ヾ(・ω・`;)ノ三(ノ;;゜Д゜)ノ》
「……もしかして踊ってるの?」
いや違うっぽいな。
クオヴァディスさんが急に端末にうろたえたジェスチャーをあげながら、砂時計マークを連発させ何かの処理をしているのが分かった。
慌てるほどの何かがあったらしい。
《予想外にショゴたんの活動が激しくなっているみたいです?》
「そうなの?」
《どうしてです?ヽ( ̄д ̄;)ノ⁇?》
……いやどうして聞かれても知らんけど。
《兵種:ショゴスがLevel567になりました》
《兵種:ショゴスがLevel578になりました》
《兵種:ショゴスがLevel591になりました》
何も取り込んでいないにも関わらずまだショゴスのレベルアップアナウンスが鳴り続けている。
「確かに何かおかしいな?」
戦闘終了にも関わらず僕の下半身はまだ元の姿に戻りきれていない。
前回、ショゴス化した時はすぐに戻れたのに重油でできた悪臭を放つ粘液のまま不気味にうごめいていた。
そしてなんだろうこの違和感というか言いようのない焦り。
オノマトペで表現するのであれば「ゴゴゴ」ーーつまりは何か非常にまずい事が起きる予感しかない。
ーー私の計算では一週間と経たずに東京を覆い。
ーーやがて世界は六度目のリセットボタンが押される。
「何だっけ……誰かからどこかで何かを警告されたような……」
《えーとえーと多分恐らくですがはずみがついちゃったみたいです^_^;》
「はずみ」
《モルディギアンを食べたことで食欲が刺激されて止まらなくなっちゃったようです》
「あれか、夕飯前にポテチをちょっとつまむつもりだったのに一袋丸々空けちゃう的な」
《です。なおかつお煎餅の袋まで開けちゃう的なやつです^_^;》
お煎餅の袋まで開けちゃうのはまずいだろ。
確かに慟哭にも似た強い欲求からショゴスの走性が強まっているのがわかる。
身体が繋がっているからこそショゴたんの変化を手に取るように感じることができた。
なんでも良いから何かを喰らい尽くしたい。破壊し尽くしたい。
そういう意思が強まっている。例えるならそれは世界そのものを喰らいかねないほどの強烈さだ。
今はまだ半分が僕のコントロール下にあるせいか理性を保つ事ができている。だがこのまま放っておけばすぐ抑えきれなくなるだろう。
《《《エスケープ、エスケープ》》》
にゃおおおおんんん。
いち早く、異変を察したらしいドローン部隊と錆喰らいがバックしながらサーっと遠ざかっていくのがわかった。
「あの子らわりと聡いよね」
《所詮は人工無脳と畜生です(´ω`)ノ~~》
「……えーとそれで、クオヴァディスさんどうすればいい?」
《分かりません……がカロリーを消費しまくれば落ち着くのではないでしょうか》
ああ成る程、運動をすれば逆に食欲が落ち着くパターンあるよね。あるある。
あるけどもさ。けどそんな根拠のない民間療法的な手段で大丈夫かよーー
と思ったものの他に頼れるものがないので実行してみるより他はない。
「カロリーを消費ってどれくらいすればいいと思う?」
《吸収したモルディギアンの体積を考えると少なくとも今すぐに百万キロカロリーといったところでしょうか(。・_・。)》
十万持って来いっていったり百万使えっていったり忙しいなあ。
というか百万キロカロリーは尋常じゃないぞ。
ハードな運動や絶食でも追いつける数字じゃない。秒でそれだけ痩せれるダイエット本があればミリオンセラー間違いなしだ。
「とりま生存戦略でダイエットさせるしかないな」
ただスキルの一個や二個の強化や取得ではとても追いつかない。一遍にカロリーを消費するにはどうすべきか
《です。ダイエット大作戦です。とりま昇格しちゃいましょう》
「とりまそれな!」
教団戦を始める前にアイコンを押すところまで進めたのに結局、昇格できなかったのを忘れていた。
クオヴァディスさんがスリープモードだったせいで機能しなかったのだ。
昇格メニューに入り、並ぶ五つのアイコンを一瞥。さてどれにしようかななどと悠長に選んでいる暇はない。
「潜伏猟兵が欲しかったけど、一番スキル消費が激しそうなのを選ぶしかないな」
だとしたら多分これだ。
直感的にそう感じた兵種を選ぶことにした。
斥候でも斥候長でもないーー何故か複数を表す名称。
最初に見たときは「小隊」だったはずだがスキル強化などの影響か「大隊」へと名称が変更されていた。
《兵種:斥候大隊に昇格しました》
《基本スキル、採取図鑑、従者、抽出を獲得しました》
取得アナウンスと共にタッタカタッターと行進音楽&靴音が流れ出した。
スキルが三種類か。
「まずは採取図鑑ーー」
昇格アナウンスが流れるとすかさず図鑑の絵柄のアイコンを開いて、現れた図鑑の表紙をめくる。
次に現れたのは蜘蛛の怪物の図解だ。
「入道蜘蛛」という名称や、生体などを簡単に説明するテキスト、所持するスキル、そして数値化した能力グラフなどがあちこち記されている。
トレーディングカードに近いデザインでなかなかに興味深い。
「要はモンスター図鑑みたいなものか」
RPGでよくあるこれまでに遭遇もしくは戦ったことのある怪物の情報が更新されるやつだ。「毒糸」とか「弱点:日光」とか面白くてついつい読んでしまう。
問題はこれがただ眺める為だけに存在するスキルということだ。
面白いスキルは大歓迎だが今はカロリー飽和状態にあるショゴたんを鎮めるためのスキルを求めているのだ。
「うーんカロリーを捌けないという意味ではハズレスキルだな」
《('ω')……クーン》
ならば残りのスキルーー
「次は従者か。これはどんなことができるんだ?」
説明書きをじっくり吟味している余裕はないのでクオヴァディスさんに解説してもらいながら弄ることにした。
大事なのはカロリーを消費できるスキルかどうかだ。
《従者のスキルは、採取図鑑のユニットをカロリーを消費して一体まで生成可能なようです》
「生成可能」
アイコンの絵面を見たときそうかもなーと思ってたけど、やはり生物を生み出す系の兵種だったのか。
「図鑑はその為のものか……ていうか怪物産み出すとかぶっ壊れチートスキルだろ」
生成ってどういう原理なんだよとか色々疑問はあったが確認している暇はない。大事なのはこれが御誂え向きのスキルだということだけ。
「ならば改めてどんなユニットがあるか確認するか」
再び採取図鑑のページに目を落とすと、確かに「生成消費:七万kcal」ってでっかく記されている。
つまりこのなかからできるだけ消費量の多い怪物を品定めすればいいわけかーー
「うーん……どれも蜘蛛ばっかりだな」
だがどれだけページを捲ってみても蜘蛛の怪物ばかりしか現れない。
蜘蛛グラビア特集に名称を変更してもいいくらい蜘蛛蜘蛛蜘蛛だ。そういえばアイコンも確か蜘蛛を操っているイラストだった。
どういうこと?
「採取図鑑に掲載される条件てどうなってるんだよ。単に遭遇したり戦っただけなら他にもいただろう」
唐獅子さんとか首狩兎とかが掲載されている気配がないのは何故。
「いやそれよりも問題は消費カロリーだな」
ページ半ばに至っても最大コストのマックスは大入道蜘蛛の三十万程度だ。
ショゴス化にかかる以上の高コストではあるが目的には遥か遠く及ばない。生成制限が一匹だけと考えるとかなり厳しい。
「せめて神輿入道蜘蛛クラスのやつがいれば真っ先に選ぶんだけどなあ……うーん見当たらないな……」
あの大きさなら少なくとも五十万はいくはず。だが同じ蜘蛛なのに何処にも掲載されていない。
考えている暇はないのだが妙にそれが引っかかっていた。
「……なあクオヴァディスさん質問があるんだけど」
僕はページをめくりながら何となく気づいてしまった。
何故、蜘蛛だらけの図鑑になったのか。
何故、遭遇したはずの他の怪物が見つからないのか。
何故、神輿入道蜘蛛がいないのか。
そもそも採取という言葉を冠している時点で気づくべきだったかもしれない。
《兵種:ショゴスがLevel999になりました》
《一定条件を満たしましたので昇格準備を整えます》
《次の選択肢より昇格先を選定して下さい。尚、規定時間までに選ばれない場合ーー》
《御主人様、あまり悠長にはーー》
「うん分かってるけど教えてくれ」
こうやって悠長に話しかけている暇もないほどにショゴたんは変質してきている。
辺りに広がるタールでできた海のような水面ーーそのあちこちにうっすら気味の悪い赤黒い斑点模様が浮き出てきている。
そして僅かにだが波打つような蠢きが始まり、次第に大きくなっていた。
だがこれは大事な質問だった。
「もしかして図鑑に掲載される条件って食べることじゃないのか?」
第二章はエピローグ含めると恐らくあと三話です。




