兵種:ショゴスがLevel411になりました
クオヴァディスさんに促されて僕は改めて足元を確認することにした。
何度見ても下半身はなかった。
臍の下あたりからドロドロの油膜で覆われた粘液状態になっていた。
いつかどこかで見たことのある状態ーーいわゆる半分だけショゴたん化だ。
まあこれは二度目だし良いとしよう。
「……」
問題はこのタールに似たスライム的な下半身が続いている先だ。
目の前に広がるのは戦場と化し荒れ果てた池袋の大通りだった。
だが奇妙なことに今までなかったものができている。
高くそびえる半透明のドームだ。
その壁の材質は黒い油膜のようなものでどうやら薄く引き延ばされたショゴたんらしかった。
「えーと……クオヴァディスさん何これ?」
《いやはや壮絶な我慢比べでしたε-(´∀`; )》
「我慢比べ?」
《ショゴたんが取り込もうとするのをモルディギアンがバリアを張って拒んでいたのです》
「バリア」
ああ成る程、このドームはショゴたんが不可視の壁を覆った結果できたものなのね。
確かに壁の向こう側にうっすらと巨大な怪物らしき物影が存在している。
あれが赤子芋虫か。
だが様子が何か妙だ。
あのバッドステータスを盛り付けてくる不快な鳴き声を発してこないし、こちらに這い寄ってくる様子もない。
ピクリとも動こうとせず同じ場所に佇んだままだった。
あの姿はーーもしかして死んでる?
《簡単に言うと蛹ですね》
「蛹」
芋虫が蝶に孵化する前の段階か。
確かにドームのせいで薄っすら暗くてよく見えないが、その形状は何かに包まったようにのっぺりした状態で固まっている。
そういえば子供の頃、蛹だと思って持って帰った後、小さな蟷螂が大量に湧いてトラウマになったことがあるのを思い出した。
あれ以来虫とか苦手だわ。
《モルディギアンは元々健康寿命を延ばすことを目的に設計された人工知能でした。シンギュラリティを経た今でも基底理念は変わらないはずです》
「基底理念」
成る程、分からん。
《恐らくは不老長寿に近いナニカーー或いは神様の試作品でも作りたかったのでしょう》
「神様の試作品」
クオヴァディスさんがしたり顔で説明してくれているが、僕は馬鹿みたいに復唱することしかできない。
だって正直モルナントカが何者かも分からんし興味もない。
ただあの蛹が羽化したらロクでも無いのが爆誕するかもということは理解していた。
赤子芋虫の時点で恐ろしい怪物だったのに更にパワーアップするのは非常に厄介だ。いくらショゴたん化しているからって半分解けかけているし勝ち目がないかもしれない。
相手がまだ蛹であるうちに何とかバリアを突き破ってーー
「ちょっと待て……だった? クオヴァディスさんさっきから過去形で喋ってない?」
《ええショゴたんの粘り勝ちですy(^ー^)yピース!》
「……粘り勝ち? ピース?」
状況についていけず混乱しているとーー
黒い皮膜で覆われた巨大なドームが急にどろっと溶け始めた。形を崩してただのタールに戻ったショゴたんが雨のようにバッシャバッシャと降ってくる。
容赦なく顔に跳ねて口に入ってくる。傘が欲しい。タオルが欲しい。もしかしてこれバリアが解けたせいなのか。
更にピシッと音がして目をやると、ドームがなくなりはっきりと視認できるようになった巨大蛹に大きなひびが入っていた。
間を置かずガンーーまるで氷をハンマーで殴ったように瞬く間に全体に亀裂が入りーーいきなり崩壊。
パズルのピースみたいに散らばった殻のなかで蠢く何かが見える。
「なんだ……あれ……?」
だが蛹のなかから現れたのは羽化した怪物ではなくーー
よく見たことのある巨大な黒スライムーーというか僕の下半身と同じ怪物ーーショゴスだった。
《実は蛹になる直前、ショゴたんが身体の一部を捻じ込むのに成功していたのです》
「捻じ込む?」
クオヴァディスの説明によれば、捻じ込まれたショゴスの一部が時間をかけてゆっくりと中身を侵食していき、今ようやく全てを食べ終えてこうやって現れたという事らしい。
何というかヒメバチとかハリガネ虫を連想させるえげつない攻撃方法だ。昆虫のそういうところが苦手なのだがショゴたんも同類だったか。
蛹から出てきたほうの別ショゴたんはヨイショヨイショと這い回ると、本体ショゴスに近づくとしゅるっとごくんと飲み込まれてひとつに融合してしまった。
それからーー
《兵種:ショゴスがLevel345になりました》《兵種:ショゴスがLevel367になりました》《兵種:ショゴスがLevel389になりました》《兵種:ショゴスがLevel411になりました》
まるで低Lvでボスモンスターを撃破して大量に経験値を得た時みたいにレベルアップアナウンスが延々と流れ出した。
「えーと……もしかしてこれで戦闘終了?」
《です》
「ラスボス戦なのに? 最終形態前なのに? まだ一ターンも行動してないのに?」
《ですです。ミッションコンプリートです》
「……何ともまあ拍子抜けの結末だったな」
僕は元に戻った以上、すっかり戦うつもりになっていたが、そうするまでもなくモルディギアンは死んでショゴスの栄養になってしまった。
かくしてモルディギなんちゃらとかいう赤子芋虫はいなくなった。ショゴスの胃袋に収まってしまった。
後にはただ焼け野原となってあちこち破壊の限りを尽くされた池袋のビル群と、大通り一面を埋め尽くすタールに似た悪臭を放つ粘液と、僕とクオヴァディス、だけが残された。
いや他にもいるな。遠くの方で見守っていたらしいドローン部隊と錆喰らいが《ユユユユーウィン》と言いながらこちらに近づいてくるのが見えた。
なんか仲よくなってるっぽいけど仲間になる流れなのかしら?
「あいつら餌とか何あげたらいいんだろう?」
《……》
「クオヴァディスさん?」
《く(―‘`―;)〉?》
「……どうしたの?」




