ダンジョン高等専門学校(2)
「逃げることはないでしょ」
「すいません。恥ずかしくて、つい」
ドームから逃げるようにして出てきた輝夜と夕香は、ドームの外で富田校長が出てくるのを待つ。
「先程はありがとうございました」
ドームから出てきた富田校長は、夕香と輝夜の二人にそう言って頭を下げる。
「いえ、すみません。ろくな連携も見せられずに」
夕香の方も慌てて頭を下げる。
「プロハンターの実力をみられただけでも、彼らには良い刺激になるでしょう。少し寄り道しましたが、一年生の教室に向かいましょうか」
富田校長はそう言うと二人を案内して、一年が講義を受けている教室へと向かう。
教室の前まで来た富田校長は、ドアを三度ノックして教室の中に入る。その後に続いて夕香と輝夜も教室に入っていく。
二人が教室に入ると、室内は一気にざわつく。
黄色い歓声が上がり、テレビの撮影か何かだと思ってカメラを探す生徒まで居る。
統率を取らなければならない教員ですら、二人の登場に目を見開いて驚いている。
仕方なく校長が手を叩いて学生達を落ち着かせて、彼らに二人の事を紹介する。
「朱月輝夜です。よろしくお願いします」
「如月夕香です。輝夜さんが高専に通う間は、私もボディーガードとして行動を共にすることが多いですが、あまり気にせず、いつも通りに振る舞ってください」
教壇の横に立った二人は軽く自己紹介をする。
「聞いてないんだけど」
「……今言ったので許してください」
突然の来訪のため席がなく、二人は教室の後ろの方に並んで立ち、講義の様子を見学する。
校長は教員に後を任せてゆっくりと教室を出ていく。
教員は二人のプロハンターに見られるプレッシャーの中、ぎこちない動きで講義を再開していく。
「……それでは復習も兼ねて、ハンターとは何かを解説しよう」
教員ははじめて講義を受ける輝夜が居るため、ハンターについての概要を説明する。
「ハンターとはダンジョンに潜り、モンスターを倒してその素材や、ダンジョンにのみ存在する物品を集める事を生業とする職業だというのは一番最初の講義で教えたな?」
教員の言葉に生徒達は頷く。
「その中でもプロと呼ばれるハンターと一般のハンターと違いについて答えられる者は居るか?」
教員の質問に一人の生徒が手を上げて答える。
「プロハンターとは、実力が認められ企業や政府と契約したハンターの事です」
「その通り。では、どうすればプロになれるのか分かるかね?」
教員は学生の答えに頷くと、そのまま続けて質問を投げ掛ける。
「ハンターポイントを集めることです」
自分の知らない単語が出てきて、輝夜はなんだそれと思いながら耳を傾ける。
「そうだ。ハンター試験に受かることで貰える、このハンターライセンス」
教員は懐からハンターライセンスを取り出して、それを学生達に見せながら話を続ける。
「ハンター協会でダンジョンで手に入れた素材を持っていき、換金することでハンターライセンスにポイントが溜まり、どれだけの期間で、どれだけの活躍をしたのかが全て記録される。それと、複数人でパーティーを組んでいた場合は、ポイントも分割される」
「そして、その情報はハンター協会の公式サイトで閲覧することができ、その情報を元にプロ契約がされるということだ」
「……はじめて知った」
長年ハンターとして活動している輝夜だったが、初めて聞く内容に驚きの声をあげる
「輝夜さん、集めたモンスターの素材とかってどうしてます?」
輝夜レベルのハンターがこれまでの間、一切話題にならなかった事が不思議でならない夕香は、輝夜にこそっと尋ねる。
「必要な分だけ売って、後はアイテムボックスに入れっぱなしにしてる。そもそも解体が面倒くさいから素材とか放置が多いかな」
輝夜の話を聞いた夕香は納得した。
輝夜のように倒したモンスターを解体せずに手付かずのまま放置するハンターはごく稀に存在するが、それではハンターとして名をあげる事はできない。
そういった者達は金や物にあまり頓着せずに、ダンジョンに潜る事そのものに生き甲斐を感じているタイプが多い。
しかし、そういったダンジョンにのめり込みすぎるハンターは、得てして長生きはできない。
「一人でダンジョンに潜ればポイントもその分多く貰えてプロに近づける。だが中層からモンスターは一気に強くなる。下層なんてプロでも危険な場所だ。間違っても一人で下層になんて行かないようにしろ」
教員がそう言うと、学生らの視線が輝夜に集まる。
下層どころか深層に一人で突っ込んでいき、あまつさえそれを配信するなど、本来であれば正気の沙汰とは思えない所業であるのだ。
「……その、なぜ皆プロハンターを目指すんでしょうか?」
その視線に輝夜は気まずくなり、小さく手を上げて質問する。
「……そ、そうですね」
その質問をプロハンターがするのか……と言いたくなるのをグッとこらえ、教師は輝夜の質問に答える。
「やはり、活躍の場が増えて大金を稼げるようになるというのが大きいでしょう。プロのハンターでもトップクラスになると年に数億円以上の大金を稼いでいる人も居ます」
ハンターを目指す人が多い理由がこれである。
ハンターライセンスを所持していれば、ダンジョンに潜って金を稼ぐことが出来るほか、街の治安維持といったダンジョンとは直接関係のない業種も多くある為に職にあぶれる事がない。
「ありがとうございます」
輝夜はお礼を言って頭を下げる。
その後はつつがなく講義は進行していき、その度に自分の知らない事が出てきては驚く輝夜。
「知識の偏り方がすごいですね」
講義が進行していくにつれ、夕香は輝夜の知識の偏り方に困惑する。
モンスターの動きや弱点、植物や鉱石の種類など、ことダンジョンに関する知識はナディの入れ知恵もあってか、そこらのハンターよりもずっと詳しい。
しかし、ハンターの仕組みなど、ダンジョン以外の事に関しては全くの無知である。
「ダンジョンに潜る事以外してこなかったから」
ダンジョンが発生して間もない頃にハンターとなり、上層、中層、下層という区分がなく、プロハンターといった言葉も存在しない頃から輝夜は一人でダンジョンに潜っていた。
他のハンターと交流もなく、我流の戦闘スタイルを突き詰めていった結果、現代のダンジョン攻略のセオリーといった情報は得る機会がほとんどなかった。
「よく生きてこれましたね」
「半分くらいはナディのおかげかな」
輝夜は自分の無知を痛感し、いままでどれだけの損をしていたのかと後悔する。
講義が終了して昼休憩となる。
二人は昼食を取るために食堂へと向かう。
多くの学生で混雑しており、長蛇の列を作っていた。二人は券売機で食券を購入し、列の最後尾に並ぶ。
「そういえば、芦屋さんのご遺族からお礼の手紙が政府宛に届いていました」
順番を待つ間の暇潰しか、夕香は輝夜に話しかける。
「あの剣ちゃんと届けてくれたんだ」
「はい。ぜひお礼をしたいとの事でした」
「断っておいてよ」
輝夜は遺品が届けれたのであればそれで良いとでも言うかのように、遺族からの礼は必要ないと首を横に振る。
しばらくの間、雑談を交わしていると二人の番になり、食券を渡して料理を受け取る。
輝夜はシチューとパンとサラダがセットになっているランチセット。夕香はカツ丼である。
空いている席に向かい合って座り、昼食を食べる。
「そういえば、ミノタウロスってどうしたの?」
輝夜はスプーンでシチューを掬って口に運びながら、ふと思い出したように尋ねる。
「氷室さんから受け取ってませんか? ワイが渡しといたるわって言ってたんですけど」
夕香は驚いた表情で輝夜にそう言う。
「いや、受け取ってないけど……」
あいつ一人占めしやがったなと思いながら、輝夜は一口大にちぎったパンをシチューにつけて口へ運ぶ。口の中に、じわーっとシチューの味が広がっていく。
熱い塊が喉の奥を通っていくのを感じながら、水を一気に飲み干す。
「あ、あの!」
一千万ドルと合わせて貸しにしておこうと考えていると、輝夜達のテーブルに一人の少女がやって来て、彼女に声をかける。
一纏めにした艶のある黒髪。吸い込まれそうなほど綺麗な黒い瞳。芸能人かと思うほどの可憐な容姿の少女。戸塚エミである。
「君は確か……ゴブリンリーダーの時のライバーさん?」
「戸塚エミです! その節は助けていただいてありがとうございました。どうしてもお礼が言いたくて……」
「お礼なんて良いよ。それより元気そうで何より」
輝夜は微笑みながらそう言う。
「はい……ありがとうございます……それで、その……」
お礼だけでこの場を済ませるのは、あまりにも惜しい。もう少し仲良くなれないかと、エミは必死に話題を絞り出そうと頭をフル回転させる。
配信されてるんですね。実は私も配信してるんです。よかったらコラボしませんか? という流れで一緒に配信して仲良くなる未来を想像したエミは意を決したように口を開く。
「コ、コラボしてください!」
しかし、緊張のあまり会話の前半部をすっ飛ばして、いきなりコラボの申し出をしてしまう。
「……え? コラボ?」
輝夜はいきなりの申し出にキョトンとした顔で首を傾げる。
「あのっ、いやっ、お、おおお互いに配信してますし、そっそそそのコラボとかしたら、お互いにメリットがあるとおおおお思うんですよね」
慌てた様子で両手をパタパタうごかしたり、ろくろを回したりしながら早口で説明するエミ。
「落ち着いて?」
「……はい。すみません」
「夕香さん、そのコラボっていうのは何をするの?」
「ダンジョンライバー同士が、お互いに配信しながら一緒にダンジョンを攻略したり、何か企画を行う事ですね」
輝夜の問いに、夕香は手に持っていた箸を置いて答える。
「つまり、エミさんは、僕と一緒にダンジョンに潜りたいと?」
「はい。そうです」
「学生なのに、もうハンターライセンス持ってるんだね」
「私は一年生の時に取りました。学生でライセンスを持ってる人は私と後一人居ます」
ダンジョン高専卒業後のハンター試験の合格率は七割を越えるものの、学生の内にハンターライセンスを取れる者は僅か。
「戸塚エミさんでしたか。その年齢であの試験に合格されるとは、さぞ優秀な生徒なのですね」
将来有望な人材を見つけた夕香は、今のうちに唾をつけておこうと思い、スーツの内ポケットから手帳を取り出して戸塚エミの名前を書き留める。
「いえ、そんな……私なんてまだまだ……」
「謙遜しなくても良いのに。同年代でハンターライセンス持ってる人なんてほとんど居ないんでしょ?」
「それは……そうかもですけど……」
同年代、それも自分よりも年下でありながら、すでにプロとして活躍している人物から言われても、なんと返答したら良いかわからずに、エミは言葉尻を濁す。
「輝夜さん、それでコラボの件はどうなさいますか?」
「こういうの、勝手にやっちゃってもいいの?」
「はい。輝夜さんの自由にして頂いて構いませんよ」
夕香にそう言われた輝夜は考える。
エミは輝夜よりも配信について詳しく、コラボを通してそのいろはを学べるかもしれない。それに今日の講義を通して、自分の知識不足を痛感したことで、他のハンターとの交流も大事だと思うようになった。
「やろうか、コラボ」
輝夜はエミに笑いかけると、そう答える。




