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雨が泣くのを誰が知る  作者: 小鶴
第一章 降る降る雨が、ほろほろり
8/11

8 そぼ降る雨が見送る






「ええっ」


ラミノの大きな声が部屋の中に響いた。本当なの、と語るその口調からは悲しさがにじみ出ている。時雨の言葉を聞いてぐいと身を乗り出したせいで、ラミノのくるくるとした髪がスープの中に入りそうだ。

 ユチカは何も言わずに黙って朝食を口に運んでいたが、前日遅くまで話し込んでいたせいで寝不足気味なのか、時雨とともに目の下に隈ができていた。


「はい、今日出発しようと思います」

「本当にホントなのね?」

「今まで良くしてもらってありがとうございました」


 時雨はこれから起こる出来事に対する罪悪感を抱えながら、頭を下げて感謝の気持ちを精いっぱいの形にした。


 話は前日の夜中に遡る。










「シグレ、君はこの町から逃げるべきだ」


 雨は降りやまず、相変らずに屋根に落ちる雨音が部屋の中に響いていた。しかしその音はもう静寂を引き立てるもの以外の何物でもない。


「この町は小さいし、君は町を歩いたから、服を変えたって顔を覚えている人がいるかもしれない。そうなればすぐに話は伝わってしまうだろうから」


 時雨はその言葉に賛成した。街をでて行くあても何もあるはずがなかったが、家から出ないことも存在を悟らせずに暮らしていくことも難しいだろう。それに、他人の家にずっと厄介になるわけには行かないのだ。ここにいては罪人としてすぐに捕まってしまう。


「それで、僕も手がかりを掴むために一緒に行く」


 赤茶色のユチカの髪がさらりと彼の頬を撫でるのを見ながら、時雨はそれに返す適当な言葉を見つけられなかった。その沈黙をなにととったのかは分からないが、ユチカは話を続けた。


「シグレと出会うべくして出会ったのは、まじない師の預言からも分かってるんだ」


 力強くユチカがそう言うのを聞いて、シグレはそういえばと疑問に思った。今までは他のことが強烈過ぎて流してきてしまっていたが、まじない師というのは占い師のようなものなのではないだろうか。

 その言葉は予想に過ぎない。時雨は占いが嫌いなわけではなかったが特に信じているわけでもなかった。占いとはそうなったらいいという希望的観測を教えてくれるもの、希望を持たせるためのものだというのが時雨の認識だった。

 だから時雨はまじない師の言葉をそんなに信じて良いものなのだろうかと考えたのである。


「良いの? その、まじない師の言葉を全面的に信じても」

「どうして? まじない師は水神様のお告げを貰っているのだから真実しか言わないじゃないか。ユチカの世界ではまじない師の言葉を信じられなかったの?」


 まるでどうしてそんなことを聞くのかとでも言うようにユチカが言うものだから、時雨も困ってしまった。ユチカは時雨から見て年齢よりもずっと理知的に見えるのだけれども、そういった類を強く信じる性質なのだろうか。


「占いは、その、希望を抱くためのものだし……」

「まじない師は占い師とは違うじゃないか」

「え? でも、私の世界ではまじない師と言えば占い師みたいなものだったし……」


 喋りながら自身を無くして尻すぼみになっていく時雨の言葉を聞いて、ユチカはますます不思議そうな顔をした。


「まじない師がいないで、君の世界ではどうやって水の神様からの預言を預かっていたの?」

「だって、私の世界に水神様はいないよ」

「え?」

「あ、水関係の神様はいるかもしれないけれど、だって神様なんて、もやっとしたものだし、人それぞれ信じるものは違うでしょ?」

「もやっとしたもの?」

「えーと、なんて言えばいいのか…。そうだ、概念的な感じじゃないの?水の神様だってそうで、信じる人が神殿を作ったり神様に願ったりして海から波が消えたりするわけで……」


 どうも話が噛みあっていない様に思える会話である。なんて言えばいいのか時雨にはよくわからなかった。そもそも大体時雨は神様に着いてや宗教についてなど真剣に考えたことがないし考えてみようとなども思わなかった。

 けれどもユチカは違うようで、時雨の言葉が理解できていないようでもあった。


「何言ってるの、違うよ。水神様はいる」

「居るって、概念上のものじゃないなら、どういうこと?」

「海から波が消えるのは誰が何をしたわけでもない。僕らが願わなくても儀式は起こるよ。水神様がやってるんだから」

「え、は? あれはその、宗教関係で使われる魔法のようなものじゃないの?」

「魔法? そんなもの、この世界には無いよ」


 時雨は一生懸命にユチカの言うことを理解しようとしていた。けれども分からないものは分からないのである。ユチカも噛み合っていない話に困惑しているようだった。ユチカは時雨の考えが理解できなかったし、シグレはユチカの話の意味が分からなかったのである。


 時雨はこの世界で起こった不思議なことを、魔法か科学技術の発展かと最初は疑っていた。けれども生活水準を見て、魔法のほうがずっと理にかなっていると――魔法が理にかなっているかは別として――とりあえず時雨にとっては魔法があると理解した方がずっと分かりやすかったので、そう思い込んでいたのである。

 けれどもユチカはそうでないと言った。水神様の力なのだと言ったのである。


 ユチカは、この世界では水神様は存在する神様、わかりやすく言えば実在する神様だと言うのであった。つまりは世界があり人間が居て神様があるのではなく、神様がいて世界と人間ができあがったということ。

 そしてこの世界はその神様を中心に回っているのだ、と。



 魔法は使う人間が行う行動であるのに対し、水神様の力を使うのには水神様が行動しなければならない。

 そこで神官は神を崇拝し尊敬し、そして願いを届ける役割を果たしているのだ。その役割のために神官が存在している。時雨の世界での神官の意味合いも含まれてはいるものの、そこまでの大きさではない。そして願いが聞き遂げられると、例えば異世界への扉が開いたりする。

 そして水神様からの言葉を持って帰ってくるのがまじない師の仕事である。水神様に選ばれた一族が、世界が出来上がったその時からまじない師として働き続けている。

 だから彼らの預言は、つまり予言ではない。

 神様から文字通り、本当に預かった言葉を人々に告げているのである。





 ここまでを理解するのに、時雨にはかなりの時間が必要だった。何度も聞き返し、またはユチカに自分の世界のことを何度も聞かれ、ようやく頭ではわかった、というようなところまでくることができた。

 まず時雨にとっては神様が実在するのだというところから眉唾ものだとも思えたし、理解しがたかった。時雨にとっては、というよりも時雨の暮らしていた世界の人々には真面目に考えたこともないようなことがこの世界では当たり前のことであり、またその逆も然りなのだ。


「僕は世界には必ず水の神様がいるものだと思ってたよ。文化や文字が違うのかと想像してみたことはあったけれど、水神様がいないなんて」


 ユチカがしみじみと言った。時雨もそれに返す。


「私も、びっくりだよ。実在する神様なんて手の届きそうな気がするし」

「でもこれで、僕がまじない師の言葉を信じて君と一緒に行く意味はわかったよね?」



 そういえばその話だった、と時雨は頭をパンクさせそうな情報を一度隅に追いやった。

 他の話が長々と続いても、結局ユチカの問いへの返事に窮することは変わっていないのである。

 時雨はしばし黙って考えを巡らせた。

 ユチカが一緒に来たらラミノはどうなるのか、なんて台詞を言うことは簡単にできたが、時雨はユチカが来てくれた方がずっと心強いことも分かっていた。時雨はラミノのことが好きだったし感謝もしていたが、他人であるラミノと自分を天平にかけてどちらが重たいかなんて考えたくもないことだ。


「どうすれば、いい?」


 結局時雨は当たり障りのない言葉を返した。


「ラミノ姉さんには君が異世界人だということは知られてない。だからとりあえず、君はまた旅を続けるからということで、この家を出てくれ」

「でもユチカは?」

「普通に旅にでたいと言えば止められてしまうだろうから、家出まがいのことをする。僕ぐらいの年齢の人間が王都に行くために家出をするのはよくあることなんだ。君について行くって置き手紙を残せば、ラアンさんだってそんなには心配しないはずだ」



 ユチカが家出をする少年のような性格には全く見えないと時雨は思ったが、彼の決心は固いようだった。

 きっとラミノは心配するだろう。時雨は思った。会って数日の時雨のことも心から心配してくれた彼女が、何年も一緒に生きてきた夫の忘れ形見とも言えるような大事な弟がいなくなって心配しないはずがない。

 私も妹が家出したなんてことになれば慌てて探し回るに違いない、時雨はそんなことを考えてはっとした。



――――そう言えば、喜雨は今どうしているのだろうか。



 あっちではきっと時雨は行方不明とされているだろう。父も母も妹も心配しているに違いない。時雨ががいなくなった理由を探しては自分たちを責めているのかもしれない。もしかしたら自分たちが忙しかったせいだと泣いているかもしれない。そんなことはあるはずがない、と時雨は心の中で家族に訴えかけていた。時雨は家族が大好きだったし、家出なんて考えたこともなかったのだ。

 泣いているかもしれない妹の顔を思い出して、そして時雨の耳には泣いている妹の声がリアルに再現された。夢に出てくるその声。


 そういえば、とそこで時雨はまた気付く。時雨はあの悲しい夢をこちらにきてから一度も見ていなかった。最終的に私を彼らから救ったあの痛々しい悲鳴を最後に、夢は途切れていた。



――――でもこれは、これだけはいいことか。



 時雨はそんなことを思いながら、気持ちを切り替えて思考をユチカの話に戻した。うだうだと悩んでいても元の世界に戻れるわけではない。

 その時時雨の口から大きなあくびが飛び出た。緊張が少しほぐれたからだろう、時雨は強烈な眠気に襲われていた。時雨は壁に掛けてある時計を見上げる。文字は読めないが、時計の形は時雨の世界と同じらしく、針だけで見るのならばもう丑三つ時もとっくに過ぎ、朝のほうが近くなっていた。


 そこで話は打ち切りになり、ベッドに入った時雨は瞬く間に眠りについていた。そして朝を迎え、時雨はラミノに出発の話を切り出したのである。





 ラミノは思い切り残念がった後、時雨のために食べきれなさそうなほどの弁当を拵えてくれた。残念だわ、残念だわ寂しいわ、と何度も繰り返した後、仕事があるからと名残惜しそうにしながら時雨に別れを告げて家を出て行った。











「行こうか」


 そう切り出したのはユチカだった。机の上には彼が義姉に対して書いた手紙が乗っかっている。特に隠しているようでは無くとも、時雨はその手紙を読まなかった。

 ユチカが傍に置いてあったリュックサックのようなものをしっかりと背負ったのを見て、時雨もゆっくりと立ち上がる。


 時雨は今、ラミノから貰った服に身を包んでいた。ゆったりとしたワンピースのような服だ。下にズボンを履いてはいるが、これから遠出するような、ましてや旅をするような格好だとはとても思えなかった。これが女性の標準装備だと言うのだから驚きである。時雨の世界から着てきた服はラミノに預かってもらうことに決めていた。この世界に居る限り着ることのできない服を持ち歩くほど非効率なことはない。


 時雨は鞄を肩にかけた。シンプルなそれはこの世界でも通用する代物だったことが時雨にとっては救いでもあった。自分の世界のものが何一つ持てなくなってしまうと言うのはやはり心寂しい。時雨はその鞄の中に、ラミノから貰った弁当を丁寧に入れた。



 家の外は雨が少しだけ、そぼそぼと降り注いでいた。日本人としては傘を差したいくらいの天気だが、この世界ではこれくらいでは傘と言うものが登場しないらしい。雨対策なのかつばの広い帽子をかぶった人がちらほらと居るくらいで、残りの人間は変わらずにそのままで歩いていた。

 そんな人々をちらちらと見ながら、時雨は俯き加減で歩いていた。自分の顔を覚えている人間がいたらと思うと、やはり不安なものである。



「ここだ」


 ユチカが止まったのは町のはずれに差しかかろうかと言うところだった。一体何がここなのかと時雨は疑問に思ってユチカに顔を向けた。


「この町の町門は、通る際に名前を書かなければならないんだ。僕は良いとして、君はここで名前を残したりしない方がいい。入門帳に名前もないだろうしね。だから、ここで一度別れて少し行ったところで落ち合おう」


 雨で湿った髪の毛が頬に張り付きはじめていた。

 時雨は言われた言葉は理解していたしユチカの言うことに従うしかなかったが、それでもユチカと離れると言うことだけで不安感を拭えなかった。追われているということへの心労は、意外と重たい。


「この細い路地をまっすぐに歩いて行くと、つきあたりで左右に分かれる。そこを左に曲がって暫くすると左側に緑の垣根がずっと続くのが分かると思う。その、五十二本目と五十三本目の木の下をくぐると、正面に小さな林がある。その林の表面の、一際背の高い木の足元を見れば、生い茂った木々の中にけもの道みたいなものができているのが分かると思う。そこを通ってくれば、門の外に抜けられる。その道の出口で待っていて」


 少し町の外に出たいときなんかに町の人が使う黙認された非公式な道だよ、とユチカが行ったが、時雨は頭の中にその道のルートを詰め込むことに精いっぱいだった。初めは直線、次は左、すると左側の垣根…。何本目の木で垣根の下をくぐるんだったか。

 二三回ユチカに繰り返してもらい、時雨はどうにかその道を覚えると不安だらけの気持でユチカと別れた。





 細く暗い裏路地に入り、まっすぐに歩き左に曲がる。一気に人気の少ない道に入った。それでもときどきすれ違う人はおり、そのたびに時雨は自分の靴を見ながら歩いた。

 そのまま長らく歩いてもなかなか緑の垣根など現れず、さっそく道を間違えたかと青くなったところでその垣根は見つかった。時雨の身長の倍はありそうなその垣根は大きな葉っぱが沢山茂っているせいで、向こう側を見ることは難しかった。

 一本、二本、三本、と時雨は目を凝らしながら歩いていく。枝や葉は混じり合って、幹の根元をしっかりと見ていなければ木の本数さえ数えることは難しかった。


 五十二本目の木を数え終わると、なるほどその木と次の木の間だけ、少し感覚が広いようだった。草木でカモフラージュされてはいるが、目を凝らせばすぐにそこを人が通ったことくらいは分かるだろう。時雨は周りに誰も居ないのを確認して、両膝をついて前かがみになると、その垣根の下に頭を突っ込んだ。


 垣根の下の距離はせいぜい四十センチほどで、時雨はすぐに顔をそこから出すことができた。立ち上がって膝に着いた泥を払いながら、これから行く道を頭の中で確認する。背の高い木の根元の道。そう思って顔をあげて、時雨は驚いた。




「――――ラミノさん」

「シグレちゃん」


 ラミノがユチカが持っていたようなリュックを背負って、くるくるとした髪を風に任せながら立っていた。時雨の驚きもよそに笑顔で立っていた。まるで時雨が来ることを知っていたかのように、時雨の姿を見てもこれっぽっちも驚いた様子を見せなかった。


「ここを通ると思ってたわ。ユチカは、町門の方に行ったのね」


 まるで分かっていたような穏やかな口ぶりに、時雨はラミノが全てを知っていたのだと悟った。どうして、と呟く時雨に、ラミノは悲しそうにほほ笑んだ。しょぼしょぼと降る雨が、少しずつでも確実にラミノの肩や手足を濡らしていた。


「ユチカとずっと一緒に暮らしてるのよ? 分からないわけないわ。あの子は夫が、あの子の兄が居なくなってから変わった。もっとやんちゃな子だったのよ、木登りが大好きだった」


 時雨は木に登ってはしゃいでいるユチカをどうにか想像しようとしたが、あまりにも不似合いに思えてしまってできなかった。ラミノが背負っていたリュックを下ろして地面に置いた。小さなため息が時雨の耳に聞こえてきていた。


「あれで隠し通せている気なんだもの、まだ子どもね」


 ラミノがおかしそうに微笑んだ。そしてそれから、まるで遠くを見ているような眼差しで呟く。


「でも、意思だけは大人よりも強い子」


 暫く黙った後、ラミノは吹っ切れたかのように満面の笑みになった。そして時雨に、手に持っていたリュックを差しだす。リュックも上部が少しだけ濡れ、変色しているのが見てとれた。


「これ、急いで買ってきたの。旅をするなら、服や下着の替えも必要でしょう?」

「あ……」


 いろいろなごたごたのせいで、時雨はそんなことにすっかり気が回っていなかった。ユチカがそうした大きな荷物を担いでいたにも関わらず、時雨はさほど大きくない肩掛けカバン一つであったのだ。

 それと同時に、ラミノは時雨が旅人などではないこともとっくに見抜いていたのだろうと思った。言われてみれば、小さな肩掛けカバンに着替えもお金も無しで旅をする人間など普通はいない。


「いつかこういう日がくるんだと思ってた。夫が亡くなったという知らせが来たその日から。ユチカはね、大人ぶっては居るけれど、結局まだ子どもなのよ。どこかおっちょこちょいで抜けてるから、こういうあなたのことにまで気が回らない」


 時雨がリュックを受け取ると、ラミノは満足そうに笑った。けれどその笑顔は時雨にとって、けして明るいと思えるものではなかった。ラミノは自分の髪の毛を耳に掛けながら、時雨の肩をゆっくりと撫でた。雨にぬれたラミノの、ひんやりとした手の冷たさが時雨に伝わってくる。


「あの子のこと、よろしくね」

「あの、今から私と行けば、ユチカに……」

「いいの」


 会えます、という時雨の言葉は、発する前に遮られた。ゆるゆると首を横に振り否定の意思を表すラミノに、時雨は黙る。


「あの子に会ったら、私はきっと止めたくなっちゃうから。それはあの子が望んでいないことだわ。私の大好きな夫のためにユチカは必死で頑張っているのに、私がそんなことを言うのはお門違いよ。だから、」



――――せめてあの子が幸せになれるように。



 ラミノの目じりにはぼんやりと水の塊があるのが時雨からでも窺えた。それでもラミノは笑顔だ。決してそれ以外の表情を時雨に見せようとはしなかった。

 なんてすごい人なんだろう。時雨は貰ったリュックサックの紐をぎゅ、と強く握る。

 なんて美しい人なんだろう。




「ありがとう、ございます」


 時雨はそう言うことしかできなかった。適当な言葉が一つも出てこず、妥協した上でこの言葉だった。ラミノは時雨を引き寄せて、抱擁した。濡れて冷たい頬があたる。女の子が無理しちゃだめよ、という呟きに、時雨の目頭も、少しだけ熱くなった。


「お弁当、ユチカの好みをいっぱい入れておいたから、二人で食べてね」


 最後にそう言って、ラミノは時雨の背中にリュックを背負わせた。さあ、と背中を押されて、時雨は何度も振り返りながらもゆっくりと歩き出す。ラミノはずっと笑顔で、時雨が振りかえるたびに手を振った。そして時雨が一番高い木を見つけ、そのぬかるんだ道に足を踏み入れてから振り返った時。

 遠く離れて小さくなったラミノが泣き崩れている様子が見えて、時雨は振り返るのを止め、草の生い茂った道を速足で歩きはじめた。









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