NYARLATHOTEP#31
ヒーロー達は急いで次の手を考えていた。敵の目的は大体予想できたが、しかしその不明な性質をなんとかしなければならなかった。
『名状しがたい』注意報――この話は冒頭から文体がけばけばしく、改行が極端に少ない。
登場人物
―ナイアーラトテップ…美しい三本足の神、活動が確認されている最後の〈旧支配者〉。
―熱病じみた実体…〈混沌の帝〉の首領ロキの時間線上の残滓と融合した謎の悪意ある性質。
南極におけるダーク・スターとの対決後:天の川銀河、太陽系近隣の不明の星団
太陽系から数百光年程度の所にあるこの侘しい岩石の墓場じみた地にて、三者は高速で意見を交わしていた。敵はイーサーにもハイアデス関数的性質にも耐性を作り上げつつある。急がなければナイアーラトテップという総体をネットワーク拡大のための拠点として使われてしまう。
「『存在しており、同時に存在していない』という状態を目指していると見ていいだろう」
威厳のある声でプロテクターズのリーダーであるクロムマンが言った。彼のクロム色の輝きが辺りをぼうっと照らしていた。彼方の星間ガスが異様な振る舞いを見せ、状況の悪化を遠回しに知らせていた。
「その辺がどういう意味かよくわからんのですがね。奴が血肉を得る事で『存在する』というのはわかりますけど、その『存在しない』ってのがどうにも。奴は元々概念として存在してたんでしょう?」
巨大なアーマーに身を包むウォーロードが素朴な疑問を口にした。彼の知識も大したものだが、しかし直接宇宙を感じる事のできるクロムマン及び三本足の神の感覚にはやや敵わないものがあった。
「いかにも」と三本足の神がこれに答えた。「あの正体の掴めぬ敵は元々そのような、一見存在せぬように見えて確かに存在する不可視かつ不可知の実体として在ったのだ。しかし奴はもっと上を目指している。恐らく他の概念達――例えば理不尽な破壊の権化たるグレート・コンシューマーやこの世の残酷さそのものであるエッジレス・ノヴァ――に出遅れた事を妬んでおろう。それ故に次の段階における最終的な勝利を目指し、その勝利のやり方とは一方で大半の〈人間〉の目に見える何かとして存在しつつ、他方では存在せぬものとして己を作り変える。それは具体的には、この宇宙との結合を意味していると見てよかろう。単なる宇宙の内包的構成物として在るのではなく、宇宙そのものの一部としてそれ自体と合わさり、それによって万物を内包する立場になる。そしてそこを基点とした全時間線の内包。そうなれば全ては奴の望み通りになろう。恐らく奴は拡散し続け、己によって全てを埋め尽くし、書き換え、全てを己に典拠させる。文字通りに、奴ではない『何か』など存在しなくなる。奴は真に汎神化し、自己以外が存在せぬ世となる」
他の二者は重苦しくその言葉を受け止めた。燃え盛る燎原のごとく拡散する敵の最終到達点を想像し、そのあまりにも地獄めいた様を呪った。失われた言語によって何かしらの残留物が彼方で悪態に溺れ、死すべき黯黒期の残骸がその自己保存性を手放して自害した。宇宙全体に広がろうとする何かしらの忌むべき概念的実体は熱病のごとき雰囲気を纏って息巻き、不可視の形相に明確な邪悪さを浮かべていた。封じられて久しいズシャコンが根本的な嫉妬を覚え、風のイサカが己の権力基盤を守るための対策を講じていた。時間の果てのいずこかにある空虚にて玉座を構えて座する慄然たるロキが己のたまたま残してしまった痕跡と結合した何かをぼんやりと感じ取り、それが己のいる地にまで到達するのに何十の何十乗年掛かるかを計算した。
とりあえずわかっているのは、一二五個の敵のネクサスが存在し、それらを同時に叩いて破裂・自壊に追い込む事で倒せるという事であった。敵に対しては幾つか罠を仕掛けるべきかも知れない。それこそ、己が勝ったと錯覚させられるような。
かの神はふと己の戦鎚を見た。柄の先端にある赤い結晶がぼうっと輝きを放ち、その不揃いな面を加工した太古の職人に想いを馳せた。そしてかの神は顔を上げ、にやりと笑った。口しか存在せぬ顔にて壮絶な笑みを浮かべ、その意味を察した二人も同様にした。そうだ、己らは邪悪を嘲笑う者達なのだ。相互参照的に高め合う同志であり、戦友であった。ではこれより邪悪を滅するとしよう。地球時間で言うところの残り一分程度で、敵が耐性を作る事を知っていた。そうだ、それでいい。まずそこで勘違いすればよかろう。糠喜び程の落胆があろうか?




