NYARLATHOTEP#29
美しい三本足の神は確かに強力な神格である。しかしかの神は己の使命に縛られており、それ故に柔軟性を喪失し、徐々にこの戦いで追い詰められていた。
『名状しがたい』注意報――この話は冒頭から文体がけばけばしく、改行が極端に少ない。
登場人物
―ナイアーラトテップ…美しい三本足の神、活動が確認されている最後の〈旧支配者〉。
―熱病じみた実体…〈混沌の帝〉の首領ロキの時間線上の残滓と融合した謎の悪意ある性質。
南極におけるダーク・スターとの対決後:不明の銀河団
ローカルな神々が見捨てた地にて戦うのも悪い事ではなかった。己は再びこの地において人や神の覇権を主張すればよい。そうすれば、この死にゆく銀河にも再度の繁栄があるかも知れなかった。そのために戦うのはいい事だ――悪いのは、未だに敵の正体がわからないという事だ。敵の性質は予想が立てられない。数百万の思考が無駄に終わり、数億の想像が徒労となった。無数の側面の総体としてそれらを俯瞰的に操る美しい三本足の神ナイアーラトテップは、己の敵の名状しがたい性質を見抜こうとしていた。これは一体なんであるのか。この悍ましい生き物ないしは何かしらの概念具現化は、何を糧にして動き、何を理由にして拡散しているのか。とは言えどうせ、壊れた自己増殖機械が癌細胞じみた誤った指令に基づいて増えるように、おおよそそのような類いのものとして増え続けているのであろう。まあそれは大した問題ではない、滅殺した後にそれの性質を考えても遅くはない。問題は、この宇宙を汚染するネットワーク拡大を止められるのかどうかであった。この謎の敵に対しては宇宙的なエネルギーやイーサーよりもハイアデス関数的性質の方が有効であるらしかった。しかしそれもいつまで続くかわからない。最も厳しい想定では、敵はPGG標準時間における数分後に耐性を作り出す。言ってしまえばこの時間稼ぎはそれまでしか有効ではないし、次の手が無ければまた圧倒される。敵のこの場における主幹部が一旦ブラックホールとその付随物を掌握してしまうと、ブラックホールの莫大なエネルギーから考えてかなり厄介な事になる。敵はそれに典拠して守りを固め、要塞化してしまえば手出しは難しい。
それ故にかの神は神々の黄昏における最終戦争のごとく全力で力を振るいながらも、あらゆる角度からこの敵の弱点を探った。どうやら罵倒はそれなりに有効であるらしい。今のところハイアデス関数的性質も効果がある。汚染のネットワーク拡大を行なうのは自然合金の腐敗によって生ずる悪臭であり、ロキがこの時間線から去る際にうっかり残して行った残骸と結び付いていた。名状しがたい性質を備え、吐き気を催す悪意があり、放置すればいずれ宇宙の全てを埋め尽くす。悍ましい性質によって十の数十乗年支配される宇宙を想像した。光が消えて黯黒期が到来した時、そこで生じる『光無き世界の生物』がどのような悪影響を受けるかを考えた。宇宙の死と新生のサイクルの中で、致命的なピリオドとなる可能性があった。正常なサイクルが阻害され、光り輝く事も無ければ見渡す限りの闇も存在しない、中途半端な状態が永らく続く宇宙。そうなっては恐らく、外部からの干渉も難しかった。己の総体の全軍を向かわせたところで勝てるかどうかはわからなかった。
ではまず、この主幹部、すなわちネクサスを攻撃しつつ他の地点にあるそれぞれのネクサスも攻撃しよう。しかし己単独では難しいかも知れなかった。何か手は無いかとかの神が考えた。己はよく考えてみれば、かようにして単独で戦う事が多かった。己は無数の場所に存在しているが、しかしそれは己という同一の実体の細胞があらゆる宇宙や次元や位相に散らばっているだけであり、孤独な戦争であった。今となってはこの宇宙においてプロテクターズなるチームを結成し、そのリーダーであるクロムマンの元で共闘していた。だがかの神はその考えを捨てた。これは己の戦いであろう。己の使命であり、その不甲斐無さ故に〈旧神〉による取り返しのつかぬ汚染を許してしまった己の贖罪でもある。他者に負担を、己の可愛い子らに負担を強いるなどどうしてできようか。かの神はあえて傲慢に振る舞う事も多かったが、しかし己の罪から目を背ける事はよしとしなかった。恒久的に残る失敗の爪痕を意識せぬわけにはいかず、そしてそれを意識する度に、あのような下郎どもを好きにさせてしまった己の愚かさを恥じた。
となればかの神はこの終わりの見えない悪との闘争を、どうあっても誰かに手伝わせるわけにはいかなかった。まあ、成り行きで誰かと共闘するのはよい、しかし己から助力を申し出るような厚顔無恥な振る舞いができる程、かの神は傲慢になり切れなかった。
その意地を張った態度でどこまで保つかというシミュレートを、かの神は怠ったらしかった。
敵は汚染の波を周囲の空間に広げていた。自然合金の悪臭は簡単に破壊できるものではなく、それ故に敵の主な攻防の手段となっていた。鉾であり楯でもあるそれをハイアデス的関数的性質で攻撃し、かの神はこの場に呼び出した他の三体の側面を分担させてネクサス攻撃とブラックホール防衛を平行していた。しかし徐々に、この戦術にも未来が無い事が理解できるようになった。未だに理解できない熱病的な何かを見据えたが、そこには不可視の影の空虚が広がるのみであり、巧妙に隠されていた。これはよくない傾向であった。だが、ここで負けるなど決してあってはならなかった。地獄めいた夢想より具現化したがごとき、信じられないような邪悪に屈する事は、即座にこの宇宙の破滅を意味した。あるいは、抵抗する他の善なり悪なりとの終わりの見えない最終戦争か。目の前の謎の敵がそれら宇宙の諸力と戦争した場合に起きる被害と犠牲は大規模構造規模以上のものがあり、全領域の銀河が危険に直面し、無数の文明が時計の針を巻き戻される。
それだけは避けねばならなかった。これから生まれる命を絶やすわけにはいかなかったのだ。




