NYARLATHOTEP#27
かの神は正体不明の敵のネットワーク拡大を阻止するのはとても困難だと判断し、戦術を変える事にした。時間を稼ぎ、その間に敵の正体を突き止め、そして同時発生的に叩かねばならなかった。
『名状しがたい』注意報――この話は冒頭から文体がけばけばしく、改行が極端に少ない。
登場人物
―ナイアーラトテップ…美しい三本足の神、活動が確認されている最後の〈旧支配者〉。
南極におけるダーク・スターとの対決後:不明の銀河団
名状しがたいものは熱病のごとき性質を備えて悍ましい星間ネットワークを広げつつあり、かの神の目の前の事例としてはブレーザー及びその根本のブラックホール――及びそれの降着円盤――を汚染しつつあった。
吐き気を催す尋常ならざる汚染はかの神の阻止を上回りつつあり、汚染力の強さは予想以上であった。敵は予想以上に巧妙であり、強敵であった。故にかの神は平時通り相手を見下しながらも油断はしなかった。油断していて倒せる敵ではないと理解しており、そして実際の脅威としてはこの場だけでなく様々な場所にもその熱病のごとき何かの拡散があった。未だに理解できぬそれの本質はロキがたまたま残した時間線上の残滓と結び付き、死を司るものどもですら持ち場を放棄する程の悪意を湛えて宇宙を蹂躙しつつあった。かの神は全力でネットワークのブラックホールへの感染を止めていたが、しかし掌握も時間の問題であった。戦術を変えなければなるまい。汚染ネットワークを拡大する媒介である自然合金の腐敗による悪臭を、そしてその大本である理解不能の本質を突き止めなければ。それまでに何か可能な遅延戦術は?
かの神は腕を振るい、レベル10のハイアデス関数的性質を発生させ、超光速の波は敵及びブラックホールへの汚染の両方に向けて放たれた。戦鎚と腕とを振るって何度もそのような不可思議な現象を引き起こし、己以外の倒れるなり封じられるなりした全ての〈旧支配者〉の名誉に掛けて作用する事を望んだ。現実を操作する力は喪って久しいが、しかし悠久の時を経た執念の力を信じた。邪悪を滅する者としての挟持によってこの場に立ち、そしてそれ以外のあらゆる場所で同様に眠る事無く悪と対峙していた。己は多元宇宙のあらゆるヒーロー達の手本でなければならない。でなければ今まで存在し続けた意味が無いのだ。彼らに手本を見せ、そして彼らを手本として相互参照的に輝き、呪われるべき邪悪どもの跳梁を防ぎ、それらの心を圧し折って絶望させてやらねばならない。悪を絶望させるというのはとてもいい在り方だ。それこそが悪に対する至上の拷問法であり、見せしめにもなる。何かを勘違いして、己の欲望のままに宇宙を乱し、他者を自由に侵害できると思い込む愚かな傲慢者どもの目に恐怖を刻み込まねばならない。これまでそうしてきたように、そしてこれからもそうすべきように。
かの神の新たな戦術はどうやら効果があったらしかった。敵のネットワーク構築が中断され、熱病じみた何かの性質は拡散が一時的に止まり、予定していた内包範囲は遥かに狭くなった。敵の計画は遅延しており、恐らくは本腰でかの神に対処せねばならぬ次第となった。かの神は眼前の敵を見据えていると、どことなくあの恐るべきリーヴァーを思い出していた。あれ以来一度も姿を見ていないが、あの美しくも悍ましい輩がまだ滅んでいない事を確信していた。高次元の実体の意を受けて行動している事を公言するあの肥満体の腐乱死体じみた容姿を持つ美貌の魔神は、今もどこかで傷を癒やしているのであろうか。しかしそれもある意味では戦略的な失敗であった。あの時滅殺できなかったのは不味かった。将来のいずれかの地点で再度対峙する事になろう。という事は、目の前のどことなくリーヴァーを想起させる未知の敵に関しては、逃げる事も再起する事もできぬよう、念入りに討ち滅ぼさねばなるまい。複数の地点に存在するなら、その中の各々の主幹部分を全て破壊すればよい。どうやら敵の拡大はある種の収束点を各所に置いて、それらを基点としていた。それらへの攻撃準備も進めておかねば。
「さて、やっと私を無視しては貴様の望みが叶う事もないと理解できたか、それともまだ愚かにも半信半疑の位置におるのか?」
美しい三本足の神は不可視の影として顕現する敵の周囲に三体の派遣可能であった側面を配置し、俯瞰的に操作して包囲した。元々この場にいた側面は上も下も無いはずの宇宙空間で降着円盤上から見上げ、『上方』で行われる包囲の様子に満足した。
「はて、コミュニケーションの手段も高度な思考も持たぬ獣であったか? おっとすまぬな、どうやら貴様を買い被っておった。ドールとその下劣な眷属どものように知性も持たず、ただ本能のままに広がる病原体、とかまあその程度の虫けらであったか」
かの神は常のようにあえて見下し続け、己が無限の高みにおり、そちらは果ても見えぬ下劣の底にいるのだという事実を強調して見せた。愚弄というのは時に、相手のミスを誘発するのに役立つ。これが這い寄る混沌の戦い方であり、そのような通り名で畏れられ、蔑まれる要因であった。人の手に余る悪事ある所にかの神あり、故に悪の永続的繁栄はあり得なかった。主観的感想としての永続はいつかそうではない事が証明される運命にあり、そして今までは実際にそうであった。そしてそれが今後も続く真理である事をかの神は目の前の下郎にも、畏れ多くも自ら教えるつもりであったのだ。
するうち熱病じみた実体から明白な不愉快さを感じ取った――そうだ、それでよい。私を憎んでみろ、いかにも鬱陶しそうに疎めばよい、それを貴様には特別に許可してやる。そしてそれこそが貴様の致命的ミスに繋がる。貴様はいずれ己の正体を明かしてしまうのだ。その時が来れば、まあせいぜい今以上に罵ってやろう。それこそが貴様にとっても望むところであろう?
周囲では神の怒りを畏れた星々が控え目に明滅し、蹂躙されつつあるブラックホールとその一連の付随物は神の救済を願っていた。未だにブレーザーは異様な色であったが変色は一時停止し、それは正体不明の敵がかの神と戦うために戦術や戦略を練っている事を意味していた。実際にそれが単なる排除行動であるのか戦争であるのかはどうでもよかった。重要なのはこれより宇宙を震撼させる、現代における神話時代の戦いが勃発するという事なのだ。




