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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
284/302

WONDERFUL PEOPLE#18

 ナムグン夫妻の娘シンディに起きた事をジョージは夫妻から聞き、その内容を整理した。どうしてか、その裏の『何か』によって怒りに駆り立てられる話を…。

登場人物

―ジョージ・ウェイド・ランキン…息子を失った退役軍人、『ワンダフル・ピープル』紙の記者。



一九七五年九月:ニューヨーク州、マンハッタン、チェルシー


 ジョージは身が焼け付くような感覚をなんとか耐え抜いた――少なくとも主観的には。

 ナムグン夫妻の話を聞いていて、犠牲者であり夫妻の娘であるシンディ・ナムグンに何が起こったのかを推測しようとした。しかしどうにも耐えがたかった。

 その様子をこれまた無言で耐えながら観察する〈衆生の測量者〉サーベイヤー・オブ・モータルズは、ジョージの中の善性故に噎せ返りそうになっていた――いつもの事なのでジョージは無視した。

 悪魔にとっては善というのは辛い成分であり、それこそ善の魂などはよほどの辛党でもなければ欲しなかった。

 そしてリヴァイアサンの名で人類に理解されている魔王の種族は例外無く甘党であり、辛いのは苦手であった。

 甘党の魔王が辛み成分の権化と契約を結ぶのは奇妙な事にも思えたが、しかし差し迫った状況における同盟というのは古来よりそのようなものであった。


 ジョージはなんとか耐え切り、礼を述べてから夫妻宅を後にして、それからカフェに入って軽く休憩しつつ聞いた話を思い出して整理していた。

 シンディに何があったのか。シンシアの愛称ではなく本名としてのシンディ、シンプルな名前を望んだ夫妻の子に起きた悲劇。

 シンディは元々明るく、社交的な学生であったという。友達も多く、人種や民族を問わず様々な付き合いがあった。

 全くの偶然で出会った父ソンチョルと母ヘレナは己らの国際結婚から生まれた愛しい一人娘がそのような視野の広い成長を遂げた事がどこか誇らしかった。だが夫妻は彼女に負担を掛けまいと考える冷静さがあった。

 少なくとも夫妻の主観では娘の意思を尊重したつもりであった。いい大学に生きなさいとそれとなくソンチョルが勧める事はあった。

 しかし彼は言いにくそうにしながらこう付け加えた――最終的にはシンディが自分で決めなさい。

 人間とは周りの期待がある場合、それに押し潰される場合もあれば折衷案や妥協案を自分で作って上手くやっていく場合もある。

 要領のいいシンディは父母の控えめな期待と己の考えのバランスを取ろうとして、少なくとも本人はいい道に進んだと思っていた。

 そのような順調な道程が、最近までは続いていたはずだと夫妻は言った。だが『殺される』までの短期間に起こった変化は、一体何があったのかわからなかった。

 そして今のところ判明している一番の悲劇は、夫妻とその娘が恐らくは心が離れたまま死別してしまったという事だ。

 それを思うとジョージは義憤による怒りがこみ上げた――薄汚い下手人め、彼女に何をしたのだ?


 ある時、電話で寮にいるシンディと話した時に、ソンチョルは何かよそよそしい雰囲気を感じ取った気がした。気のせいかと思った。

 何せ、この歳になってもこうして父親とかなり頻繁に仲良く話してくれる娘の機嫌を損ねたくなかった。

 ソンチョルは自分では厳しい親だと思う事はあったが、しかし心の奥底には娘への遠慮もあった。故に己らの敷いたレールの上のみを娘に走ってもらうような事はあまり考えたくなかったのだ。

 ところでそのような違和感は(しばら)く続いた。

 気のせいとも思えなくなったソンチョルは愛する妻ヘレナに相談した――どのようにその話を切り出すか悩んで言葉が詰まり、結局バドアイスの小瓶を三本空けてからやっと話せた。

 普段電話する時はソンチョルだが、ヘレナとも話をさせて様子を見てみようという事になった。

 上手く言えないがどこか電話を早く切りたがっているような素振りを見せるようになった娘。気不味そうな雰囲気。その正体とは…。

 女同士、ヘレナなら母として娘の深層にまで到達できるかも知れないとソンチョルは思った。ヘレナもまたそれはいいアイディアだと思った。

 もしかすると娘には何か、人に言えない悩みがあるのでは、と。

 明るく、芯が強く、自慢の娘であった。その娘が困っているかも知れないのであれば、己らはそれとなく助け舟を出せるのではないか。

 少なくとも、そうすべき立場なのだ。愛する我が子が何かを抱えていれば、それを一緒に背負ってあげたいと。

 そうやって家族三人で踏み越えて行きたかった。不意に持ち上がった人生の難関であれば、三人で共有したい。

 皆で悩めばいい、共に苦しめばいい。そうして藻掻いていれば、最終的には掛け替えのない絆が形成されると思っていた。

 三人で様々な所へと行った思い出があった。軽いロングアイランドへのドライブ。東海岸車ツアー。そして雄大なミシシッピ川沿いの旅。

 それらの昼夜は夫妻にとっては今でも、巻き戻しボタンを押すように思い出せる。

 娘も同様のはずだのだ。根気よく語り掛ければ必ず話してくれるはずだ。もしかしたらなんでもないような可愛い悩みかも知れない。

 もしかしたら人生を左右する重要な事かも知れない――とにかく始めよう。

 それが始まりであったが、しかしある種の気高さすらある動機から始まったお悩み相談の試みが、残酷極まる結末を迎えたのは悲しいと言わざるを得なかった。

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