NYARLATHOTEP#25
ナイアーラトテップは宇宙に未知の形態の脅威がいる事を知った――邪神クタニドのネットワーク形成を知り、それについて捜索していたところ、全くの偶然で謎の敵に遭遇してしまう…。
『名状しがたい』注意報――この話は冒頭から文体がけばけばしく、改行が極端に少ない。
登場人物
―ナイアーラトテップ…美しい三本足の神、活動が確認されている最後の〈旧支配者〉。
南極におけるダーク・スターとの対決後:不明の銀河団
熱病のごときものがかの神の胸にこみ上げた。それは悍ましき感覚であり、地獄の王者達の特使どもが纏うような病んだ腐敗があった。かようなものはいつぶりであったかとふと思った――名状しがたい吐き気を催す何か。形而上学的な異形。混沌の残響…混沌だと?
星空のマントが星間宇宙の中で一際目立ち、かの神の神々しさは黯黒を斬り裂いて遥か数万光年先の腐り果てた五次元の陽炎どもの心を正した――そしてかの神はその刹那、熱病的な何かのヴィジョンを目にした。鋸歯状の突起物を無数に備えた触腕を備えた何か。それが比喩的な具現であるのか、それともその本質であるのかはわからなかった。しかし何かの顕現であるように思えて、厳かな表情で遥か彼方の闇を見据えた。死を振りまく何かか、それともそれ以外のコントロールを拒む非ユークリッド幾何学的な角度の何かか。夢遊病患者が時折慄然たる恐怖の中に見い出すヴィジョンに似ているような気がしたが、しかし何かが空虚であり、何かが決定的に足りかなかった。
それを真に定義するもの、何かを入れ物として稼動する抽象的な概念の人格化。己の知らぬ超越者の誕生であるように思えて、かの神は身構える他無かった。
実際のところ這い寄る混沌がこのような信じられないような何かを発見したのは全くの偶然であり、ドラゴンの存在を強く意識した事でその調査にリソースを割いた事でたまたま発見できたのだ。やがて無窮となる何か、熱病的な何かの拡大。じりじりと燻る高熱のような何かが今、宇宙のどこかから拡大のためにその一歩を踏み出したのだ。あるいはいずれその存在を悟ったにせよ、しかしその時既に手遅れになっている可能性はあった。となればかの神は不本意ながら、己の新たな宿敵候補である古ぶしき裏ドラゴン、すなわちクトゥルーの影から生まれたラプーロズに感謝すらせねばならないかも知れなかった。それを思うと惨めに思えて、己が果たして守護神として最適であるかどうかを疑う他無かった。実際のところ己は他に替えが無いためにこの地位にいるだけで、別に最適でも最上でも無かろう。だが何であれ、この熱病的な何かの拡大は阻止すべきだと宇宙的な感覚によって確信していた。神聖なる龍神クトゥルーが通り過ぎた影から生まれたと推測される邪龍クタニドの同類じみた何者かの正体を更に探らねばならない。
かの神は星の疎らな宙域を離れ、燦然たる銀河中心部の降着円盤の上を歩き、吹き上がるブレーザーの近くで瞑想し、敵候補の正体を探った。蛸型甲殻種族の銀河帝国オーバーロードとてあえてそれに言及せぬような何かの正体。やがて時間的な何かの姿が見え始めた。時の始まりには既におり――そして今のかの神には確認できないが――時の終わりの後にも存在する何か。そして今となっては空っぽになった何か。
「ロキか…」
美しい三本足の神は想定上の空を見上げ、そこに広がる仄暗い闇を見据えた。かつてロキと呼ばれた混沌の神格、あらゆる混沌の神々の首領であったそれが時間線のあらゆる箇所に存在していた事を辛うじて思い出す事ができた。既に主観的にも客観的にも存在せず、時から外れたいずかに座すると推測される邪神の姿を見たように思った――しかしロキは既に立ち去った後であり、このような正体不明の熱病的な何かの正体がロキであるはずがなかった。
かの神はあらゆる可能性を計算した――ロキが例えば時間線上から立ち去るにあたって、その瞬間に束の間何かに気を取られたとしよう。その際に、己では消したと考えていた全ての痕跡が少しだけ残っていたとしたら。その小さな欠片が主体性無しに、大雑把に言えばマックス繁殖型じみた性質で心無きまま広がり、そして何かと接触し、新たな何かとなったとしたら。
我ながら悪くない推測だとかの神は思った。実際それの姿が見え始め、それはかつてかの神に敗北して牢獄に繋がれている闇のズシャコンと部分的には似ていた。特殊相対性理論の範疇からやや外れた何か、恐らくこの宇宙の九割以上の実体には視認もそれ以外の認知もできない漆黒の影が汎神論的に燃え盛っていた。するうち急速にかの神が立っているブラックホールが収縮し始めた。重力の暴力的顕現であるその現象を殺さんとする何者かはこの場におり、そしてバックアップとしてここ以外のあらゆる場所にいる事がわかった。これは不味い。今はまだしも、もし時間線のあらゆる方向に流出し始めれば、今のかの神には止める事が困難になる。その前にこの明らかに悪意ある下郎を滅殺せねばならない。もしもかつての蛇の父にして狼の父である混沌の神と同じ性質を帯びるまでに成長すれば、この宇宙は隅々まで熱病によって汚染される。それの哲学的問い掛けによって万物がたった二つのカテゴリーに選別されるのだ。少なくとも既存の文明の大半は消え去る。生き残った者達とて手狭になった領土を醜く奪い合うであろう。そうなってはこれまで必死に守ってきた――そして現在進行形で守っている――諸宇宙が危険に曝される。
故にかの神は殺す者として振る舞った。滅殺の神として。原型のヒーローとして。原初世代のインドラとして、そしてそれ以外のあらゆるものとして。
「貴様に簡潔に警告しておこう。今すぐ手を引け、そうすれば貴様を滅ぼさぬと約束してやる。私は実際他のあらゆるものに対してそのように告げ、従わぬ虫けらは全て滅殺した」
その瞬間熱病が周囲に充満し、腐り切った自然合金の悪臭が近くのブラックホールに感染した。これは不味い、敵はクタニド、すなわち邪龍ラプーロズのごときネットワークを形成するつもりだ。それも早急に、そして宇宙の終末期に登場する第十側面のごとく確実に。




